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二人の桃太郎  作者: 森林
4/10

出発前日

もはや童話ではないです。

覚えているのは焦げ臭かったこと。


空気が熱くて、うまく息が出来なかったこと。


ーーそして……お婆ちゃんの泣き顔だった。 



 獣道すらない、人も寄り付かないような険しい山にはお婆さんと一人の少年が住んでいた。

 その少年の名前は桃太郎。十数年前、お婆さんが拾った桃から生まれた赤ん坊である。

 桃太郎とお婆さんは鬼が村を襲った日、鬼に見つかることなく逃げ延びた。しかし、鬼が村を襲ったのは鬼の子のせいだと忌られ、村から追い出されてしまった。


 その後、途方に暮れたお婆さんは、この山にたどり着いた。


 それから赤ん坊は桃太郎という名を貰い、スクスクと大きく育ち、立派な青年となっていた。





「ねえ、起きてください桃太郎、まだ勉強の途中ですよ、起きてください」


「……うん……あとちょっと……」


「あー、これは起きねえぞ」


 よく晴れた昼下がり。桃太郎は切り株に突っ伏して、気持ち良さそうに寝ていた。その桃太郎を挟むように、桃太郎を起こそうとしていた。


「本当に桃太郎はいつも座学になるとこうなんですから」


「外を駆けずり回ってる時は元気なんだけどな」


「いつもそこで体力を使い果たしてるからだと思いますよ…………天狗のようにとんでますからねぇ」


「まあな。あいつの身体能力はとうに人間の域を超えてやがる。まあ、もともと純粋な人間ってわけでもねぇが……知性ある獣の俺たちと同等か、それ以上のモノを持ってやがる」


「そうですね……今の桃太郎はまだ未熟。ですが彼は既に人の身の到達点の一つ『縮地』を身につけました。あとは鬼の側面をいくら出させるかによりますね。もしも鬼の力をも会得することが出来たなら……」


「俺たちは軽く超えるだろうよ。でも桃太郎も老婆さんもそれは望んでいないだろ」


「もしもの話ですよ、もしもの」


 桃太郎を起こすのを諦め、彼の今後を憂い始めたイヌとサルのもとに、一羽のキジが優雅に羽音をたてながら現れた。


「お二人とも、何をしていらっしゃるのですか? よもやさぼっている訳じゃないですよね」


 キジは降り立つがいなや、鋭い目つきでイヌとサルを射抜く。


「ちげえよ、見てのとおりだ。桃太郎の野郎が寝やがって起きやしねぇ。だからこうして困って立ち尽くしてたところだ」


 サルはその眼光をさらりと避け、やれやれと両手を大袈裟にあげた。


「そういうキジは何のようですか?」


 イヌは怪しそうに半歩下がり身構える。


「そんな構えることないじゃない。お婆さんに頼まれてお弁当を持ってきたのよ。もちろんあなた達の分もあるわよ」


「それはかたじけない。ありがたく受け取ろう」


 イヌは納得した様子でキジに柔和な笑みを浮かべる。


「……え……ご飯?」


 美味しい匂いを感じたのか、今までまったくの反応も見せなかった桃太郎が目を覚ました。その様子にイヌとサルとキジは顔を見合わせてフンと鼻息を漏らす。


「まったく呆れてため息が出ちまう」


「え? なんで?」


「なんでってことあるかよ、おまえ今まで寝てたんだぞ。それが眼前に飯が置かれたら起きやがって。現金なやつだよおまえは」


「まあこんな天気の良い日はついね。ご飯を食べたらみんなも寝ようよ」


 桃太郎はあっけらかんとした態度を見せる。もちろん悪びれたようもない。


「お昼寝はともかく早く食べちゃいましょうよ。おむすびだって温かいほうが美味しいでしょう」


 キジは桃太郎の話を軽く流し、おむすびの入った風呂敷を切り株の上に広げる。


「おっ! 美味そうじゃねえか。いただきっ」


 サルはおむすびを見るや一つ掴み大きな口を開けて口いっぱいに頬張った。


「行儀が悪いですよ。おむすびは逃げたりしませんから、少しは落ち着いてください」


「いや〜婆さんのご飯はやっぱりうまいね。桃太郎もはやく食えよ」


「ちょっと、僕の話聞いてます?」


 サルはイヌの説教を無視して、もう一つおむすびを掴むと、桃太郎にそのまま手渡す。


「ありがとう。いただきまーす」


 桃太郎も元気な口を開け、一口でおむすびを頬張る。


「まったく、元気なんだから。こういうところはサルに似ましたわね」


「そうか?」


「そうですね、その通りだと思います。今日が最後の日だというのに、居眠りして緊張感がないところとか似てますね」


 サルは少し照れくさくなったのか、頬が赤くなるのを隠すようにそっぽを向く。


「まあというわけで、今日は早く帰って来てくださいな。桃太郎の誕生日ですから、お婆さんが美味しいご飯を作って待っていますから」


「うん、わかったよ」


「午後は寝ないで聞いてくださいね」


「……あはは、努力するよ……」


 桃太郎は痛いところを突かれ、ぎこちない笑みを浮かべる。


「じゃあ私はお先に帰らせていただきますね・明日の準備もありますから」


「おむすび、ありがとう。またあとで」


「ええ、それでは」


 キジは気品のある翼を大きく羽ばたかせ、空高く消えていった。





 桃太郎たちも、午後の勉強と剣の鍛錬をし、日が暮れる前に家に帰るのであった。






 





お読みくださりありがとうございました。

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