タロット
その日、満員電車を三往復したが、痴漢は一人も現れなかった。他の女性、あるいはショタが狙われないかと式神が電車内を巡回したけど、すべて空ぶりに終わる。
そして三回目の後、僕たちは八名駅ホームに集まり、水上先生の霊を交えてミーティングを行った。
しかし、集まったものの誰も溜息を付くばかりで発言する者はいない。
口には出さないが、みんな疲れているようだ。
そんな様子を見ていた水上先生が僕に話しかけてきた。
「憑代を頼めるかい? 疲れているならかまわないが」
「僕はかまいません」
ただ、憑代の代金は六星先輩が払うので、本人の意向を確認してからでないと……
「六星先輩。先生が憑代を希望していますが、料金の方よろしいでしょうか?」
「いいわよ。ただし、領収書にサインしてね」
そう言って六星先輩は、小さなチェックボードを差し出す。
だが、そのチェックボードに固定されている書類は……
「あのう。それ領収書じゃなくて、入部届ですけど」
「あら? 間違えたわ」
いやいやいや、わざとやったやろう。
料金を受け取った後、僕の身体は先生の霊を受け入れた。
僕の口を使って先生が最初に発した言葉は……
「六星君。ちょっと、頭を低くしてくれ」
「はあ?」
六星先輩は言われた通りに姿勢を低くした。
ちょっ! 何をするんですか? 人の身体を使って……
先生は僕の右手を振り上げると、六星先輩の頭をこつんと叩いた。
「先生?」
六星先輩は驚いたような顔で僕を……正確には僕に乗り移っている先生を見上げた。
「六星君。何度も言っただろう。嫌がる人を無理に勧誘してはいけないと」
「申し訳ありません。……ところでこれは本当に先生が言っているのですか? 社君が先生のふりして言っているのでは?」
滅相もない!
「本人は『滅相もない』と言っているぞ」
「そうですね。それに今のコツンは、紛れもなく先生の叩き方でした。痛くないけど、愛情のこもった叩き方。やはり先生なのですね」
「分かってくれればいい。とにかく、君たちがクラブを存続させたい気持ちは分かるが、都合の悪い人や興味ない人を無理矢理入れても仕方あるまい」
「はあ」
「せめて、君たちの在学中だけでも存続させたいというなら、適当な人に幽霊部員になってもらえばいいじゃないか」
「幽霊の部員ならいますが、彼女に入部届を書いてもらうことはできません」
六星先輩は部室に地縛霊がいることに気が付いていたのか。弱いけど、霊感のある人だから、声は聞けなくても姿は見えていたのかも……
「いや、そうじゃなくて……幽霊部員というのは……」
「分かっています。活動実績のない名簿上の部員ならすでにいます」
いたのか。
「ただ、それとは別に本物の霊能者なら、ぜひ入部してほしいのです。そうすれば、霊子ちゃんともお話ができるし……」
霊子ちゃん?
話を聞いてみると、六星先輩は部室の地縛霊をそう呼んでいたらしい。姿は見えるが、声は聞こえない少女の幽霊に六星先輩はいつしか親近感を抱いていたそうだ。
いつも無言で悲しそうな顔をしている彼女と話をしたい。
僕と樒をしつこく勧誘していたのは、そういう事情があったからだ。
そういう事なら協会に依頼してくれればよかったのにな。
「社君はそう言っているが」
「協会に依頼すればよかったのですね。分かりました。この件が片づいたら、二人を入部させるように協会に依頼します」
あくまでも入部はさせたいのね……
「それはともかく、もうこれ以上囮作戦を続けても無駄だ。ここで、解散しよう」
六星先輩は驚いたような顔をする。
「そんな! もう少し続けさせて下さい。明日になったら、先生は成仏してしまうのですよ」
「分かっている。しかし、これ以上君たちの貴重な時間を無駄にするわけには……」
「無駄なんかじゃありません! 先生の冤罪を晴らすことのどこが無駄なんですか?」
「君たちは、まだ学生だ。これから、いろんな事を学ばなければならないのに、こんな事をしていて良いわけがない」
「勉強ばかりがすべてではありません」
小山内先輩が口を挟んできた。
「それに、私たちのやった事で痴漢被害が減りましたよ。世の中のためになる事をやっているのですよ」
華羅先輩も口を挟む。
「しかし……」
「「「続けさせてください」」」
僕は涙を浮かべていた。
僕が泣いているのではない。水上先生が嬉し泣きしているのだ……
「ありがとう。君たち。その気持ちだけで僕はとても嬉しいよ。そんな君たちの気持ちを無にするのも忍びない。後一回。次の一回で最後にしてくれ」
「「「わっかりました!!」」」
そして僕たちは四つ前の駅に戻るために登り列車に乗った。
列車の中で、華羅先輩がスマホを操作する。
電車の時刻を調べているようだ。
しばらくして、華羅先輩は口を開く。
「このから私たちの向かう前原駅を出発する電車で痴漢がよく出るのは、十六時五十八分発、十七時八分発、十七時十六分発、十七時二十八分発、十七時三十五分発の五便です。この中のどれか一つに絞りましょう」
「分かったわ」
小山内先輩は鞄からタロットカードを取り出して、座席の上に並べて占いを始めた。
幸い登り列車は空いていたけど、これって電車内マナーとしてどうなのかな?
やがて占いを終え、小山内先輩は口を開く。
「十七時二十八分の列車に、奴が現れるという暗示があるわ」
本当かよ? まあ、どうせ後一回で終わりなんだから、くじ引きと思えばいいか。
前原駅で降りた僕たちは、下り列車の出るホームへ向かった。




