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海を渡るのか…。

作者: とろろ昆布2

人類は深刻な先世紀のエネルギー危機を乗り越えたのち、その版図を宇宙区間に求め、絶望的なまでに広大な空間に乗り出して行こうとした…。しかし、人類にとって虚空は過酷で、生物学的に定められた活動期間内では星々の間に横たわる時空は無限とも言えるほどの凶悪さを秘めていた…。隣接する惑星に降り立つという単純な作業にすら、数世代先の子孫でないと目的を到達し得ないという種の限界に人類は直面していた。

残念ながら、ヒトの寿命は短すぎるのだ。

しかし、人類は自らの生命活動の限界を冷凍睡眠という荒技で克服しようとしていた…。


人類の細胞は外環境との境界は細胞膜という糖タンパク質の脆弱なものによりなされているが。糖タンパクは生体内で合成することは容易いが、長期間細胞を凍結させるという手法に耐えるだけの剛性には乏しく、更に細胞質が低温状態にさらされた時に凍結した液体成分がその体積を物理法則に従い拡張すると、内部から生じる応力に、結晶化する水分に簡単に破壊されてしまうのである。それでは目的地につき個体を解凍した時に、生命の基本単位が機能を回復するはずもなく、恒星間移動など不可能になってしまう。

そこで海産物の冷凍保存法に革新的な進歩をもたらしたNASと言う方法がその可能性を示唆した。この方法は、酸素と水素が120度という内角を持って結合する水分子は固体化する際0.5から➖2度の温度域で、凍結格子を自由に配列すると分子間結合力により結晶化し、凍結時に巨大化して細胞膜を損傷すると言う特性に注目した。凍結時水分子に強力な磁場をかけ磁力線の方向に分子を並べ、静電気力で再配列することを阻止しつつ温度の本態でもある分子間振動を抑え込み、結晶生成温度域を素早く突破して凍結温度以下に細胞個を誘導し、細胞質内で生成される氷質を可能な限り小さなものとして体積膨張圧を低減化、細胞膜の損傷を最小限にするものなのである。食料品の品質保護程度のものであるのならば、磁力線制御もたやすくここの細胞中の水分子の配置など考慮する必要はないが、肝臓をはじめとする実質臓器や大脳のネットワークを保護するためには単一の方向での磁力線制御ではその機能を解凍後維持出来ないのであった。

そこで人工冷凍技術を現実化しようとした技術者たちは、数十テラガウスの強磁界を発生させる高温超伝導コイルを熱核融合発電炉のように球状に、専用の核分裂炉から供給される十二分な電力を使い、強制的にコイルにクインチさせ、ランダムに強力な磁場転移を凍結する個体に浴びせながら、細胞内の氷晶生成を最小限に抑え込もうとしたのであった。実際は磁界は螺旋形状に変化させることが細胞の変性が最小になるため、高温プラズマのヘリカル管理が多くのブレイクスルーの源になった。巨費を投じながらも頓挫した地上の太陽も、思わぬ形で人類に貢献できフュージョンヴィレッジの研究者も自身の存在意義を確認できたと言えたであろう。

高温超伝導、多層セラミックス加工、高速磁界反転機構、様々な技術の集合体とも言える人工冬眠装置であるが、解凍時は至ってシンプルな手技を用いる。

それは、解凍したい目標物を解凍完了時間の6時間ほど前に冷凍槽から取り出して、ぬるま湯程度の生理的食塩水に付け置いておけば良いのだ。

あとは勝手に細胞が自己修復してくれるのだ。

謂わば冷凍刺身の解凍よりも勝手がいいのである。

ピチピチのNAS冷凍、これで長期間の恒星間航行が可能になったのであった。


しかし、動物実験ではいくら成功したと言っても人体に直ぐに人体に応用できるはずもなく、実証実験には余程の好事家か不治の病に侵されてしまった人間か、どのみち人生に生きれる希望をなくしてしまった人間ぐらいしか参加希望者が集まらなかった。

