口では言えないようなひどい目
人質を取ったのはいいものの、この後どうすれば……?
「おい。わらわを人質にして、どうするつもりじゃ?」
「と……とりあえず……ひどい目に遭わせる」
どんなひどい目に遭わせるか聞かれても困るが……ていうか、悪神とは言え、こんなちっちゃい子に乱暴な事できないし……
「なに! わらわに、エッチな事をするのか!?」
「ちっがーう! とにかく、ひどい目と言ったら、ひどい目だ」
「だから、どんなひどい目に遭わせるのじゃ?」
「そ……それはだなあ……」
「ま……まさか!」
今度は、何を言い出すのだ?
「わらわの眼前で、おまえが白目をむいて『どうだ。ひどい目だろう』というギャグをやる気か?」
「誰がするか! そんなしょうもない事!」
「そうか! では、口では言えないような、ひどい目に遭わせるというのじゃな?」
そういう事にしておこう。
「そ……そうだ。ひどい目に遭いたくなければ、あの悪霊を僕に近づけさせるな」
「分かったのじゃ。おい、ショウブ。こいつに近づくな」
「タンハー様。私はショウブではなくアヤメです」
「え? ええっと……とにかく近づくな。近づけば、わらわは口では言えないような、ひどい目に遭わされるそうじゃ」
「そんなあ……せっかく、その坊やを口では言えないような、ひどい目に遭わせたかったのに……」
な……何をする気だったんだあ!?
とにかく、この降着状態を脱するには、奴になぜ退魔弾が効かなくなったかを調べないと……
タンハーを捕まえたまま、僕はスマホを取り出し氷室先生に電話をかけた。
『社君、どうしたの? こんな時間に』
「先生。夜分にすみません。実は……」
事情を話した。
『社君。人間に憑依した悪霊には、退摩弾は効かないわ。奴を身体の外に追い出さないと……』
「ええ! どうやって?」
『とにかく、助けに行くからそこを動いちゃだめよ』
「分かりました」
スマホを切ると、タンハーが怯えた眼差しで僕を見つめている。
罪悪感が痛い。
こうして見ると、普通に可愛い子供なのだが……しかし中身は魔神だ。
「社優樹よ。今、誰に電話していた? まさか、大女を呼び出したのか?」
樒が来ると思って怯えていたのか。
「違うって。僕に退魔銃をくれた人に、電話をしていたんだよ」
「本当じゃな? 大女に電話したのではないな?」
「樒には電話なんてしていないよ」
「なあんじゃ。電話はしていないのか」
「うん、電話なんかしていない。メールを送っただけだから」
「そうか。電話じゃなくてメール……ちょっと待て! そのメールに何を書いた!?」
「ここで起きている状況を手短に書いたのだが」
「それを見た大女は、ここへ来るのではないのか?」
「来るだろうな」
「ひょええええ! 頼む、わらわを逃がしてくれ。大女が来たらイジメられる」
「じゃあ、悪霊に命令しろ。門を覆っている蔦をどけろと。僕がここから出られたら、逃がしてやる」
「その前に、わらわのスマホを返すのじゃ」
「ダメだ。これを返したら、また何か悪いことに使うのだろう」
「わらわは悪神じゃ。悪い事をやって何が悪い」
「悪いに決まっているだろう」
「頼む。返してくれ。スマホを取り返せないと、わらわはお仕置きされるのじゃ」
「おまえ、前に『母上にだって殴られた事ないのに』って言ってなかった?」
「母はそんな事はせん。姉からお仕置きされるんじゃ」
「どんな?」
「そりゃあ、口では言えないような惨いお仕置きじゃ」
ううん……ちょっと可哀想な……
「あ! 今おまえ、わらわの事を可哀想だと思っただろ」
こいつ、心が読めるのか?
「可哀想だと思うなら、スマホを返してくれ。頼む」
ここは、心を鬼にして……
「ダメだ。返すわけにはいかない」
「おまえは鬼か!? う!」
今度はなんだ?
「おしっこが漏れる! ここで漏らしてもいいか?」
「うわあ! やめろ! 向こうの茂みでやれ!」
思わず僕は、タンハーを捕まえていた腕を放した。
「分かったのじゃ」
そのままタンハーは、トテテと茂みへ駆け込んでいく。
は! タンハーを手放してしまったという事は……
「つーかまえた」
しまったあ!
気が付いたときには、背後から伸びてきた腕に僕は抱きしめられていた。




