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結晶の結界  作者: 茅原
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夢の中の、その中へ。再び。

 以前どこかで見たような気もする広大な緑の草原で、蓮は白い丸テーブルを挟んで琴音ととともに椅子に腰を下ろしている。


「ここは……」


 白く丸い雲のゆったりと泳ぐ柔らかな青空や、ところどころにその雲の小さい影を落としつつ若々しい緑を輝かせる周囲一面を蓮は見回す。


「ええ。以前わたしが行った、あなたの夢の中の風景――のような所ね」


 地平の彼方へと視線を遠く飛ばしながら琴音は言って、そよ風に揺れる長い黒髪を押さえてこちらを向くと、


「のう、蓮よ」


 その真っ赤な着物を上手く着流す姫君然と蓮を見据えた。


「先程も申したが、姫は少し緊張しておる。また今度もあの時のように――あの時みたいに、何も解らなくなっちゃったら、どうすればいいのかな? あの場所へ行くこと自体よりも、またどうすることもできずにああなってしまうことのほうが、わたしは怖いわ」

「……ああ、そうだな」


 それも当然だ。と、蓮は重く頷く。


「でも、大丈夫だ。あれから色々と訓練もしたし、そのおかげか今お前はこうして自分の夢の風景をある程度あやつれるようにさえなっている。あの時より、格段にお前は強くなっている。だから大丈夫だ。心配するな」


「……ありがとう。――いいえ、ごめんなさい。わたしは、『大丈夫』っていう、あなたのその言葉が聞きたかっただけ……その言葉を聞いて安心したかっただけね……」


「構わない。俺はそのためにここにいるんだ。俺がいれば、お前に危険が及ぶことは絶対にあり得ない。だからお前は安心して、ただ落ち着いて前を向いていればいい」


「そう……。ふふっ、そうね。この世界で最強のあなたが傍にいるんだもの、何も心配はないわよね」


 琴音はそう言うと、着物から伸びるその白い手をそっとテーブルに置きながら腰を上げた。


「じゃあ、行きましょうか」

「ああ」


 と蓮も立ち上がると、琴音は微笑み、小さく頷き返してきた。しかし、その笑みはまるで造花のように硬かった。


 琴音をここまで導いてきた者の使命として、自分には琴音をあらゆる危険から守る義務がある。テーブルの横、やや離れた所に、空中に少し浮いて立っていた白い木製扉を琴音の後についてくぐりながら、蓮は硬く拳を握りしめた。絶対に、失敗は許されない。



 扉をくぐると目の前に見えたのは、灰色の太い鉄格子だった。


 監房である。扉は、狭く暗い監房の一室へと通じていた。


「何、これ……? 前は確か、すぐに家の前に着いたのに……」


 琴音は、コンクリートに固められた薄暗い監房の中を見回しながら愕然と呟く。


蓮は壁へと歩み寄り、ひんやりと冷たいそれに手を触れながら、


「たぶん……あの時、結局は何もできなかったとは言え、お前のトラウマをやり直そうとしてその傍まで近づいたから、だろうな」

「どういうこと?」

「また俺たちが来るかもしれないと考えて、お前の中の記憶を守るシステムが守りを重厚に作り変えたってことだ」


「記憶を守るシステム……また、無意識っていうやつ?」

「ああ。だが、お前は喜んでいいんだ。言うなれば、これはお前の中にある異物への抗体が正常に機能している証拠だ」

「そうね。けれど、今はぜんぜん喜べないわ」


 琴音はそう言いながらも、早くも余計な緊張が解けてきたのか、不敵な、この状況を楽しんでいるようにも見える笑みを浮かべた。帯の前で尊大に腕を組み、


「おい、蓮よ。早う姫をここより出すのじゃ。こんな暗鬱な場所は、姫のような美しい者が長居をするにふさわしい場所ではないぞ」

「ああ。俺たちはここに閉じ込められに来たわけじゃない。出るぞ」


 蓮は背中のケースから短刀をその手に握り、それを逆手に持ち替えた。


「そんな鉄の棒、刀なんかで斬れるの?」

「この短刀は俺次第でどうにでもなるものだ。つまり、これに斬れないものはない」


 言って、蓮は躊躇いなく鉄格子へそれを振り下ろした。


 

 鉄格子を出ると、両脇に四つずつ監房が設けられていた拘置所の廊下を進み、その奥に一つだけあった重厚な青い鉄扉を開けた。


 卒然、周囲の景色が変わった。


 目の前に、夜の暗闇の中でぼんやりと橙色の照明を光らせるトンネルが現れた。


 どうやらここは郊外らしく、周囲には一つの建物もない。道路の右側、反対車線側に鬱蒼とした木々があるだけである。どうやらこの道路は高架になっているらしい。


遥か遠く、眼下に街の明かりが見下ろせた。そしてよく見ると、高架の下は全て水に浸かっている。まるで海底で生きる都市のように輝く街に思わず数秒、目を奪われてから蓮は顔を前へ向け直し、どこまでも続くように真っ直ぐに伸びる二車線トンネルの奥を見つめた。


「これに入って行かなきゃダメ、なのよね……」

「ああ、そうだろうな」


 不安げに尋ねてきた琴音に答えて、気づくといつの間にか自分たちの背後に控えていた一台の青いスポーツカーの運転席へと蓮は歩き、


「乗れ。行くぞ」

「え? わ――く、車?」


 どうやら意識的に車を用意したわけでわけではなかったらしく、琴音はすぐ背後にあった車を見て肩を縮める。それから慌てた様子で助手席へと小走りし、


「で、でも、あなた、運転なんてできる――あ、そうだったわね。ここ、夢だものね」


 やや胡乱に再確認するように言いながら助手席へ乗り込み、運転席の蓮にやや硬く微笑んだ。


「ああ。というか、どうせオートマなんてゴーカートと同じだ。それに、こういう時のためにゲームでちゃんと練習してるしな」


 蓮がキーを回してエンジンをかけながら言うと、琴音はどこか不満げに顔をしかめた。


「ゲーム? ゲームって……大丈夫なの、それ?」

「心配するな。お前は知らないかもしれないが、最近のゲームはよくできてるんだ」

「へ、へー、そうなの……」

「ああ。だけど、いちおうシートベルトは締めておけよ」


 言って、蓮は琴音がシートベルトを締めるのを待たずにアクセルを踏み込んで、夜の中で淡くオレンジ色を放つトンネルの中へと入っていった。

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