『行く』と『逝く』
路上駐車は良くないが、ネットで晒し者にするというのはどうだろうか? とは思うけど、肉体の死に追い込まれた彼女からしてみれば『生きているだけマシだろう』ということになるだろうな。
それに、これは祟りとはちょっと違うし、霊能者が口を挟むことじゃない。
人の迷惑を考えないで、路上駐車をしていたこいつが悪い。
「ねえ。そう思うでしょ」
「ええ。それはいいのですが、あなたはそのスマホを使って、毎日荻原君にメールを送っているでしょう」
「ええ! あたしと荻原君は相思相愛だし、毎日メールを送るのは当然でしょ。でも彼ったら、全然返事をくれないの」
ううん。メールをもらって返事をしないというのは良くないが……とは言え、死者からのメールなんて送られても迷惑だし……
なんて事を直接言っちゃまずいな。こういう霊を追いつめると、一気に悪霊化する危険がある。
ここは慎重に……
「返事が来ないのは、仕方がないと思いますよ」
「どうして?」
「あなたは、自分が死んでいるという自覚はあるのでしょ?」
「あるわよ」
「普通、死者がメールなど送れますか?」
「でも、あたしは送れるよ」
「それはあなたが、特殊なスマホを持っているからです。そんなスマホがあるなんて、誰も知りません」
「でも、あたし、持っているよ」
「だから、それはあなただけが知っているだけで、他の人は知りません。逆にあなたが、死んだ誰かからメールを受け取ったらどう思います? もちろん、そんなスマホがあるなどと知らないで」
「ん? 誰かのイタズラと思っちゃうかな? あ! あたしのメール、イタズラだと思われていたんだ」
「そうです」
本当は違うけど……
「困ったな。そうだ! あんた霊能者でしょ。彼に伝えておいてよ。あのメールは本物だって」
「その前に、あのメールに書いてある事は、どういう意味ですか?」
「え? 意味が分からないの?」
「日本語として不完全なのですよ」
正直あの文面だと、彼女が『行く』と『逝く』を書き間違えただけで、デートの誘いという可能性もないわけじゃない。
幽霊が成仏する前にこの世の名残として、生身の人とデートしたかっただけという事もありうる。
「ええ!? 困ったな。あたし国語の成績1だったから。どこが間違っているの?」
ほら、国語が苦手だったんだ。やはり、漢字を間違えたんだよ。
「まずですね『一緒にいこう』と書いてありますが、目的地が書いてありません。これでは、あなたがどこへ行きたいのかが分かりません」
「そっかあ。目的地を書けば良かったのだね。教えてくれてありがとう」
「それとですね。漢字が間違っています」
「ええ!? あたし漢字苦手なのよね。スマホが変換してくれるから、これで合っていると思ったのだけど」
僕は自分のスマホを出して『行く』と『逝く』の二つの字を出した。
「いいですか。『いく』という字は」
そう言ってから僕は『行く』を指さす。
「こう書きます」
続いて『逝く』を指さした。
「こっちではありません」
「ええ!? こっちで合っているはずだよ。ハーちゃんも言っていたし……」
ハーちゃん? 誰だろ? 彼女の生前の友達かな?
「ですけど『逝く』の字は、あの世へ逝くとか死を意味する言葉に使う字なので……」
「じゃあ合っているよ。だって、あたしが荻原君と一緒にいきたいのは霊界だから」
ううん。やはり漢字を間違えていたわけではなかったか。ん?
樒に肩を叩かれた。
「優樹。選手交代」
「え?」
樒が飯島露の前に出た。
「あのねえ露ちゃん。『逝く』には、二通りの意味があるのよ」
「二通り? 死ぬという意味だけじゃないの?」
「死ぬという意味もあるけど……」
樒は露さんの耳元に口を寄せて、何かゴニョゴニョと囁いた。
途端に、真っ白だった露さんの顔が真っ赤に染まる。
「いやーん! 恥ずかしい!」
樒はいったい何を言ったのだ? いや、何を言ったか、だいたい想像は付くが、恥ずかしくて僕の口からは言えない。
「どうしよう? あたし、荻原君に、はしたない女だって誤解されちゃったかな?」
「メールの返事がないということは、誤解されたのよ。普通の男の子なら、ドン引きするわね」
「どうしよう?」
「そりゃあ、もう諦めるしかないわね。霊界にはあなた一人で逝きなさい。もう、恥ずかしくて荻原君の顔、まともに見られないでしょ」
樒! 上手く誘導したな。
このまま大人しく成仏してくれれば……
「諦める事はないぞよ」
その声は、僕たちの背後から聞こえた。




