バスストップ
一台の大型バイクがエラの前に停止した。
フルフェイスのヘルメットを被ったライダーが、懐から車のカギを取り出してエラに差し出す。
「よお。嬢ちゃん。言われた通り車は置いてきたぜ」
エラは後ろを振り向いた。その視線の先には、スーツケースに腰かけて目を閉じている槿さんの姿。
「槿。こいつの言っている事は本当か?」
「本当よ。車は確かに置いてきている」
「よし」
エラは懐から封筒を出して、ライダーに渡した。
「ひい、ふう、みい……十万円確かに受け取ったぜ。ありがとうな。嬢ちゃん」
ライダーは懐に金をしまうと、そのまま走り去って行く。
エラは槿さんの元へ歩み寄った。
「前金と後金で、合計二十万。やり過ぎじゃないか? たかが、車を置いてきたぐらいで」
「こういうところで、出し惜しみしてはダメよ。ケチケチすると、あいつは私達を裏切るわ」
「おまえの式神に、運転させるわけにはいかなかったのか?」
「無理。そんな長時間、物質に干渉できないわ。あいつらが裏切らないで、ちゃんと車を成田に置いてくるか見張るのが精いっぱいよ」
「まあ、これは必要経費かもしれんが、私達はこれから潜伏しなきゃならない。出費は抑えなきゃダメだろ」
「分かっているわよ」
「分かっているなら、昨日の無駄遣いはなんだ!? 一回しか着ない服に十二万も」
「だってえ……優樹ちゃんに気づかれない様に女装させる千載一隅のチャンスだったんだもん」
もう気が付いています!
ちなみに、この二人が今いるのは成田空港ではない。
高速道路のバスストップだ。
エラが『成田からドバイへ行く』と言っていたのは、失言でもなんでもない。
最初から、僕に聞かせるためのフェイク情報だったのだ。
この二人、ドバイへ行く気なんて最初からなかった。
ドバイに行ったと思わせて、日本国内に潜伏する計画だったのだ。
そのために、僕に『ドバイに行く』と聞かせた後、朝になったら僕が脱出できるように、這って動ける程度に縛ってスマホも置いていったのだ。
そして、自分達が使っていた車は成田空港の駐車場に置き去りにして、いかにも出国したかのように見せかけて、自分達は高速バスに乗って関西方面へ逃げる計画だったのだ。
だが、それらの一部始終は、幽霊お姉さんが見聞きしていた。
槿さんも、霊視できるけど、たかが自縛霊ごときに何もできないだろうと軽く見ていたようだ。
幽霊お姉さんの話を聞いた僕達は、お姉さんを供養した後、霊能者協会に連絡して、先にお姉さんの教えてくれたバスストップへ向かったというわけだ。
母さんの車でバスストップの下に着いた後、ミクさんのウサギ式神にカメラとマイクを持たせて偵察に行ってもらった。
そしたら、案の定二人はそこにいたのだ。
式神が仕掛けたカメラとマイクからタブレットに送られてくる映像と音声を、僕達は車の中で見聞きしていた。
「なあ、槿。こんな手の込んだ事しないで、本当にドバイに行ってもよかったんじゃないのか?」
「無理よ。日本を出るのにはパスポートがいるのよ。偽造パスポートにどれだけお金がかかると思っているの?」
「そのぐらいの金はあるだろ」
「ドバイで生活するのにはお金がかかるの。今まで稼いだ額では全然足りないわ」
「じゃあ、ドバイじゃなくても、東南アジアでも中南米でもいいじゃないか」
「どっちにしても、バスポートがないと無理。それに外国で生活するとなると、ドバイほどじゃなくても元手が必要よ」
「そうか? 東南アジアは、物価が安いと聞いたぞ」
「仕事も見つけないと」
「仕事なんてしなくても、また私の電磁能力で騒霊現象を起こして、おまえがそれを鎮めたふりをして謝礼をもらうという手口で稼げばいいじゃないか」
「外国は宗教が違うから……」
「なんのかんの言って、おまえ日本から出るのが怖いんじゃないのか?」
「う……そんな事ないわよ」
実はエラの言っている事は半分当たっている。
さっき芙蓉さんから聞いたのだが、槿さんは韓国へは行った事はあるらしいから、日本から出ること自体は怖くないらしい。だが、韓国へ行くときは船を使った。
槿さんは高所恐怖症で飛行機やヘリコプターが怖くて乗れないのだ。
「とにかく、私達は日本から出て行ったと、協会に思わせたのだから日本に残らないと損じゃない」
「やっぱり、日本から出たくないんだ」
「いいじゃない! あんただって、秋葉原や池袋に行きたいでしょ。日本にいればまた行けるわよ」
「まあ、確かに……しかし、これから関西に行くだろ」
「関西にも秋葉原みたいなところがあるわよ」
そう言って槿さんは、タブレットを見せた。
「この町はどこだ?」
「ここは、大阪の日本橋。こっちは京都の寺町、これは兵庫の三ノ宮」
「なかなか楽しそうな町だな」
「行きたくなったでしょ」
「うむ」
「できれば優樹ちゃんも、あのまま連れて行きたかったけど」
絶対に嫌です。
「また着せ替え人形にするのか?」
「あなただって、昨日は楽しんでいたじゃない」
槿さんはデジカメを取り出した。
「ほら。このワンピース姿可愛いでしょ。まるで女の子みたい」
あのカメラに僕の恥ずかしい写真が……何とか破壊できないか。
僕は後部座席から助手席の方へ顔を出した。
助手席の上ではミクさんが結跏趺坐して座っている。
式神をコントロールしているのだ。
「ミクさん。式神であのデジカメ破壊できない?」
「ちょっと無理かな?」
こうなったら、実力行使あるのみ。
僕は雨合羽を着込んだ。これで電撃は防げる。
「樒。ヘルメット貸して」
「え? いいけど」
トランクの中に護身用に常備してある特殊警棒を取り出す。
ポリエステル製の警棒だから磁気の影響は受けない。
「優樹……まさか。殴り込みかける気?」
「止めるな、樒。あの恥ずかしい写真を葬り去るには今しかない」
「もうすぐ、協会の警備隊が来るから……」
「そしたら、警備隊の人達に写真を見られちゃうだろ」
「危険よ。相手は女と言っても、槿さんは強いし、エラは電撃能力があるし……あんたは男と言っても体力ないし……」
「あの二人を殴るわけじゃない。隙を見てデジカメを破壊して逃げてくるだけだ」
「わかった。じゃあ私も行く」
「樒」
「私の能力で、エラの能力を一時的に封じる事ができるわ」
僕と樒は、高速道路へ続く階段を登って行った。




