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ルールーからの話


何が楽しくて、こんな時間にコイツと二人同じ部屋でコーヒーを啜らねばならないんだ。

色々と考えを巡らせ違う答えを導き出そうとしてみるものの、結局はその結論へ到達した。

木製のボロい机に向き合って、時折ぎしぎしと鳴る椅子に腰掛け、早一時間弱。

卓にはブラックコーヒーが注いであるステンレスマグカップ、向かいのは随分前に空っぽになっている。

互いの手にはトランプ。本場カジノ仕様のれっきとした代物だ。滑りが良く切りやすい。

肩幅のある大きながたいをぐっと縮こめて、手札を必死に睨みつけている相手の姿は

何とも滑稽で、自然と嘲笑が口端に浮かんでしまう。それに気付いた彼は目に殺意を乗せてくる。

どうせ結果は見えているのだから、今更足掻こうとしたって転ぶ先は同じ。ならば潔く頭を垂れるのが利口と言うものだ。

催促するつもりはなかったが、何気なく見やった目線に煽りを感じたようで、相手は大袈裟に咳払いをした。

彼なりの作戦だったんだろう、どうくる、とでも言うような、まるで対等に戦っているかの表情で、カードを出す。

どこまでも幸せな野郎だ。その健闘を称えて、本日何度目か、実に味気ないとどめを刺してやるとしよう。

「ほい、あがりだ」

「は?」

恫喝としか聞こえない声をあげ、敗者は身を乗り出して切られたカードの山を見る。

理解が追いつかず硬直するティーを目前に、残りのコーヒーをさっと飲み干した。

苦い祝杯。これで三戦三圧勝、である。

舐め上げるようにじろりとこちらを一瞥し、余った手札を握り締めながら彼は唸った。

「てめぇ、また汚ねぇ手使っただろ」

「また、ってのはやめてくれよ。いつも俺がイカサマしてるみたいに聞こえんだろうが」

視線を振り払うようにひらひらと手を振り、卓の端に置いた箱から煙草を一本取り出す。

ライターで火を点し、ゆっくりと一息吸った。濃い香りを楽しみながら、反論を続ける。

「つうか汚ねぇ手使ってんのはテメェの方だろ。ジョーカーに折り目つけてんの知らねぇとでも思ったか」

一瞬、ティーが硬直したように見えたが、振り切るが如く恐喝で反応した。

「だから今日は新しいやつ開けてんだよ!」

ばん!と強く叩かれた卓の衝撃で、灰皿が跳ねる。もちろん、トランプが新品だというのも既知の事実である。

片眉を上げて冷ややかにそれに答え、もう一杯淹れるため煙草をくわえたまま席を立つ。

お前も飲むか?と聞けば唸りながら首肯が返ってきたので、彼のマグカップも手に取った。

「テメェはなぁ、そろそろ"自分が弱い"っていう事実を認めるべきだと思うぜ」

「事実にするんじゃねぇ。可能性の段階だ」

「んじゃその可能性を受け入れるこったな」

「出来るか!」

背後の彼はぎん、と声を荒げた。全く、よく怒鳴る奴である。

支給物の粉末パックを二つ取り出し、さっとマグカップに開ける。ポットからお湯を注ぎ、適当にかき混ぜる。

決して美味いモノじゃないが、眠気覚まし程度にはなる。休憩時のいいお供だ。

甘党のエニが買ってきたガムシロップとコーヒーフレッシュを二つずつ取り、椅子に戻る。

その間にティーは卓上の散らばったトランプをかき集めて、次の準備を始めていた。

「納得いかん。もう一戦だ」

「まぁだやるかい」

呆れ混じりの声が思わず出た。そろそろ新聞でも読んで一人の時間を過ごそうと考えていたのに。

コイツのこういう負けず嫌いなところが至極面倒くさいのである。

一心不乱にカードを切りながら、呪文のように彼は意気込みを口にする。

「うるせぇ次こそ勝つ」

「何度目だ、その負け犬の遠吠え。さすがに聞き飽きたぞ」

今宵の狼さんはよく吠えますなぁ、と笑い飛ばしながら煙を吐いた。

そのにやけた面ごと狐皮引っぺがしてやる、と抑えた咆哮が返ってくる。

文字通り喉笛を噛み切られる前に、頃合を見て引かなければなるまい。


ちらりと時計を確認する。もう間もなく日付が変わろうとしていた。

