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一話

 日が暮れようとしている。ファリアは薄暗い森の中の道を早く抜けようと、歩く足を速めた。

「……うん。わかってる」

 正面を見ながら、ファリアは呟く。ここには彼女以外、人の姿はない。それは傍から見れば、ただの独り言のように見えるが、本人にとってはそうではなかった。

 地面すれすれまである長いマントをひるがえしながら、左へ緩く曲がった道を進んでいた時だった。

「あれえ? 女だ。しかも一人だぜ」

「本当だ。こんな時間にどこ行くんだ?」

 道の脇から小汚い男二人が現れた。痩せてくぼんだ目が、ファリアをぎょろぎょろと眺め回してくる。その姿に、ファリアの足は止まり、固まった。

「大丈夫、大丈夫。怖がらなくていいから。俺らの言うことをちょっと聞いてほしいだけだから」

「そうそう。逃げ出したりしなきゃ、ひどいことはしないよ。マジで」

 言いながら男二人は、にやにやと不気味な笑みを浮かべながら、ファリアににじり寄ってくる。そんな男達に怯えた表情を見せるファリアは、少しずつ後ずさりを始める。

「楽しくおしゃべりでもしようぜ。なあ?」

「ああ。どうせ一人なんだろ? 何なら俺らの家に招待してやってもいいけど?」

 男達の目的は、ファリアはもちろんわかっている。二対一の状況では、少々金を渡したところで見逃してくれるとも思えない。逃げても、相手が男では追い付かれる可能性も高い。ファリアの中の選択肢は、一つしかなかった。

「殺さないで……」

 ファリアが呟く。すると、これが自分達に言った言葉だと勘違いした二人は、さらに気味の悪い笑みを見せた。

「そんなわけないだろ。俺らがそんなことするやつに見えるか?」

「女には優しくするのが常識だ。殺すなんて――」

 男が話している途中でファリアは踵を返すと、猛然と駆け出した。突然のことだったが、男達は驚くこともなく、その後を追い始める。

「この、あま!」

「逃げられるわけねえだろ!」

 二人の男はファリアとの距離を詰めてくる。やはり逃げ切ることはできない――ファリアは走りながら両目を力強く瞑った。

「無駄なことさせやがって……」

「逃げたらどうなるか、わかってんだろうな」

 男の伸ばした手が、ファリアの肩に届きそうな瞬間、背中を向けて走っていたファリアは再び踵を返すと、その振り向きざまにマントの下から何かを引き抜き、男達に振った。

「なっ……」

 急停止した男は、自分の右手に走った痛みに顔を歪ませる。見ると、手首に一筋の赤い傷ができていた。

「女が、剣だと……?」

 二人の男はファリアが握る剣に目を見開く。両手で構えられた剣は、女性が扱うにはいかにも長く重そうで、ファリアの小柄な体には似つかわしくないものだった。こんな立派な剣を女性が振るうことなど、聞いたこともなければ見たこともなく、男達はしばし唖然としていたが、すぐにまた笑みを見せ始めた。

「誰のお下がりか知らないが、そんなもの、女に扱えるわけ――」

「どうなるか、証明しようか?」

 ファリアは二人を見据えながら口の端を上げた。そこには先ほどまでの怯えた表情はなく、自信に満ちた余裕を見せていた。明らかに様子の変わったファリアに、二人の男も警戒を余儀なくされる。

「ふ……ふん、女が男に力で勝てると思ってんのか?」

「力で勝負しなければいいだけだ」

 言った男は眉間にしわを寄せ、感情を抑えるように奥歯を噛む。すると、もう一人の男が懐から小型のナイフを取り出した。

「もうやっちまおうぜ。面倒だ」

「……そうだな。その綺麗な顔に傷は付けたくなかったが……」

 同じようにナイフを取り出し、二人の男はファリアに向けた。

「一人で後悔するんだな!」

 男が突っ込んできた。ナイフはファリアの腹を狙う。だが、ファリアはそれを難なくかわすと、近付いた男の顔に肘鉄を食らわせる。

「ふごお……」

 妙なうめき声を上げて、男はその場にしゃがみ込む。

「おらあ!」

 二人目が襲いかかる。ファリアの背中にナイフを突き刺そうと腕を振り上げた。胸元が空いたところに、ファリアは素早く剣を振る。

「ひっ……」

 刃は男の喉を切るかと思われたが、剣はその直前で止められた。あまりの恐怖に男の動きが固まる。その隙にファリアは振り上げられた男の腕をつかむと、関節とは逆にひねり、ナイフを落とさせる。そして腹に蹴りを入れ、男を蹴飛ばす。

「くそお……」

 肘鉄を食らった男が、鼻血を流しながら立ち上がろうとする。ファリアはすかさずその男の頭を剣の柄で殴った。鈍い音がして、男は地面に倒れ込んだ。

「……まだやる?」

 ファリアは蹴飛ばした男に聞いた。うずくまっていた男は、ファリアと目が合うと、腹を押さえながら焦った様子で立ち上がる。

「い、いえ、もう結構です……」

 後ずさりを始めたかと思うと、男はものすごい速さで森の中へ消えていった。

「相棒を置いてけぼりとは……ま、関係ないからいいか」

 ファリアは気を失っている男をいちべつし、剣を鞘に納めると、また薄暗い道を歩き始めた。

「うーん……やっぱりまだ慣れないな。どうにかしないと……」

 自分の腕を見つめながらそう呟くと、ファリアはまた両目を強く瞑る。そして、ゆっくり瞼を開けると、後方に見える倒れた男が動かないことを確認する。

「……怖かった」

 剣を振るっていた時とは違う、怯えの混じった声で、安堵したように言った。

「……うん。急ぐわ」

 ファリアは小さくうなずくと、歩みを早め、先を急いだ。

 彼女が剣をたずさえ、誰と話し、どこへ向かおうとしているのか。それを知るには一ヶ月前の出来事にさかのぼらなければならない――

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