出発前日2
拙い文章ですがよろしくお願いします。
桃太郎たちが家へ帰ると、そこにはたくさんご馳走を並べているお婆さんがいました。
お婆さんは桃太郎に気づくと重そうな腕を上げ、軽く手を降る。
「ただいまー」
「ああ、おかえり。ご飯出来てるよ」
柔和で優しく微笑むお婆さんはとても可愛らしく、慈愛に満ちていた。しかしどこか寂しげな印象をうける。
「今日は桃太郎の誕生日だからねぇ、贅沢にしたよ」
「ありがとう、お婆ちゃん。今日で当分は食べられなくなるからね、死ぬほど食べるよ」
桃太郎は明日、イヌ、サル、キジをの三匹を引き連れて鬼ヶ島へ鬼を倒しに行くのです。
「本当に行くのかい? 私は別にーー」
お婆さんの顔は陰りを見せていた。お婆さんは桃太郎が鬼退治をしに行くのは快く思ってはいないのだ。
「いいや、行くさ。お爺ちゃんの仇をとりたいんだ、僕の手で」
お婆さんの言葉を遮り、桃太郎は自分の手のひらを見つながら話を続けた。
「そういう話はご飯を食べてからでどうかしら」
重くなりそうな空気を察したのか、キジが極めて明るく声を発し、話を切る。
どちらにしろ今日中に話を着けなければいけない事なのだが、ご飯くらい楽しく食べようというキジなりの気遣いだった。
夜の晩餐はいつも通りつつがなく終わった。
桃太郎とサルがふざけて、イヌが叱り、キジとお婆さんが和かに傍観するという毎日繰り返してしてきた光景。
そしてそれはお婆さんが新しく手に入れた日常で、かけがえのない大切な時間だった。
もちろん桃太郎だってそのことに気づいていないわけではない。だがーー
「お婆ちゃん」
凛と張り詰めた声。普段の桃太郎からは聞いたこともない大人びた声色。その声に今までの弛緩した空気は一瞬で凍りつく。
「なんだい? 桃太郎」
言いたいことは分かっているが、その気迫は押され、お婆さんはただ返事を返すことしか出来なかった。
「僕は、鬼が許せないんだ」
「うん」
桃太郎はゆっくりと相手の心に届かせるように話を始める。お婆さんも無駄なことを言わぬように最小限の返事をする。そしてイヌとサルとキジは、自分たちが口をだすことじゃないと沈黙を決める。
「お婆ちゃんからお爺ちゃんを奪った鬼が許せない」
「うん」
「だから鬼は僕が倒す。そうしないと僕は気が済まないんだ」
「うん」
「お爺ちゃんの敵討ちがしたい」
「……私はそんなの望んでないよ」
今まで、ずっと頷いていたお婆さんの否定。
「私は鬼を憎んだことはないよ。一度もね」
その言葉に桃太郎は一瞬の動揺を見せたが、お婆ちゃんならそう言うだろうと容易に想像できたのか、その動揺はすぐに霧散した。
「……わかってる。これは僕のわがままだってことは……でも僕は行くよ。そのために今まで修行してきたんだ」
「そうかい、止めても無駄なんだねぇ」
桃太郎は小さくこくんと頷く。
「それに、鬼の血と人間の血を持った僕にしか出来ないことだと思うんだ」
桃太郎の顔は真剣で、お爺さんの復讐にしては落ち着いた瞳をしていた。
「僕は人間のなり損ないだから……建前掲げて生きていくなんて出来ないんだ」
桃太郎は鬼を憎むのと同じくらい、自分を憎んでいた。自分がちゃんとした人間だったらお婆ちゃんはこんな山奥に来ることもなく、村で幸せに暮らせたのではないか? そんなことを考えていた。
昔の桃太郎は鬼の血を持つ自分が嫌で、自分のツノを切り落としたことがあった。鬼にとってツノは妖気の源だというのを本能で感じとった行動だった。
そしてその桃太郎の行為は自分からある程度の鬼の側面を薄めることに成功したのだ。
「そんなこと言わないでおくれ。私は何一つ後悔したことはないし、不幸だと自分を呪ったこともないよ。幸せだよ」
「そんなの……嘘だよ」
お婆さんは首を横に振り、遠くを見るように目を細めた。
「昔ね、私は子供が産めない身体だとわかったの。そのことに私は酷く落ち込んだわ。でもね、私は自分の人生を呪うことなく前に進めたの」
「な……なんで?」
