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結晶の結界  作者: 茅原
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深淵へ。part2

夜――ではない。辺りを包むのは夜の暗さではなく、真の闇だ。


 だが、やがて、幕が開くようにぼんやりと目の前に白い光が見え始めた。すると、それとともにどこからか声らしきものが遠く聞こえてきた。琴音の母の声だ。


「どうなってるのよ! 打撲だけだって言うじゃない! ほとんど煙も吸ってないから脳にも何の影響もないって……! ど、どうするのよ、これじゃあ……!」

「俺に訊かれても知らん!」


 女性と同じように、男性も激しい口調で言い返す。微かに見える周囲の景色からして、どうやらここは病室らしかった。


「思った以上に消防が早く来やがったんだ……! クソッ! はぁ……だが、そうだな。俺の失敗だ。俺がこいつを。頭を下にしたまま寝かせて言ったのが悪かったんだ……」


「で、そ、それで、どうするのよ、わたしたち……? もしこの子の目が覚めて、わたしたちが何をしたか喋ったら……。というか、もうきっと雪彦さんには――」


「ああ……。だが、今はどうしようもない。今日はとりあえず家に帰ってゆっくり考えよう……。ちくしょう。せめて背骨が折れて歩けなくなってるとか、目を火傷して失明でもしてくれればよかったのに……!」


 ――何を言ってるんだ、コイツらは……?


 蓮が呆然としていると、目の前の光が微かに滲むようにしながらゆっくりと細く消えていき、男女の声も遠くなっていった。再び、景色が動いた。




 蓮は、夜の病室の片隅に立っていた。


 部屋に明かりは点いておらず、白いカーテンから透ける微かな青白い月明かりだけが部屋の中を薄く満たしている。


「っ……」


 その、置かれている物は少し違うが見慣れた広い病室の中、ベッドに横になっていた小さな人影が、小さくうめき声をもらしながら体を起こした。


 ゆっくりと身を起こすと、小さな琴音はしばらくベッド脇の窓のほうをじっと見つめた。そして、その窓側からそっとベッドを降り、ほんの少し、カーテンを開いた。


 満月なのだろうか。やや眩しいほど明るい青白い光を、頭に包帯を巻いた小さな琴音は無色の瞳で数秒ただぼんやりと見上げた。が、やがて、痛むらしい手をかばいながらベッドの上へ戻り、窓のほうを向き、足をぶらつかせながらそこに腰かけた。


 またもしばしただ何もせず月明かりを見上げてから、小さな琴音はまるで花が枯れていくようにその首を垂れて俯いた。小さく肩を震わせて、涙を流し始めた。噛み殺した声を小さくもらしながら、その小さな背を硬く丸めた。


「琴音……」


 蓮は思わず琴音へと歩み寄ろうとした。だが、すぐに透明なガラスのような壁にぶつかった。


 ――近寄れないのか……!


 焦りすら湧かない絶望の思いが蓮を支配する。何もできない。小さな肩を震わせる琴音をただ見守ることしかできないでいると、琴音が、ふっとそのか細い泣き声を止めた。そして、


「……………」


 じっと、両の手の平を見つめた。


 と思うと、その指先をゆっくりと自らの顔へと向け、大きく開いた目でその指先を見つめた。


「……お……おい……。何をしているんだ……?」


 見えない壁に両手をつきながら、蓮は琴音に問う。だが、やはりその言葉は届かない。琴音は再び肩を震わせて涙を流し始め、しかし、まるで何かを刺そうとするように固めた指先を瞬きもせず見つめ続けた。


「おい……! や、やめろ……やめろっ! やめろ、琴音!」


 力の限りに壁を殴って蓮は叫ぶ。


 琴音はまるで息切れしているような、浅く荒い息遣いを静かな病室に響かせ始める。そして、


「っ!」


 自らの指を、その両目へと突き刺した。そしてその体は、糸が切れたようにベッドへ崩れる。


「…………」


 見えない壁に寄りかかるように立って、蓮はただ立ち尽くす。


 今のごく小さな悲鳴を聞きつけたのか、唐突にドアが開いて、ナースが訝しげに部屋を覗き込んだ。そして数歩、病室へ入ると、息を呑み、すぐさま病室を駆け出していった。


 気絶したのだろうか。こちらへ顔を向けながらベッドに倒れて動かなくなった琴音の両目からは、一筋の血が流れていた。


 月明かりに淡く照らされたその琴音は、まるで血の涙を流しているようだった。


目の前が闇に包まれた。

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