帰り道
苦労して捕まえた男も、尋問してみると水上先生の事件とは無関係だと分かった。とりあえず駅員に引き渡した後、僕らは帰ることに……
「それじゃあ神森さん、社君、明日は部室に集合という事でいいわね?」
六星先輩は僕達と明日の打ち合わせを済ませた後、他の二人が待っているバス停に行きかけた。
「あ! そうそう大切な事を忘れていた」
不意に立ち止まって僕たちの方へやって来てクリアファイルを差し出した。中に入っているのは入部届け。
「二人とも、明日部室に来るときは、これに記名して持ってくるのよ」
「「しません!」」
まったくしつこい
先輩たちや美樹本さんと分かれた後、バイクを押しながら歩く樒の横を僕とミクちゃんが歩いていた。
歩きながらミクちゃんに、式神も眠るのか? と聞いてみると……
「優樹君。式神は眠っていたわけじゃないの。ただ、あたしのコントロールが途絶えたので一時的に動かなくなっていただけ」
そういう事だったのか。
「もう痴漢は出ないだろうと思って、あたしも油断していたのよね。とにかく、もうミッションも終了したから、二人で優樹君を迎えに行こうという事になって樒ちゃんのバイクに二人乗りしてきたの。そしたら、バイクの二人乗りってすごく怖くて、集中力が途切れちゃって、それで式神が止まっちゃったの」
「なるほど。だけど、無理に迎えに来なくてもよかったのにな。一人で帰れるのに」
不意に樒が振り返った。なんだ?
「優樹。あんたその格好で、人気のない暗い夜道を一人で帰るつもり?」
え?
「優樹君。そんな可愛い格好で夜道を歩いていたら、変な人がやってくるよ」
そうだった! 女装したままだった。
「どっかで、着替えられないかな?」
「ええ!? もう着替えちゃうの」「もったいない」
君たち……楽しんでいないか?
その時、一台の車が近づいて来て僕たちの横に止まった。
ミクちゃんを迎えに来た家族の車だ。
「じゃあ、樒ちゃん、優樹君、また明日ね」
ミクちゃんを乗せて去っていく車に僕と樒は手をふって見送った。
車が見えなくなってから、樒は僕にヘルメットを差し出す。
後ろに乗れという事か。
「ところで樒」
ヘルメットを着けながら僕は訪ねた。
「僕がいない時に、六星先輩から何を言われたの?」
「ん!」
樒は押し黙った。
「言いにくい事なら言わなくていいけど。僕も女装写真をネタに脅されているようなものだし。何か人に言いにくい弱みを握られたというなら、僕に無理して言わなくていいよ」
「ごめん。人に言えないというより、優樹に聞かれたくない事」
どういう事だ?
「もう知っていると思うけど、私たちは六星先輩から監視されていたのよね」
知ってる。
「優樹のお母さんの車の中で、キスしたところも見られていたのよ」
うわ! あんなところまで……どうやったんだ? ドローンでも使っていたのか?
「まさか!? キス写真をばらまくと脅されたのか?」
樒は首を横にふった。
「他にも、いろいろと見られていて。それで、先輩はそれらの様子から判断して、私が優樹からウザいと思われているとか言い出したの」
だから、ウザいなんて思っていないって……というか僕にウザいと思われていたらどうだって言うんだよ?
別に関係ないだろうに……
「それでさ、先輩は私が入部したら優樹と仲直りできるように仲裁してやろうかって……」
仲直り? なんでそんな事……まさか!? 樒は僕の事を……いやいやそれはないだろう。
ないよね?
「ほら。私達一緒に仕事をするコンビじゃない。優樹にウザいなんて思われていたら、今後の仕事に支障が出るじゃない」
そうだよな。仕事に支障が出ては困るよな。
「それに私は先輩の言った事なんてどうせ出鱈目だと思っていたわ。だけど思い出してみると私は優樹から嫌われるような事をかなりやっていた事に気が付いて……」
それは確かにある。てか、今頃気が付いたか。
「それで、先輩の言った事が本当だと思うようになって、翌日から優樹と顔を会わせるのが気まずくなって……」
それで休んでいたのか。
「それで、どうなの? 優樹は私の事をどう思っているの?」
「ウザいなんて思っていない」
「そっか。私の早とちりだったのね。なあんだ」
「だいたい、それが本当だとしても、何も泣かなくたって……」
う! なんだ? 急に樒が怒ったような顔をして睨みつけてきた。
「樒……なにか……僕が気に障るような事を……」
樒は石を拾い上げた。僕にぶつける気か?
「そこだ!」
樒は空中に向かって石を投げた。
ガッシャーン!
なんだ?
何かがアスファルトの上に落ちる。
ドローン?
「六星先輩は、これで私たちを監視していたのね」
「そこまでして僕たちを入部させたいものかな?」
その時、スマホの着信音が。相手は六星先輩!
「もしもし」
『とうとう見つかってしまったわね。だが、これで終わりとは思わないでね』
あのなあ……どこの悪役ですか?
『私はどんな事をしてでも、必ずあなたたちを入部させてみせるわ』
「だから、しません」
『ところで社君。神森さんはすべてを語っていないわよ』
「え? どういう事です?」
『ふふふ。知りたい?』
「別にどうでもいいです。知りたくもありません」
そう言って僕は電話を切った。




