危険な愛1
身体が女になったことで、女言葉を使うことはない。
女らしく振る舞う事も無い、そう思っていた。
心というのは身体に引っ張られるらしい。
この体になってから好みが少々変わった。
甘いものを好むようになったり、可愛いものを愛でるようになったり。
だけど、そんなものは些細なことで。
一番顕著なのは心が弱くなった事だろうか。
涙脆くなった。よく甘えるようになった。
すぐ気を抜くようになった。警戒心が薄くなった。
そして―――人を信じやすくなった。
今になってようやく理解した、師匠が言っていた身体が変わったという言葉、あれは助言じゃなくて警告だったのだと。
俺はその事を、あいつに騙されてようやく思い知ったのだ。
「あー!今回は踏んだり蹴ったりだわ!」
気持ちはわかるがここは野営地、少し声のトーンを落としてもらいたい。
「こんなこともあるんですね、どちらが悪いというわけじゃないから、すごくもやもやしますけど。」
「向こうが悪いに決まってるじゃない、おかげでこっちは赤字よ、大赤字!」
アイリスの言葉にアンダーが噛み付く。
アンダーの言い分もわかるが、これは事故だったのだ。
俺達の運が悪かった、そういうことだろう。
「アンダー、愚痴を言いたいのは分かるけど。もう少し声を抑えて欲しい。」
見かねたシオンが口を出す。
「うっ、ごめん。ちょっと熱くなりすぎたかも。」
叱咤されたことで我に返ったのか、彼女はうつむきながら謝る。
が、唐突に自分の荷物を漁り始めた。
「今回の迷惑料も兼ねて、あげるわ。」
そう言って、俺達に干し肉を振る舞った。
「いいの?」
「今回の依頼の言い出しっぺは私だしね。金じゃ返せないから、これで勘弁してよ。」
安い肉だけどね、と彼女はカラカラ笑う。
駆け出しの冒険者の懐はとても寒い。
普段なら安いとも言える干し肉も貴重なものになる。
「まぁ、私は駆け出しってほど若くないし。多少赤字出しても生活できないわけじゃないし。」
とはいえ俺とシオンは金に困ったことはないが。
一般的な冒険者は宿暮らし、俺達の住処であるアトリエはシオンの持ち家だ。
細かいところを上げればきりがないが、そもそもの基盤が違うのだ。
「街に帰っても奢ってあげられなさそうだし、こっちもあげる。」
彼女はそう言うと水筒を取り出し、俺達のコップに葡萄酒を注ぐ。
「こっちも混ぜ物の多い安いやつだけどね。たはは。」
品質の良い葡萄酒なんてのは冒険者にはとても手が出ないモノ。
王宮で飲んだことのあるものよりもだいぶ品質が落ちるということだ。
……少し飲みたくないな。
シオンとアイリスはそんなことも気にせず飲み始める。
が、想像以上に不味かったのか二人ともすごい顔をしている。
「不味いって顔してるね。それ実は騙されたのよ。」
「そんな物を飲ませないで欲しいナ。」
「不味いなんてものじゃないですよこれ。」
「道連れが多いほうが良いでしょ。かなり安かったから怪しいなと思ったんだけどね。」
不味そうな顔をしている二人を尻目に、俺はちびちびと飲み始める。
たしかに不味い、しかしこの味どこかで……やばい、これは!
「っそれ以上飲むな!これは痺れ薬だ!」
しかし、俺の忠告も虚しくシオンとアイリスが地面に倒れる。
「アハ、よく効くわね。この薬。」
その言葉は事実だった、ほんの少し口にしただけの俺ですら動けない。
「もう出てきていいわよ。」
アンダーの一言で周囲が動く。夜の帳から3つの影が出てくる。
こいつらは……。
「イチノ村にいた冒険者?」
「ご名答、私の部下よ。」
先ほどと打って変わってご機嫌なアンダーが答える。
「糞っ、一体何のために!」
「アハハ、決まってるじゃない。そこのエルフを売るためよ。」
「そんな事をして良いと思ってるのかよ。」
「良いことに決まってるじゃない、この国のお偉い様に頼まれたのだから。」
あぁ、否定できない。この国の貴族連中ならやりかねない。
もちろんやりそうな連中は何人か知っている。
一番の筆頭が権力持ってる現国王、糞親父だってのもな。
「俺達も売るのか?」
「売らないわよ。貴方達はたまたま見つけた副産物だもの。」
アンダーから出てくる否定の言葉。
だがしかし、逃してくれるという雰囲気ではなさそうだ。
「貴方達は私が飼うの。いいわぁ、その瞳。貴方みたいな強い人が屈服する瞬間がたまらなく好きなの。」
彼女は恍惚とした瞳で俺を見る。
正直逃げたい、精神的にもきつい。
だが、敵は4人。こっちは戦闘不能が2人。
俺は動けなくはないが勝つのは無理だろう。
「いつまでそんな眼ができるか、見届けてあげる。」
その言葉が合図になったのか、冒険者のうちの一人が襲いかかってきた。
こいつ強い。いくつかの剣戟を重ねてその結論に至る。
俺がまともに動けない状態を差し引いてもまだ余裕がある。
「アハ、その子強いでしょ。私のお気に入りなの。」
夜の方もねと緊張感もなく付け加える。
「はやく倒さないと、シオンちゃん犯っちゃうよ?」
冒険者の一人がシオンに近づく。
それを見た俺の頭に血がのぼる。
警鐘が頭に鳴り響くが構わない。
「やらせるかっ。」
俺はベルトからダーツを抜くとソイツに投げつける。
ダーツはソイツの右肩に命中したが、目の前に敵がいるのに、それは悪手だ。
「おいおい、お前の相手は俺だろうがよっ!」
拳が腹に迫る。その時になって俺は自分の愚かさを悔いた。
冒険者の拳が腹に当たると、俺はそのまま吹き飛ばされ近くにあった木に激突した。
「ちょっと、もうちょっと丁寧に扱いなよね!」
そんな声を聞きながら俺の意識が暗転しそうになる。
男がゆっくりと歩いてくる。俺の身体は動かず、それを見ていることしかできない。
ここまでか……。




