姉の思惑。
「琴音を脅迫したそうだな」
「――――」
開口一番、蓮がそう言うと、朝食を食べ進めていた椿の手が止まった。
が、目を泳がせることもなく平然と顔を上げ、
「なんのことでしょうか。琴音――とは、どなたでしょう」
「とぼけても無駄だ。あいつはもう感づいていた。ニオイで解ったらしい。香水で隠しても、俺と同じニオイがした、と言っていた」
「……そう、ですか。それよりも、蓮さん。またあの少女に会いに行かれたのですか」
「ああ、夢の中でな」
「なるほど……。夢の中で、それも解催眠暗示をかけられた後ならば簡単にあなたに打ち明けてしまうというわけですね……」
と、椿は悪びれる様子もなく独り言をぶつぶつと呟いてから、蓮の目を見据えた。
「はい。確かに私は黒瀬琴音を脅迫いたしました。あなたにはもう会うな。会えば殺す。と」
「どうしてそんなこと言ったんだよ。俺が夢の中に入るのをやめさせたいんなら、直接、俺に言えばいいだろ。っていうか、ナイフ突きつけて脅すなんてどうかしてるだろ」
「申し訳ありません。ですが、念のためにもやっておく必要があったのです。結局、こうして無意味なものとなってしまったようですが」
「どうしてなんだ? どうして、そんな馬鹿みたいなことをする必要があった。これまでは俺に注意するぐらいだったのに、今回に限って急にそこまでの行動に出た理由はなんだ。そんなことまでしなきゃならないほどの理由が何かあるのか?」
「……はい」
椿は小さく頷いた。意外にも素直に頷いたことに蓮が驚いていると、椿は続けた。
「ですが、今はまだ何も――ただ『黒瀬琴音とは関わるべきでない』と言うことしかできません。あなたに隠し事をする気など毫もございませんが、今はまだどうしても何も言うことができないのです。どうかご勘弁を」
「…………」
こうなれば椿はまるで岩のように黙して口を開かない。何を訊いても無駄だということが長年の経験から解っている。しかし、椿がやはりこの件に関してどういう形でか関わっていることは明らかになった。そしてそれを知るためには、やはり夢を使う外はないようだ。
そう思っていると、まるで飛んで火に入ってくるように椿が尋ねてきた。
「それで、蓮さん、今日もまたあの女に会いに行かれるのですか」
「ああ、もちろん会いに行く。――な、何しろ、俺はもうあいつと将来を約束した仲だからな」
「は……?」
と、椿は目を剥いてこちらを見つめる。
「しょ、将来を約束した……とは、つまり、もう結婚の契りを交わしたと……?」
「そういうことだ。も、もう言葉だけじゃない。それ以上のことでも、俺とあいつは強く結びついている。だから、姉さん。もしあいつに何か手出しでもしたら、俺は絶対に許さない。姉さんが何をしようと、俺と琴音の仲を引き裂くことはできない。だから諦めてくれ」
蓮はそうだめ押しすると、絶句している椿を残し、食べかけの朝食を置いて食卓を立った。