「それにしてもミュウの奴、遅ぇな」

配り終えられた手札を整理しながらふと呟いた。

ティーはカードから目を離さずにその呟きに反応した。

「どこ行ったんだ」

「あれ、知らねぇの」

相手に煙がかからないように、少し上を向いて息を吐く。

彼も知り合った当初は吸っていたと記憶している。何故今は禁煙しているのか理由は聞いたことがない。

「医務室だぜ」

「医務室?」

本当に知らなかったようで、少し驚いたふうに間髪入れず聞き返される。

手札に夢中で聞いた言葉をただオウム返ししているだけにも聞こえる。

「例の定期健診だ。O.Z.に呼び出しくらってな」

「例の…?ん、あぁ」

ようやく理解したらしく、納得の声色に戻る。

俺自身も詳細は知らないが、ティーはもっと知らないだろう。

同じ喫煙者という共通点ゆえに、あの軍医とは時折会う事があるので自分は直接話ができるけれど、

ティーは滅多にお世話にならないし、何よりミュウが自分からその事に関して口にすることがまずないからだ。

久々の検診ということもあって、長くかかっているのだろうか。

「ま、大事なきゃいいけどな…」

独り言にも似た心配の言葉を、煙草を吸うのと合わせて飲み込んだ。

当事者でない限り、あまりやいやい言うのは良くない。

マグカップに手を伸ばしたティーは、それでも話題を続ける。

「明後日にはまた遠征だろ。どこか体調でも優れないのか」

「さぁ、ね。定期健診、だから別に具合悪いワケじゃねぇと思うけど」

自分の予測で答えつつ、扇状に開いた手札をまとめて卓上でとんとんと揃える。

灰皿へ煙草をおいて一つ伸びをした。つられて出た大あくびも思いっきりやりきる。

それに、と付け足しながらすっと思い浮かべるは、彼の曇り無い二つの眼光。

「例えウン十度の高熱出してようが、必ず任務に参加するさ。アイツの場合」

ミュウは、戦場を誰よりも憎んでいる。憎んでいるはずである。

戦争に家族を奪われ、故郷を奪われ、仲間を奪われた過去を持つ彼が、

戦争に一番近いところで生きているのは、その身にある葛藤を、怒りを、昇華する為だ。

彼は、戦争をなくす為に、戦場へ率先して赴いている。

目の前に座る彼より、自分の方が知り合ってからは浅いとは言え、

ミュウの小柄な身体の背後に引き摺られた、赤黒く染まった道は嫌でも見える。


しばらく黙っていたが、手札から一枚場に出してこちらを見ると、

ティーは至極真面目な顔で、はっきり喋った。

「俺は病院が嫌いだ」

「…、知ってるよ。何だその台詞。ガキか」

唐突に繰り出された謎の独白にキツいツッコミを投げる。

至って健康体で、風邪なんて気力で吹き飛ばし怪我したら唾つけておけば良いと

いうようなタイプの彼は、そういう人種に良くある"病院嫌い"でもあった。

「でも、事態が急を要すれば、俺は自ら病院へ駆け込む」

次いで出た意外な発言に、カードを選ぶ手が思わず止まる。

厳格な狼は、眼鏡を押し上げながら意見を述べる。

「俺自身が戦闘不能に陥るまで負傷した場合に限るがな」

普段は、とにかく頑固で揺るがない彼に、そのような譲歩の精神があるとは知らなかった。

ふっと煙草を吹かし、無言でその意見の続きを待つ。

「貴重な戦力に穴を空けることはできるだけ避けたいからだ。

 俺一人が居ないことで任務の成功率が下がるかもしれない。隊の誰かが命を落とすかもしれない。

 たかが一人、されど一人だ。戦力は大いに越したことはない」

彼が喋っている間も互いの手札はさばかれていく。

こちらも見ず淡々と話を続けるティーに、何も答えず相槌も入れない。

「だから、必要になったら、俺はとことん世話になる。

 一刻も早く、現場に復帰するために最大の努力をする。嫌いなんて言ってられん」

「本当かぁ?」

強く宣言した彼に、茶化した声をかけるが、返ってきたのは

イラつきに任せた反抗ではなく、実に落ち着いた冷静な正論だった。

「兵士たるもの、戦場に身を置いてこそ生き甲斐を感じるべきだろ。

