金縛り
階段を上り切ったとこにある扉を、少しだけ開けてバスストップの様子を見た。
エラと槿さんがいるが、他に人影はない。
一度、扉を閉める。
「優樹。本当にやる気?」
「やる。あんな写真が知れ渡ったら、末代までの恥」
「いいじゃない。女装ぐらい。コスプレみたいなものでしょ」
「僕に女装趣味はない」
「別にヌードを撮られたわけじゃなし」
「撮られてたまるか! 樒、エラの能力を一時的に封じられると言ったな? さっそく、頼む」
「待って。どうせなら、身体の動きごと封じてやろうか?」
「できるの?」
「九字切りより、ちょっと時間がかかるけどね。ただし、エラには通じるけど、槿さんには効かない」
「どうして?」
「槿さんに教えてもらった術だからよ。だけど、槿さんは自分がその術を食らわないための防御手段を持っているわ」
「それって、御札かなにか?」
「分からない。ただ、槿さんから術を教わった時に、槿さん本人に術を試すように言われたのよ。だけど、槿さんにはまったく効かなかった」
「それって道具は必要ないの? もし、何かの道具が必要なら、今の槿さんには防げないんじゃないかな?」
「どうして?」
「槿さんは強制修行施設から、脱走してきたのだろ。そういう物を用意している余裕は、無かったんじゃないかな?」
「そっか。でも、道具が必要ないとしたら……まあ、いいか。どうせ、エラに術をかけるときに槿さんも巻き込むことになるから。でも、術が効かなかった時のために、槿さんの動きを封じる別の手段を用意しましょう」
「そんな方法があるの?」
樒はポケットから何か取り出した。これは!?
「これを穿くのよ」
樒が出したのは半ズボンだった。
「僕が?」
「私が穿いても意味ないでしょ。優樹が穿くのよ。ショタコンは、これに弱いのだから」
「いや、ムリ! ムリ! ムリ! いくら身長が小学生並でも、僕は高校生だから……」
「あんたに、すね毛がないことぐらい知っているわよ」
「なんで知っているんだ!? いつも長ズボン穿いてるのに……」
「なんで知られていないと思っているの? 体育の授業では短パンになるでしょう。とっくにクラス中に知れ渡っているわよ」
「しかし……いくらショタコンだからって……こんな手で槿さんが油断するわけないだろう」
「やってみなきゃ、分からないじゃない」
「効果がなかったら、僕が恥ずかしいだけじゃないか」
「いいの? あんたの女装写真がどうなっても? もしかするとネットにばらまくかもよ」
「それはやらないって、樒が言ったんじゃないか」
「あんたを安心させるために言った気休めよ。絶対にやらないと言う保証はないわ」
「ぐ」
「それに、あんたの破壊目標は槿さんのデジカメでしょ。特殊警棒を構えて向かっていけば、槿さんは大事なデシカメを壊されまいとするだろうけど、これを穿いていけば、撮影しようとして自らデシカメを突き出してくれるかもよ」
「なるほど……しかし……」
「やるの? やらないの?」
やるしか無かった。
「しかし、なんで樒がこんな物持っていたんだ?」
「空き家にあった服の中に、これもあったのよ。これだけ男ものだからミクちゃんもいらないって。でも何かの役に立つかなと持ってきたの」
何かのって? いったい何の役に立つというのだ?
ドアを押し開けて僕はバスストップに入っていった。
槿さんとエラは、僕を見て怪訝な表情を向ける。
今の僕はフルフェイスのライダーヘルメットをかぶり、黒い雨合羽を纏っているので、二人には僕が誰なのか分からないようだ。
だが、自分達に敵意を持っている事は理解したらしい。
「槿さん」
「その声は……優樹ちゃん? どうしたの? そんな格好して」
「電撃対策です」
するとエラが馬鹿にしたように笑い出した。
「あはははは! そんな無様な格好で私の電撃が防げると本気で思っているのか」
やっぱり、雨合羽じゃ無理か。
だが、本当の電撃対策は別にある。
「槿さん。僕の女装写真、削除して下さい」
槿さんの顔が一瞬ひきつった。
「なんの事かしら? 女装写真って」
「とぼけないで下さい。僕が気絶している間に撮ったのでしょう。あの家の自縛霊に聞きました。他に、槿さん達がドバイへ行くと言うのは嘘だという事も、ここから高速バスに乗って関西へ行こうとしているという事も」
「く……やっぱり、祓っておけばよかった」
「さあ、消して下さい」
「優樹ちゃんの頼みでも、それは聞けないわね。これは後世にまで残すべき芸術なのだから」
残されてたまるか!
「ならば、そのデジカメを破壊するまで」
僕は二人に向かって駆け出した。
樒の話では、槿さんは柔道二段。真面にぶつかったら、勝ち目などない。
エラに関しては手が触れた時点で電撃を食らっておしまい。
それでも、無謀にも向かっていく。……ように見せかけた。
エラが僕に向かって突き出している両の掌の間で、放電が起きている。
あんなものを食らってはたまらない。
二人の一メートル手前で横っ飛びに飛んで、僕は二人の横をすり抜けた。
しばらく、走って振り返ると、二人は呆気にとられた顔で僕を見ている。
「なんのつもり? 優樹ちゃん」
そう言っている槿さんの背後で、樒がバスストップ内に入ってきたが、二人は気が付いていない。
樒は右手をすっと前に伸ばして、縦横にふる。
ここまではいつもの九字切と同じ。
続いて樒は内縛印を結ぶ。
高速道路を行き交う車の音にかき消されて聞こえないが、この時樒は不動明王慈救咒を唱えているはず。
二人が気付かない間にその背後で、樒は剣印を結び、刀印を結び、転法輪印、外五鈷印、諸天救勅印と次々に印を結んでいった。
槿さんが何かおかしいと気が付いて振り向いた時、樒は外縛印を結び、不動明王慈救咒を唱えていた。
ちょうどその時車が途絶えていたので、樒が唱えている真言も聞こえてくる。
「ノウマクサラバタタ・ギャテイヤクサラバ・ボケイビャクサラバ・タタラセンダ・マカロシャケンギャキサラバ」
「エラ! 避けて! 不動金縛りの術よ!」
だが遅い。
「ビキナンウンタラタ・カンマン」
術が完成した。エラの掌の光が消えて、そのまま彼女は顔を引きつらせて硬直する。これでエラはしばらく動けないはず。
だが、槿さんの動きは止まらなかった。
「無駄よ。エラには効いたけど、私に不動金縛りの術は効かないわ。知っているでしょ」
「優樹! 今よ」
「え!?」
槿さんは、樒のセリフに釣られて僕の方を振り向く。
槿さんが樒の方を向いている間に、僕はヘルメットを外して雨合羽を脱ぎ捨てていた。
「おおお!」
槿さんの目が釘付けになる。半ズボンから出ている、僕の生足に……めっちゃ恥ずかしい……
「可愛いわよ。優樹君。でも、いくら私がショタコンだからって、そんな手で隙を作るとでも思っているの」
思ってはいない。思ってはいなかった。だが……
「槿さん」
「なに?」
「デジカメを突き出してシャッター切りながらそんな事を言っても、説得力がないのですが……」
「は! しまった! 手が勝手に……」
「隙有り!」
素早く伸ばした特殊警棒を、僕は槿さんの持っているデジカメに振り下ろした。




