指導室
「社君。続きを読んでください」
は! 氷室先生に、名前を呼ばれて我に返った。
いけない! 国語の授業中だというのに、考え事をしていた。
「ええっと……」
ん? 臨席の渡辺君に、わき腹をつつかれた。
渡辺君の方を見ると、『百六十ページ三行目』と書いたノートをかざしてくれている。
ありがとう。渡辺君……
臨席の優しいクラスメートのおかげで、なんとか授業を乗り切った。
乗り切ったけど、氷室先生はそのまま許してくれそうになかった。
「社君。後で指導室へ来なさい」
ヤバいな。この人には、女装を見られているから逆らえないし……
「失礼します」
指導室に入ると、氷室先生が一人で待っていた。
勧められるままに先生と対面する席に着く。
「社君。先生の顔をちゃんと見なさい」
「は……はあ」
そんな事言ったって、氷室先生って美人だけど、なんか目つきが怖いし……
きっと僕の事を、変態女装野郎だと思っているのだろうな。
「社君。授業に身が入っていないけど、何か悩み事があるのかしら?」
「はあ……その……」
「あるなら、言いなさい」
「その……言えません」
だって霊能者協会には、守秘義務があるからなあ。
「次は、どんな服で女装しようか? とでも悩んでいたのかしら?」
「違います! だいたい先生。ちゃんと先輩たちに注意してくれたのですか? 昨日も女装させられたのですよ!」
「彼女たちは、君から女装すると言い出したと聞いたけど……」
「嘘です!」
「嘘なの?」
「嘘ですよ。僕は好きで女装しているわけじゃない!」
「どうして?」
「どうしてって……」
「だって、可愛いじゃない」
だめだ。この人話が通じていない。
「僕は男ですよ」
「いいじゃない。そういう趣味の人もいるのだし」
「僕にそういう趣味はありません。だいたい気持ち悪いと思わないのですか? 男が女の格好をして」
「ううん……ハゲでデブの中年男が、美少女キャラのコスプレでもしたら、即刻焼却してやりたくなるほど気持ち悪いわね」
「そうでしょう」
「でもね。美少年の女装は、まったく平気というか、もっとやれというか……」
この人は……
「先生」
「なに!? 社君、その目は? なんか冷たい視線」
「先生も、先輩たちと同じで、僕の女装を見たいとか考えているのですか?」
「か……考えていないわよ。そんな事」
やっぱり、この人もそういう趣味か……
「じゃあ、今日の授業中に悩んでいたのは、無理矢理女装させられる事なのかな?」
「いえ。今回は、バイトの事です」
厳密にはバイトとは違うのだけど、そう言った方が楽なのでそう言っている。
「バイト? ああ! 霊能者協会ね。だとすると、守秘義務とかがあって、私には話せないのかな?」
「そうです」
「そっかあ。社君が授業中に凄く悩んでいる顔をしていたから、何か力になって上げたいと思ってここへ来てもらったのだけど、私では力になれないのかな?」
え?
「僕、そんな顔していました?」
「まるで、この世の終わりみたいな深刻な顔をしていたわよ」
マジか? いや、正直明日の事考えると、怖くてずっと悩んでいたのは確かだが、顔に出ていたのか?
だって、相手は悪名高い呪殺師ヒョーだよ。
指名料十万を協会の口座に振り込まれて、返却先も分からない。
しかも相手は僕の素性を知っている。
もし、明日行かなかったら、呪いをかけられるかもしれない。
「ねえ、社君。先生じゃ頼りにならないのかもしれないけれど、守秘義務に反しない範囲で悩みを打ち明けてくれないかな?」
この人、見かけと違って優しいんだな。
「はあ、それなら」
少し考えを整理してから僕は話し始めた。
「協会には、霊能者の指名制度がありまして、昨日、僕はある人に指名されてしまったのです」
「どんな人に?」
「名前は言えませんが、凄く怖い人です」
「怖い人なの?」
「ええ。僕も噂ぐらいは聞いていたのですが、冷酷で残忍な殺人鬼だと」
「殺人鬼? いや、人を殺したら警察に捕まるけど」
「それが、その人は警察に捕まらない特殊な方法を使っているのです」
呪いとは言っていないから、これなら守秘義務に反しないよね。
「噂によれば、熊のような大男で、顔中ヒゲだらけで、殺した相手の血肉をむさぼり食うことを至上の喜びにしているとか……」
あれ? 先生の顔がひきつっている。そうか。先生も話を聞いて怖くなったのだな……
「そ……それは恐ろしい人ね。でも、噂なのでしょ?」
「ええ。噂です。でも、噂以上に怖い人かもしれないし、向こうは僕の個人情報を握っているので、逃げることもできないのです」
「そ……そうなの? で、行かなくても何もないのじゃないかな?」
「いえ、怒らせたら、きっと僕は殺されます」
「逃げることはできないの?」
「無理でしょう。相手は式神を使えるので、どこまでも追ってきます」
「式神?」
「あ! 先生、式神なんて信じないですか?」
「え? いや、式神でしょ。信じるも何も私も……いやいや何でもないわ」
え? 先生、何を言いかけたのだろう?
「つまり、社君は怖い式神使いと、明日対決しなきゃならないのね」
「まあ、そんなところです」
「社君は、どんな能力を持っているの? 憑依させる以外で」
「僕は霊が見えて話ができるだけで、戦う力なんてありません。なんで、僕なんかを指名するのか」
「ううん、それは……可愛いからじゃないかしら?」
「風俗じゃないのですよ」
「それもそうね。とにかく、式神が相手なら、良いものがあるわ」
「良いもの?」
「シロートでも、式神と戦える武器が」
そう言って、先生がトートバックから取り出したのは……
「これ、エアガンでは」
「そう。ただのエアガン。でもね」
先生はBB弾の入ったビニール袋を、トートバックから取り出した。
「これは?」
「このBB弾は特殊よ。梵字が彫り込んであるの」
「それ、式神に効くのですか?」
「効くわよ。明日は、これを持って行きなさい」
「はあ」
しかし、先生は普段からこんな物持ち歩いているのだろうか?
ヒョー=氷室先生「熊のような大男で、顔中ヒゲだらけで、殺した相手の血肉をむさぼり食うことを至上の喜びにしているだと! 誰だ!? そんなデマ流した奴は! 呪うぞ!」




