蜘蛛の巣
梅桃さくらの闇の世界に、ようこそ。
ショートホラーの連作、第10回となります。
おめでとう、私。
私はトンボ。
蜘蛛の巣にかかったトンボ。
メガネをかけているところもそっくり。
無様な格好で足掻いているところもそっくり。
私はトンボ。
蜘蛛の巣にかかった、ただのエサ。
毎日毎日執拗に続くイジメ。
「何とか言いなさいよ、本当にくっらいんだから!」
ショウコの声が響く。
「明るくしてあげようか、白い絵の具で。きゃははははは。」
マオの笑い声。
誰も助けてくれない。
近寄ったら、次に蜘蛛の餌食になることが分かっているから。
誰も助けてくれない。
私はただただ毎日ずっと、
蜘蛛の餌になっているだけ。
目の前にクモの巣がみえる。
こちらは本当に節足動物のクモ。
今まさに、小さなチョウチョがクモの巣で暴れていた。
私みたいに。
可哀想なチョウチョ。
こんなに綺麗でも、やっぱり誰も助けてくれないのね。
足掻くチョウチョの横をひらひら横切る、もう一匹のチョウチョ。
でも。
でも。
人間の私なら、クモなんて怖くない。
いいよ、助けてあげる。
私が助けてあげる。
いつか誰か、
イツカダレカ
私も助けて
ゼッタイタスケテ
「助けて!!!!」
「誰か!助けて!!!」
ショウコとマオの声がする。
修学旅行で泊まったホテルが火事になり、
パニックを起こしたショウコとマオが
窓から下の階に逃げようと避難梯子で移動中、
きちんと取り付けられていなかった梯子の支えの片方が
ストッパーから外れ、二人は宙ぶらりんになってしまったようだ。
「助けて!誰か!」
しかしフロアには私しか残っていない。
手を伸ばそうとした瞬間
「早く誰かよんでこいよ、ぐず!」
「役立たず、何してんの?早く梯子を固定してよ!」
と醜く怒鳴る二人の顔が見えた。
そっか。
私、これで助かるんだ。
思わず笑みがこぼれた。
私が笑ったのがみえたのか
二人の口調ががらりと変わった。
「ごめん!いままでごめん!
もう意地悪しないから!
だから助けて!」
「私達と三人で逃げよう。
早くしないとあなたも危ないのよ!」
これがクモの誘惑ね。
だまされないわ。
このチャンスを逃したら
私はまた、蜘蛛の餌食になるんだもの。
私はかろうじて引っかかっていた避難梯子のストッパーを力任せに引き抜いた。
「いやぁぁぁぁ」
二人が落ちていく。
助かった。
蜘蛛の巣から、私は逃げられたのだ。
もうエサにされることはない。
蜘蛛は消えたのだ。
目の前を、赤いチョウチョがひらひら舞う。
私が助けてあげたチョウチョ?
「業火の中、パチパチ散る火花を笑いながら見まわしていた、一人の生徒が火に包まれた、
と救助に入った消防隊員からの連絡が消防車に届きました。
炎と煙でパニックを起こしていたと思われます。
これでこの火事の死亡者は、落下した生徒を含めると三人となりました。」
と、レポーターは悲痛な顔で締める。
スタジオに切り替わった画面で、綺麗な女子アナウンサーが次のニュースを読んだ。
「さて、次の話題は、秋の野原に今年も沢山の赤とんぼが・・・」
画面に映る、沢山の赤トンボの群れ。
赤く赤く、野原を彩っている。
私はトンボ。
真っ赤なトンボ。
メガネをしているところも一緒。
いま、自由に飛び回っているのも、一緒。
今回で引っ越しが終わるので、次作からは書き下ろしです。
書き下ろし!