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霊能者のお仕事  作者: 津嶋朋靖
迂闊なパスワード
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爺さんの誕生日は?

「どうです? 教えて頂けませんか?」


 僕に話しかけられた爺さんの霊は、ノートPCの前で首を横に振った。

 機嫌が悪いみたいだ。

 PC画面に表示されているのは、小村証券のログインページ。

 ここにパスワードを打ち込めば、数千万円の資産が預けられている爺さんのページが開くはず。

 問題は、そのパスワードを爺さんしか知らない事……

 それを聞き出すのが僕の仕事だ。


 最近の霊能者の間では、除霊なんかよりも、この手の仕事の方が多い。

 ネットで使っているパスワードを残さないまま、急死する人が多いからだ。

 SNSでは死者の残したアカウントが溜まる一方。

 そこで、死者の霊を呼び出してパスワードを聞き出すという依頼が増えてきた。

 しかし、除霊ができるような強力な霊能者はプライドが高く、その手の仕事は引き受けない。

 だから、こういう仕事は、僕のような低能力の霊能者に回ってくるのだ。

 一人だけ、除霊ができるくせに、この手の仕事を引き受ける奴を僕は知っているが……できれば僕は、そいつに関わりたくない。

 

 ところで低能力の仕事だからと言って、この仕事が簡単かというと決してそうではない。

 この爺さんのように、なかなか教えてくれない霊も少なくないのだ。


「わしの誕生日を忘れる親不孝者には、教えてやる事など何もない」


 僕は後ろを振り返った。

 床の間のある六畳の和室。

 その床の間の横には立派な仏壇。

 ちなみに、爺さんはまだこの仏壇の住民ではない。

 仏壇の住民になっていてくれたら、正式に遺産相続手続きができて、この証券会社に預けてある資産が取り出せるわけだが、残念な事に……いやいや、幸いな事に爺さんはまだ生きている。

 生きているが、意識がない。

 隣の部屋で、植物状態になってベッドに横たわっているのだ。

 当然、治療費はかかる。

 その費用を負担しているのは、さっきから仏壇の前に正座している五十代半ばの男性。

 この人が爺さんの息子さんで今回の依頼人。

 息子さんは、不安な面持ちで僕を見ていた。

 その顔は、如実にこう語っている。『こんなガキに任せて大丈夫かな?』と……

 まあ、仕方ないさ。

 一応、僕は十六歳の高校生だが、背が低くて童顔なせいか、よく小学生と間違えられる。


 十分ほど前、この家をブザーを鳴らした僕を出迎えた時も……


「こんにちは」

 と挨拶した僕に対してこの人は……

「坊や。どこの子だい?」

 と失礼な対応を返してきた。


「霊能者協会から派遣されてきました(やしろ) 優樹(まさき)です」

 

 平静を装いながら差し出した僕の名刺を受け取った息子さんは、『はあ?』て顔でしばらく僕を見つめていた。

 視線が頭頂部に集中したような気がするのは、僕のコンプレックスが生み出した被害妄想だろうか?