「お爺さんが居てくれたからよ。お爺さんはね、落ち込んでいた私にこう言ったの『俺がお前の子供になる』って。馬鹿でしょう。もっと気の利いた言葉も山のようにあるでしょうに……私、あの時つい笑ってしまったの。そしたら不思議、あれだけ悲しかったのに心の奥が暖かくなって元気がでたの」
お婆さんの瞳は宝石を写しているように輝き、とても若々しく見えた。
「でも僕は自分の言ったことは曲げれない……ごめん」
「いいや、謝ることじゃないよ。男の子だしね、そのぐらいで丁度良いのかもしれないね。……ただ一つ桃太郎に言わなきゃいけないことがある」
そこまで言ってお婆さんはすぅっと息を吸いこむ。
「あんたには双子の兄弟がいるんだ。だから仇をとるならその子の分も頼むよ」
さらりと告げられた言葉は簡単には頭には入ってこなかった。それは他の三匹にも同じことだった。
「それは本当の事ですか? そしてそれが本当だったとしたら……」
「ああ、本当さ。その子はお爺さんと一緒にいたからね……そういうことさ」
もうこの世にはいない。それだけは察しがついた。
「じゃあ、なおさら鬼が憎いんじゃねぇか?」
「憎いわ。でも私じゃ何も出来ない」
「じゃあ僕がーー」
「あんたまで失ったら私はどうしたらいいんだい!」
お婆さんの怒声、桃太郎が生まれて初めて聞いた声。その声に桃太郎も他の三匹も畏まる。
「……ごめんね。でも私は怖いんだ。お爺さんがいなくなった時のように桃太郎も居なくなってしまうんじゃないかって」
「大丈夫、僕は居なくなったりしないよ。お婆ちゃんを一人にはさせない。必ず鬼を討ち取ってみせるよ」
すっかり俯いてしまったお婆さんに、桃太郎は近づいて耳元で極めて優しく話す。
「どうしても行くんだね」
「ごめん」
「……男ってのはみんなこうなのかねぇ。わかったよ桃太郎。行ってきな、そして二人の仇をとっておくれ」
「うん、約束するよ」
二人はお互いに見つめ合ってニコッと笑った。そしてそれがこの話し合いの決着を意味していた。
「お話が終わったところで私から桃太郎に渡す物があります」
今まで沈黙を貫いてきたキジがここぞとばかりに明るい声をだし、家の外から一本の刀を持ってくる。そしてその刀を桃太郎に手渡す。
「これは……?」
「それは昔貴方が切り落としたツノから鍛えた刀よ。元々貴方の身体の一部だったのだから上手く使いこなせるはずよ、ただしその刀を使うということは、鬼の側面が強くなるということだから呑まれないように気をつけて下さいね」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
「よし、今日はもうお開きだな。明日は早いしもう寝るぞ」
そして桃太郎たちはいつも通りの喧騒を取り戻し、みんなで夕飯の片付けをし、布団に入った。
朝と夜の境界。出かけの太陽が山の輪郭を映し出す頃、桃太郎とその三匹は靄がかった林の中にいた。
「お婆さんに行ってきますと言わなくて良かったのですか? 桃太郎」
「大丈夫だよ、お婆ちゃんはわかってるって」
「まあな。男ってのは背中で語る生き物だからな、あんまり婆さんにべっとりだと笑われるぞ」
「そういう男の人の信念は分かりかねますが、お婆さんに挨拶なしで出てきたのは正解でしょう。顔を見れば、桃太郎の決意も揺らいでしまうかも知れませんもの」
「そんなんじゃないけど……ただそんな畏まることもないんじゃないかなって思ったんだ。僕は絶対帰ってくるからね」
三匹は桃太郎のお気楽な態度にいつもと変わらないと安堵する。
「鬼の数も昔に比べれば少なくなっていると聞きます。私たちの力があれば必ず倒せますよ」
「そうだね、パッと倒してパッと帰ってこよう。お婆ちゃん一人じゃ不安だしね」
「賛成ですわ。しかし桃太郎、私たちは何処へ向かっているのでしょう? 鬼の居場所がわかるのですか?」
「えっ? 分からないけど……みんな何も言わないからそのまま歩いていただけだけど」
「言っておくが俺たちは鬼の居場所なんて知らねぇからな」
「えっ?」
「「「えっ?」」」
桃太郎御一行は深い深い霧が立ちこめる林の中で迷子になった。
お読みくださりありがとうございました。