 病院に世話になるのが目的じゃねぇ。勝ち負けに拘るのも違う。

 生きている限り戦い続けるのが使命だ。生きて戻るのが一番の功績だ。俺はそう思ってる」

何とも純粋で綺麗な教科書通りの考え方。だがしかし、これが、彼だ。

コイツもコイツで、ティーなりの"戦場"に対する向き合い方がある。

形は違えど、その姿勢には、ミュウに通ずるものがあった。

「てめぇは違うのか、ルールー?」

急に向けられた矛先を避けることはできず、一つ攻撃となって真っ直ぐに刺さり落ちた。

見られている気配は感じるが、目を合わせることができなかった。

向かいから発せられているのは、目前の勝負へのがっついた気迫ではなく、

いつの間にか下士官に対し説教する上官の空気になっていた。

手札に隠れて見えない彼の口元は、僅かに笑っているのではないか。

「…俺?」

当たり前だ、と即座に返せなかった自分がいた。

自分も同じ兵士であり、隊員である。過ごしてきた過去は違うが、同僚には変わりない。

それでも、俺は彼らと"同じ"だと言えるだろうか。肩を並べて歩めているのだろうか。

共に駆けているのは事実だけれど、その場に生きているだろうか。

「どう、だろうな」

結局口を出たのは、明らかな"逃げ"の言葉だった。

威圧を跳ね除けようとするかのように、一枚山場に捨てる。

するりと自分の手札から視線を彼に向ける。眼鏡の奥で、狼の瞳と交わった。

不敵な目つきが、カッと覚醒して見開かれる。

ティーは高々と腕を突き上げ、雄叫びを挙げた。

「っしゃあ!俺の勝ちだ!!」

「…げ」

卓上の山にトランプが思いっきり叩きつけられる。

気付いて見れば、彼の手札は無くなっていた。

ルールは、先に手札を全て出し切った方の勝ち。

無敗の狐、ここで初敗北である。

「それ見ろ!勝利を信じ続けた証だ!可能性を覆した瞬間だ!」

「…っちゃー。ちょっと気ィ抜きすぎたかな」

頭を掻きながら残った手札を卓上へ放り投げた。

今にも小躍りしそうな相手の喜びように、思わず噴き出してしまいそうになる。

隠した弱音を見透かされたんじゃないかと柄にもなく身構えたが、この様子からして無駄な心配だったようだ。

そんな中、がちゃり、とドアの開く音がして、待ち人の帰還を告げる。

「あれ、二人まだ居たの」

「おぉ、ミュウ!見ろ、どうだ!俺は勝ったぞ!ルールーに勝ったんだ!」

「うん。おめでとう」

「おかえり、ミュウ」

「ただいま」

前髪の長い、小柄な小隊長は、それぞれに挨拶を返した。

二人の座っている机に近づいてちらりと覗き、状況を理解した表情になる。

珍しいね、と言われたので接待だ接待、と答えるに留めておいた。

短くなった煙草を灰皿で揉み消して、やたらと鳴る椅子から立ち上がった。

「大分時間かかったな。平気か?」

「問題ない」

「ん」

ちょうど良い位置にあったミュウの頭にぽん、と触れる。

それと同時に彼の顔は少しむっとする。ミュウは他人に子ども扱いされるのを何より嫌う。

もちろんそんなつもりでやった行為ではないが、その顔がやけに可愛かったので

笑いながらもう一回ぽんぽんと叩いた。


俺なんて、どこまでも卑怯で弱々しい、狡賢い狐だ。

この小隊の誰よりも、己を可愛がることで必死な、自分を愛でることで精一杯な弱小者だ。

いずれ俺は、豹に弄ばれ、狼に組み伏せられ、鷲に煽られて、

遥か後方で攻め入る仲間の勇姿を、目を細めて見ているだけの存在になる。

狙撃は、静かに狙い、静かに奪い、静かに消えるのが役目だ。

表舞台に出るなんて、以ての外。それは、彼らの仕事。それで良い。


「じゃ俺、先寝るわ」

おやすみ、と振り返らずに手をひらひら振って、部屋を後にした。

面倒なことは考えない。俺が戦場でやるべきことは、ただ一つ。

スコープの先にある命を、ひたすらに殺し続けるだけである。



…つづく



2013/12/21


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