「しかし……君、子供じゃないか」

「身長が百四十八センチしかありませんが、れっきとしたとした高校生です」

 僕は右手に生徒手帳を、左手に原付免許証を持って、水戸黄門の印籠のように突き付けた。

「そ……そうか」

 まだ粛然としないようだ。

「声変わりしていませんが、これはクラインフェルター症候群によるものです。けっして女子が男装しているわけではありません」

「わかった……わかった……」

 ようやく納得したようだ。

 もっとも、小学生だろうと高校生だろうと能力さえあれば問題ないし、実際に僕は小学生の頃からこの仕事をやっている。

 まあ、依頼人にしてみれば子供では信頼できないのだろうけど……


「ご依頼の内容は、植物状態になっているご家族の生霊を呼び出す事と聞いておりますが、間違えありませんか?」

「ああ……その通りだが……君……できるのかい?」

「もちろんです。そのために来ました」

「そう……ですか。では、上がって下さい」

 息子さんに案内された部屋には、介護ベッドの上で一人の爺さんが横たわっていた。

 部屋の中は酷い臭気が漂っていたため、すぐに隣の仏間に移り扉を閉めた。

(やしろ)君と言ったね。君にお願いしたいのは」

 息子さんはノートパソコンを差し出した。

 画面には証券会社のサイトが開いている。

「親父の生霊を呼び出して、このサイトのパスワードを聞き出してほしいのだ。できれば一刻も早く」


 爺さんの治療費は、すでに息子さんの収入では賄いきれない。

 だから、この口座から資産を取り出す必要があった。

 そこで、生霊を呼びだしてパスワードを聞き出そうというわけだが……

「なんか、お父さん、怒っていますよ。なにかあったのですか?」

「実は、昨日別の霊能者さんに来てもらったのですが……」

 息子さんの話では、昨日来た霊能者がパスワードを聞いたところ、生年月日をそのまま使っているとの事だった。


 迂闊だなあ……


 ところが、生年月日を打ち込んでみたが、エラーになってしまったらしい。


 その後『親の誕生日も覚えていないのか!』と、爺さんはヘソを曲げてしまったというのだ。


 困ったものだね。


「なんとかなりませんか? あなた霊能者でしょう?」

「いや……そう言われましても……」

 除霊すべき悪霊を除霊できなかったら、それは霊能者の能力不足を問われても仕方がない。

 でも、僕がやるべきことは除霊じゃない。

 言ってみれば僕の仕事は通訳のようなものであって、もめ事の仲裁は管轄外だ。

 管轄外だけど、ここは僕が仲裁しないとダメみたいだな。


 僕はお爺さんの方に向き直った。

「息子さんも困っているみたいだし、パスワードを教えてもらえませんか?」

「嫌じゃ」

 

 はあ……ずっとこの調子だ。


「息子さんは別に贅沢がしたいわけではないのですよ。高価な買い物がしたいわけでもありません。それどころか、今は、ご飯にお塩をかけて食べているのです。ひもじい思いをしているのですよ」

「ふん! 何がひもじいだ! 戦時中は、白い米が食えるだけで贅沢だったわ」

「今は時代が違います。それにこれは、あなたの治療費を捻出するためですよ」

「そんなに大変なら、さっさとわしを安楽死させればいい。死にぞこないのために、なけなしの金をつぎ込むことはないんだ」

「何を言っているんです。息子さんは、お爺さんに生きていてほしいのですよ」

「どうせ安楽死なんかさせたら、世間体が悪いからだろ」

「そんなんじゃありませんて。親を思う子供の気持ちですよお」

「そんな情の厚い奴なら、わしの誕生日を忘れるものか」

 ダメだ、こりゃあ。

 僕は息子さんの方を振り向いた。

「お父さんの誕生日、思い出せませんか?」

「思い出すもなにも、親父の誕生日は三月十五日に間違えないはずです」

「しかし、それでログインできなかったのですよね?」

「ああ。昨日の女の子が親父の霊を呼び出して、ログインパスワードは生年月日をそのまま使っているというところまで聞き出したのですが」

「女の子? ああ! 昨日来たという霊能者ですね」

「彼女に、親父の生年月日を教えて、打ちこんでもらいました」

「ええ! ダメですよ! パスワードは、あなたが打ち込まないと」

「え? なぜ?」

「彼女が詐欺だったらどうするのです? 昨日は『ログインできませんでした』と言って、帰った後で、別のパソコンからログインして財産を横領しているかもしれませんよ」

「なに? それは大変だ」

 

 僕はお爺さんの方に向き直った。


「聞いての通りです。早くしないと、あなたの財産は詐欺女に盗とられてしまいますよ」


 だが、お爺さんは馬鹿にしたような顔で言う。


「ふん。あのバカに真のパスワードなど分かるものか」


「はっ? 今、なんと?」


「い……いや、なんでもない」


 なんだ、この爺さん? 何か隠しているな。


「とにかく、どうせワシはもうすぐ死ぬのだ。あの世に持っていけない財産に未練はない。あの女にくれてやるわ。パスワードが分かればの話だが……」

「では、生年月日というのは嘘ですか?」

「それは嘘ではない。間違えなく、生年月日を使っている。しかし、あの女にパスワードは分からんだろう」

 生年月日なのに、なぜ分からないのだろう?

「まあ、それは良いとして、息子さんにも分からないと、あなたが困るのですよ」

「別に……わしは困らん」

 このままでは自分が死ぬと言うのに……あ! もしかして……

「ひょっとして、延命処置を止めてほしいのですか?」


 突然、お爺さんの顔色が変わった。


「ああ……ご飯はまだですか?」

「ボケたフリしない!」

 お爺さんは、しぶしぶ本音を言った。

「そうじゃ! 悪いか?」

「だったら、そう言えばいいじゃないですか?」

「言ったわい。しかし、半年前に、わしがなけなしの体力で『もう死なせてくれ』と言ったのに、息子は『そんな事言わないで、長生きしましょうよ』と言って延命処置を止めなかった。そのうちに、わしは口を利く体力もなくなってしまった」

「それなら、丁度よかったじゃないですか。僕ら、霊能者ならあなたの声が聞こえます。霊能者を通じて安楽死の意思を伝えれば……」

「だから、昨日来た女に『死なせてくれ』と言ったんじゃ! そしたらあの女『そんな事伝えたら、私の報酬が減る。さっさとパスワードを教えろ』と」


 ひどい霊能者だな。


「わしが断ると『往生際が悪いわね』と言って、妙な術をかけてワシを苦しめるんじゃ」


 ええっと……『死なせて』と言っている人に対して『往生際が悪い』て、それ日本語としておかしくないだろうか?