また彼らの中には自殺希望者も多々含まれていて、治験集まった老若男女の被験者たちは、研究者の説明など上の空で自分の絶望の深さに浸っていた。

「みなさんよろしいですか〜。これから大切なお願いを致します〜。」

白衣に身を包んだ男が、意気消沈している集団に声をかけた。

「聞き逃さないようにお願いいたしま〜す。」

男は今回の実験が実証実験の最後であり、最大の難関であることを強調していた。また、幾つかの危険性を孕んでおり実験後の今まで通りの生活の保障は難しい場合があると言葉を選びながら続けた。彼の聴衆は誰一人として彼の言葉など聞いてはいなかったが、ゼンマイ仕掛けの自動人形のようにただ頷いていた。

「では始めましょう。」

白衣の男は被検者たちの群れを、次室の消毒室に牧羊犬のような具合ではいるように促した。淀んだ瞳をして彼らが白衣の男の言うがままに歩みを進めると、眩い殺菌灯が照りし出す空間が広がっていた。

「それではみなさん順番に冷凍操作を行わせていただきます。」

白衣の男は手際良く人々を実験装置へと誘う、強い磁場が生み出すのか不規則な振動が人々に降りかかる。彼らは非日常の入り口でも希望の光を心に取り戻すことなく、苦痛なく昇天して行くことを只々望んで歩みを進めた…。

彼らの絶望は深く、煉炭よりも苦痛の少ないこの方法を選んだ以外何物でもなかった。

衣服を剥がされ頭のてっぺんから足先まで消毒された彼らは専用の薄いブルーの貫頭衣を着させられ、無言で使用毒室から空気までも重々しく震える次室に向かう。

「では皆さん、良い旅を!」

何冗談なのか誰一人反応しなかったが、白衣の男の一人がおおきな声で叫んだ。彼はチェックシートを持つ手を掲げ、まるで航海に出る船を見送るように左右に大きく振り始めた。

「ボンボヤージ!」

再び彼は叫んだが、全自動装置に乗せられた人の群れは何の反応も見せずに冷たく、一切の妥協を許さない虚無の世界に呑み込まれて行った。


「ボンボヤージって、相当な皮肉だな。」

全ての被験者を装置の中に向かい入れ、手持ちぶたさ加減でチェックシートをウチワ代わりにしている男に同僚の白衣の男が声をかけた。

「ああ君か、聞いていたんだね。」

頷く同僚にチェックシートの男は続ける。

「ある意味彼らは恵まれているよ。」

「?不死の存在になったって意味でか。」

同僚が訝しげに聞くと、男は…。

「いや、彼らは今の世の中に絶望しているけれど、彼らが目覚める遥か未来は今よりもずっと…。」

ここまで男が言いかけると、相手の男が彼の言葉を遮るように言い放った。

「彼らはいつの時代でも負け犬さ!遥か未来に目覚めたって何も変わらない‼︎今が、現在が一番大切なはずだ‼︎そんな簡単な事さえ、あいつらは理解出来ないんだ‼︎」

いつも温厚な同僚の強い言葉に一瞬戸惑ったが、男はふと肩から力を抜くと感傷的な気持ちを切り替え、答えた。

「確かに現状から逃げ出した奴らに何が出来るわけでもない。しかも奴らが目覚める時がいつになるかなんて今誰にもわからないしね。」

「あゝそうだ。僕らには僕らの仕事がここにある。さあ次の落伍者どもが押し寄せる時間が来ている。準備を始めよう。」


2xxx年、人口爆発を制御出来ない行政庁は、人類を地球以外の生存可能な惑星に移住する計画をたてた。しかし、恒星間移住にかかる予算を捻出出来ず計画を断念せざるを得なかった。そこで行政庁は、生産性のないパラサイトシチズンを選別し人工冬眠処置を施した後、大深度地下に設置した人体保管庫に入庫させ長期保存することを決定した。

ついに、人類は母星に生息出来る個体数を、自らの意思で調整を始めたのであった。


おわり








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