物件違い
樒の九字切りが聞こえた途端、悪霊女は苦悶の表情を浮かべた。
「おおおおおおおお…………」
叫び声を上げながら、悪霊女は黒い霧と化して消えて行く。
僕を拘束していた蔦も一斉に黒い霧となり、溶けるように消えていった。
ドタン!
今まで僕の身体を支えていた蔦が消滅した事で、僕は背中から床に叩きつけられる。
「痛たたた」
まともに受け身が取れなくて、頭打っちゃったよ。
ていうか、身体がほとんど動かせない。
精気を吸われたせいだな。
「優樹!」
樒が駆け寄ってきた。
え? 樒だよな?
しかし、いつも樒がバイクに乗るときは赤いフルフェイスヘルメットをかぶっているのに、今は顔が丸出しの黒い半帽ヘルメット。
その丸出しの顔には、黒いサングラスをかけ、鼻の下に髭?
着ている物も、いつもの赤いつなぎのライダースーツではなく、黒いダブダブのダウンジャケットに黒いレザースラックス。
という事は、樒は近くにはいるけど、この人は別人?
「優樹! どうしたの? いったい!」
この声はやはり樒。
「樒なの? その格好は?」
「え? ああ! 男装してみたのだけど……似合う?」
男装? そういえば、昨夜そんな事をするとか言っていたけど……
「付け髭は、やりすぎじゃないかな?」
「やっぱし」
樒は付け髭を外した。
「とりあえず、体型がばれないようにダブダブのダウンジャケットを着てきたけど、男に見えるかな?」
「まあ、見えるんじゃないかな」
「そう。ところで優樹、立てる? オーラが、かなり乱れているわよ」
精気をかなり吸われたからな。立つどころか身動きすらできない。
それを聞いた樒は後を振り向く。
「魔入さん。これはどういう事ですか? この物件は安全じゃなかったの?」
僕の位置から見えないけど、外へ放り出された魔入さんも無事だったようだな。
「その事ですけど、神森さん。ディレクターから留守電が入っていた事に今気が付いたのだけど……」
留守電?
「車の中で間違えて、別の物件の資料と鍵を渡してしまったと……」
「はあ?」
「ちなみに、この物件はガチで危険だったので今回の取材には使わない事になっていたはずなのに、なぜか資料と鍵がディレクターの鞄に紛れ込んでいたとか……」
おい!