 てか……妙な術で霊を苦しめるって? それって除霊に使う術じゃないのか? そんな事ができるくせに、こんな仕事を引き受ける奴って……


「ひどい霊能者に引っかかりましたね。大丈夫です。あなたが安楽死を望むなら、僕はちゃんと息子さんに伝えますから」

「本当か?」

「ええ。というより、安楽死を望むなら、最初からそう言ってくれればよかったのに」

「いや……あんたも、昨日の女の類かと思っていたので……」

 なるほど。昨日、酷い目に遭わされたから警戒していたんだな。

「大丈夫です。僕はそんな悪質な霊能者ではありませんから」

 僕は息子さんの方へ顔を向けた。

「お父さんは、安楽死を望んでいます。半年前に、あなたにそれを言ったそうですが」

「いや……確かに、何度かそんな事を呟いていましたが……本気ではないかと……」

「冗談ではなく、本気で死なせてくれと言っていたそうです」

「そんな……」

「だから、延命処置を止めましょう」

「いや……しかし……」

「延命処置をすることで、お父さんは苦しんでいます」

「だが、親父を殺すなんて……」

「楽にしてあげるのです。確かに、辛いかもしれませんが、無理やり生かされているお父さんは、もっと辛いかと」

「……」

 息子さんは暫く無言でうな垂れていた。

 辛いのだろうな。

 自分の決断一つで、親が死ぬのだから……

「分かり……ました」

 決意が固まったようだ。

「ただ、その口座は開いてもらわないと本当に困るのです。もう生活にも困窮していて……」

 それは困るだろうね。

「貴方への支払いもできません」

 それはもっと困るね。

 僕は爺さんの方を向いた。


 しかし、そこに霊はいなかった。


 時間をかけすぎたか。


「すみません。時間切れです」

「どういう事だ?」

「生霊はあまり長時間呼び出せないのですよ。一定時間経ったら身体に戻さないと、生命活動に支障をきたします」

 まあ、延命処置はやめるのだから、問題はないのかもしれないけど……

「それでは、パスワードは?」

「生年月日だと言うのは嘘ではないと、言っていましたが……」

「しかし、生年月日を打ち込んでもログインできなかったのですよ。誕生日は三月十五日に間違えないのに」

「もしかして、誕生日ではなくて生まれた年を間違えたのでは?」

「そんなはずはない。親父が生まれたのは昭和元年だ。間違えるはずがない」


 昭和元年? ……それだ!


「昭和元年に、三月十五日はありません」

「なんだって?」

「大正天皇がお隠れになったのは、大正十五年十二月二十五日。昭和元年は、その日から十二月三十一日までの一週間だけなのです。だから、正しい生年月日は大正十五年三月十五日です」

「そうだったのか」

 息子さんは早速、パソコンにパスワードを打ち込んだ。

「ダメだ! 開かない」

「え?」


 まさか? あいつがすでに不正ログインしてパスワードを変えてしまったのか?


 それとも年号ではなく、西暦か? しかし、爺さんはあのバカに分かるものかと言っていた。

 

 あいつなら、真っ先に西暦を思いつくだろう。


 何か手がかりはないだろうかと、僕は爺さんの眠る隣室へ入った。

 点滴台を倒さないように気を付けながら周囲を探してみる。

 枕元に、写真立てがあるのを見つけた。

 セピア色の写真に写っているは結婚式の写真。

「これはお父さんの結婚写真ですか?」

「ええ、そうです」

 若いころはハンサムだったんだな。

 式場じゃなくて自宅で撮影したようだが……ん?

 僕の視線は、新郎新婦の横に写っているカレンダーに釘付けになった。

 

 なんだ? これは……


 爺さんは未来人? んなわけあるか。


 そうか!


 僕はメモ帳に数字を書いて息子さんに手渡した。

「この数字の通り打ち込んで下さい」


 僕に言われた通り、息子さんが打ち込むと、あっさりとログインできた。

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