ヤベー奴
家に帰った時、芙蓉さんから電話があった。
『優樹君。囮作戦はまだ続けるの?」
「いえ。明日を最後にしようという事になりました」
『そう。その方がいいわね』
「え? どういう事です?」
『君たちのやっている事が知れ渡ってしまったのよ。多摩線で、女子高生が痴漢狩りをやっているって噂が広まっているわ』
「ええ!?」
言われてみれば、これだけ派手にやれば知れ渡って当然。そういえば、金曜日にやったときに捕まえた痴漢は三人だけ。水曜日は六人、木曜日は八人捕まえたこと考えると減っているなと思っていたが、噂が広まって痴漢が警戒するようになってしまったようだ。
『詳しい事はメールを送ったから、そこあるリンク先を見て。会員制の掲示板だけど、メールに貼ったパスワードで見られるようなるわ』
さっそくパソコンを開くと、芙蓉さんからのメールが届いていた。
メールにあったリンク先を開く。
開いたのは『多摩線情報』というタイトルのスレッド。いったいどこのサイトだろう?
悪名高い某掲示板とも違うみたいだし……
掲示板一覧をクリックした。
「う! これは……」
そこにあったタイトルは『痴漢情報掲示板』。
どうやら痴漢たちが互いの情報を交換しようとして作ったらしい。
ちなみに芙蓉さんのメールによると、警察はとっくにこの掲示板を知っていて、痴漢を検挙するのに利用していたらしい。
パスワードは検挙した痴漢から入手したものだそうだ。今回は特別に警察から、この情報を提供してもらったと書いてあった。
それは良いとして、問題の『多摩線情報』を開きなおした。
そこにはここ数日、僕たちのやっていた事が書き込まれている。
ダメだ、こりゃ。痴漢達は警戒して、しばらく多摩線には現れないぞ。
ん? 新しい書き込み……
名無しの痴漢:しかし、なんだってその女の子たちは、そんなムキになって俺たちを捕まえるんだ?
そんなの当たり前だろう! 痴漢被害に遭った時のあの気持ち悪さ……
そうだ! この掲示板、僕も書き込めるんだよな。
書き込み画面は某掲示板と同じ。ハンドルネーム欄に何も書かないと「名無しの痴漢」になるそうなのだが、名無しでも痴漢は嫌だから、ハンドルネーム「M」で書き込んでみた。
M:なんでも女子高生たちの先生が痴漢の疑いをかけられて、逃げようとして事故死したらしいんだ。先生の冤罪を晴らすために真犯人を探しているそうだ。そいつさえ捕まえれば彼女たちもやめるらしい。
さて、反応は?
名無しの痴漢:マジかよ。迷惑な話だな。さっさとそいつ捕まってくれないかな。
よし、食いついてきた。
名無しの痴漢:しかし、本当に冤罪か? 本当はやっているんじゃないのか? だとすると永遠に捕まらないぞ。
名無しの痴漢:いや、数日前にそれらしき奴の書き込みがあったぞ。
ほら来た。こいつらなら、そういう奴の事を知っていると思っていたがビンゴだ!
M:その書き込みってどれ?
名無しの痴漢:「ヤベー奴」というハンドルネームの奴だ。このスレの最初の方にあるから検索してみな。
検索するとあっさり見つかった。
ヤベー奴は、このスレに二十以上書き込みがあるが、その中の一つに……
ヤベー奴:今日は女子高生に触っていたら、騒がれそうになったので、とっさに近くにいたおっさんに罪を擦り付けてやったぜ。
こいつだ! 書き込み日時から見ても間違えない。水上先生に罪を擦り付けたのは……
僕は芙蓉さんにこの事を電話で伝えた。
後は警察に連絡が行ってログを掘ってヤベー奴が特定されれば解決。
まあ、それには時間がかなりかかるだろうな。
明日の囮作戦で奴が捕まえられないときは、それを待つしかないか。
そして翌日。超常現象研究会の部室で、例のごとく六星先輩が僕と樒に入部届へのサインを迫っていた時に電話が入った。
相手は知らない電話番号だったが、出てみると女性の声。
『社優樹さんの携帯に間違えないですね?』
「はあ……そうですけど」
『○○警察署の柿見と申します』
どうやら婦警さんのようだ。
『実は矢部 徹の拘留期限が切れまして、さきほど釈放されました』
「は? 誰ですか? その人」
『ああ! 名前は聞いていなかったのですね。社さんは先日、多摩線で痴漢被害に遭いましたでしょ? その犯人です』
そりゃあ遭っているけど……どの被害の事だ?
聞いてみると、どうやら僕が最初に痴漢に遭って、美樹本さんが捕まえたホモ痴漢の事らしい。
『大丈夫だとは思いますが、くれぐれも気をつけて下さい。必要がないのなら、多摩線には乗らないように』
「はあ。分かりました。ありがとうございます」
まあ、相手はホモだし大丈夫だろう。
電話を切ってから、大きな姿見に写る自分の姿を見た。
そこにいるのは、セーラー服に身を包んだ少女。
どう見ても男には見えない。
この完璧な変装を見破れるはずがない。
「優樹。なに鏡見て、ニヤニヤしているのよ?」
は! と我に返って振り返ると、樒がニヤニヤと僕を見ている。
樒だけでない。三人の先輩たちも、部屋の片隅にいた地縛霊まで僕に視線を向けていた。
「ひょっとして女装趣味に目覚めちゃった? それならそうと言ってくれれば、私がいつでも手伝って上げるわよ」
「いらん! 目覚めてねえし。ただ僕は……」
先ほどの電話の内容を話した。
「なるほど。この前のホモが釈放されたんだ」
「そう。だけど、女装していれば奴に狙われる心配もないだろう」
「それはどうかな?」
「どういう意味だ?」
「いや、別に……それより時間よ。出発しましょう」
僕たちは地縛霊の少女に見送られ、最後の作戦へと出発した。




