手がかりなら、まだあるわ
樒に胸ぐらを捕まれている地縛霊は、最初に僕が声をかけた後『ワシは何も知らん!』と言っていたお爺さんだった。
「樒。脅迫されていたって? 誰から?」
ていうか、樒が現在進行形で脅迫しているのだが……
「悪霊を引き連れた若い女だと言っていたわ」
若い女? アラティか?
僕は地縛霊の爺さんに顔を寄せた。
「あなたを脅していたのは、誰ですか?」
「勘弁してくれ。あれは人ではない。恐ろしい魔神じゃ」
「その魔神は、あなたに何を言ったのです?」
「もうすぐここに、大女と小男のコンビの霊能者がやってくる。そいつらに何を聞かれても、何も答えるなと……答えれば、地獄に引きずり込むと……」
それで怯えていたのか。
「ワシはどうなるのじゃ? こんな事を話してしまったら、ワシは地獄に引きずり込まれるのか?」
「大丈夫です。魔神にそんな能力はありません」
「本当か?」
「ええ、奴らの言っている事ははったりです。そうやってあなた達地縛霊を惑わせるのが、魔神の常套手段です」
「そうなのか? しかし、ワシは生前にかなり悪いことをしていたぞ」
「もし、あなたがこの後地獄に行く事になったとしても、それは元々決まっていた事なので魔神は何も関係ありません。逆に現時点であなたが地獄に行くような事にはなっていないのなら、魔神が何をしても地獄に連れて行くことは不可能です」
まあ、ロックさんの話だと、いわゆる地獄とか天国とかいう世界はないらしいけどね……
「そうか。はったりだったのか」
納得してくれたようだ。
「そうそう。魔神はワシらを脅す前に、悪霊を取り憑かせた男に交番を襲撃させていたぞ」
「交番を!?」
じゃあ、襲撃犯は悪霊に操られていたというのか?
「しかし、魔神は何のために?」
「男が交番の入り口で暴れている間に、魔神は交番の壁をすり抜けて中に入っていったぞ」
交番の中?
そうか。交番を襲撃したのは陽動で、警官達の目が襲撃犯の方を向いている間に、アラティは交番内で何かをしていたのだな。
しかし、何を?
アラティとしては、僕らに寒太を追わせたくない。
だから、地縛霊に口止めしていたわけだが、交番には何の用があったのだろう?
そうか!
「お巡りさん」
僕は柿見巡査に声をかけた。
「何か?」
僕は交番入り口に設置してある監視カメラを指さした。
「この監視カメラの映像を、確認してもらえますか?」
「え? 男が襲撃した時の映像なら……」
「それではなくて、昨日僕達が捕まった時の映像です」
「いいけど、一般人には見せられないわよ」
「それでかまいません。映像が残っているかどうかを、確認してほしいのです」
「なぜ?」
「僕の予想では、その時の映像が消えているはずですので」
「映像が消えている? まさか!」
「僕もまさかと思うのですが、念のために調べていただけませんか」
「いいわ」
柿見巡査は、交番内に入っていく。
さて今のうちに……
振り向くと樒とミクちゃんが、手分けして地縛霊から事情聴取をしているところだった。
「どうだった?」
僕の質問に、樒は首を横にふる。
「だめだめ。このお爺さん、寒太が逃げ出したときは、ちょうど死角にいたので見ていなかったそうよ」
だめか。
ミクちゃんの方は……?
ミクちゃんは少年の霊と、中年女性の霊から話を聞いているが……
「ミクちゃん。そっちはどう?」
ミクちゃんは首を横にふる。
「だめ。この人達、あたしの言っている事を信じてくれないよ。喋ったら地獄に引きずり込まれると言って、話してくれない」
こっちもだめか。
柿見巡査が交番から出てきたのはその時。
「映像が消されているわ」
やっぱり。
「社さん。こうなっていると知っていたのね」
「ええ」
「なぜ?」
「地縛霊の話を聞いてみたところ、交番襲撃のどさくさに紛れて交番内に潜入した奴がいたそうです」
「ええ! 潜入? 全然、気がつかなかったわ」
「僕達の目的は、寒太君の捜索です。その妨害をしている奴がいるのですが、そいつが交番に潜入したとしたら、目的は監視カメラの映像だと思ったのですよ」
「そんな事のために、白石君が怪我をさせられたなんて……」
「すみません。巻き込んでしまって」
「気にする事はないわ。白石君は無事だったし。それより、君が探しているのはタンハーが逃がした男の子よね?」
「そうです。でも、手かがりは無くなってしまった」
「いいえ。手がかりなら、まだあるわ」
え?




