第六話『月影園』
「はぁ…」
まさか、日向のあの『修学旅行行こう』の一言でこんなことになってしまうなんて…。あの時、止めておけばよかったのだろうか。
和はそう思いながらも、止めていても今と同じことになっていただろうことは分かっていた。
九月二日金曜日。新学期早々、柑月学園経営の月影園に修学旅行に行くはめになってしまってた。
夏休み明けにこれは随分キツいし、何よりも暑い。
いつもより静かな月影園を見渡すと、誰もいない。
「皆どこ行ったんだか…」
和としては、何をするか分からないので近くをまわって欲しいところだが、それは無理な話だろう。
月影園内ではクラスの子達の声とBGMや、それぞれのアトラクションの音が響いている。
この広い月影園に、たった三十七人しか客がいないのだから当たり前だ。
貸し切りをしたせいで本当は他のお客さんも乗れたはずあアトラクションは無人で動いている。それを見ていると和はすごく申し訳なくなって、何度も小さく謝った。
「さあどうし…」
「そこのひったくり犯、止まりなさあああいっ!!!」
「よ…っていきなり何!!!?」
「あれ?和…どうしたんですか?」
「春雨…それはこっち台詞だよ!」
勢いよくやって来て、急ブレーキで止まって構えていたのは新穂春雨。ちなみにこの人も“アレ”なのだ…。
「あ、和には分からないですか。僕ら零点一つ星警察しか見えない犯人を追いかけているんです!」
この子はいつからこうなったのだろう…。恐らく日向の中二病がうつった第一号であろう。本当にうつるかは知らないが。
あと、さっきの発言少しイラッときた。
「そういえばさっきうさぎの被り物を持ってるおじさんを見つけたんだけどあのおじさんはいったい…」
「それは見てはいけないやつじゃ…」
「それが現実ってやつだね~」
「水玉!!?神出鬼没だなおい!!!」
気配が全く無かった。ひょっこり出てきたので本当に怖かった。
「こんなときに出てきたってことは何か事件があっ…」
「いやそんなんじゃないけどね~」
「…そっか」
春雨が少し微笑んで言う。…あと今のなんか可愛かった。春雨ってたまに女の子っぽいところがある。
「まぁ似たようなのをやってるんだけどね♪」
……………え!!!?
「ここには僕ら零点一つ星警察にしか見えないひったくり犯がいるのですが…
それも大事ですけど、水玉がさっき言ったのって何ですか?気になります!!新たな事件の予感ですし!!!」
―――よくお分かりで。新たな大事件の予感ですよ。予感というかもうあんたらが月影園に来た時点で何か起こるのは確定だよね。
「よし!じゃあ皆こっち来てー!!」
「はいよー」
何で水玉が呼ぶだけで皆が集まってくるのは不思議だが、とにかくいろんな方向からぞろぞろとやって来た。
―――いったい何をするんだろう???
「よし、それでは行くよ~~、スペードマウンテンの裏側へ~~☆」
裏側と聞くだけではピンとこないが、和はもう苦笑いしているしか無かった。
「う、裏側、ですか?…………楽しそうですね!!」
「うんうん!面白そう!!」
「あ、あたしは乗りたくなんかないんだからねっ」
1人ちょっと違うことを言っているが、皆楽しそうという意見で一致しているようだ。
乗りかたは集まってきた順になったため、先頭は春雨と和、その後ろに水玉と日向となった。
*****
「それでは星空の旅を……」
一機に十二人まで乗れる、恐らくロケットをイメージした乗り物に乗り込んだ。
係員がマネキンの笑顔で見送る。
「おー、さすが貸しきり、早いなー…」
「水玉、結局裏側って…」
和は一度唾を飲み込んで水玉に尋ねる。
「もちろん壁(星空)をぶち壊して裏側を見るんだよ!!」
それが長いのか短いのか、意味を理解できたのはそれを聞いた三秒後だった。
「どや顔して言うことじゃないし!!!?しかも絶対にやったらダメなやつでしょ!!?」
「駄目なことないよー!!それに後で直しとけばいいでしょ?」
やはり、『いけないこと』という自覚は無かった。皆もそうだろう。私はこんな奴等を改心(?)させなくてはならないのか…
そんなことを考えているうちにし真っ暗な坂の登りきってしまった。
和はジェットコースター自体は怖くはなかったが、恐くて笑いそうなくらいだった。
ついに機体(?)が急降下しだした。
「…………………!!」
春雨は興味津々で、わくわくしていることがよく伝わってくる。
「わぁ……すごい……!!実は僕、ジェットコースター系は初め…うわぁああーーー!!!??こ、こんなに速いなんて…!!
こんな速さで事件なんて起こった日には僕はどうすれば…」
―――本当にその通りです。いや、事件なんて起こらないが。起こらないでほしい。
「ただいまより壁(星空)に穴をあける!皆、覚悟を~~~~」
「ストップッ!!!!」
普通ではありえない音が広い人工の宇宙に響いた。
「何この音!!?」
ついにやってし…
「すごい力でジェットコースターの向きを変えている…!!!!?」
「っていうか、脱線させてるじゃ」
そう言った瞬間に、日向が安全ベルトから抜けて
「わーーーーーーーーー」
と棒読みで叫びながら飛んでゆく。
「ひゅっ…一葉さん!!!!」
なんと、脱線させた衝撃でぶっ飛んでしまったのだ。
「い、今助けに…」
「ちょ、待ちなよ!!今ジェットコースターは宙に浮いてるんだよ!!?」
「あ…どうすれば……」
二秒ほど考え込んでしまっていたが、ついに春雨がこういった。
「いや、それでも…!ここでやるのが僕ら零点一つ星警察…!!!!!」
覚悟を決めたように言い、ジェットコースターの縁にしゃがんで、
「そいやああぁぁ!!!!」
そう叫びながら勢いよく飛んでいき、日向をつかんで、線路を蹴ってUターンして機体に帰ってきた。
「おー!!春雨カッケ―!!!こんな状況で飛び回れるなんてな!」
*****
日向は無事救出された。あの高い位置からの落下は死の危険さえもあったが、まず無事で何よりだ。
しかしあそこに春雨がいなかった場合、死んでいたかもしれないのだ。そんなことがあったら水玉に責任があると思うのだが、お金で誤魔化されるだろう…。
一層注意を深めなくては、と改めて思う和の横で、
「我ながら上出来だったかな…しかし、裏側すごかったなぁ…」
と春雨が呟いていた。結局見たのだ。裏側を。
「やっぱりさすが月か…」
突然何かを思い出したように口を大きく開く。
「あぁっ!!あのひったくり犯捕まえるの忘れてた!!!」
やはり春雨は春雨である。