第一話『二年Z組』
「であるからして――――」
校長の長い話に殆んどの生徒は下を向き始める。温暖化で九月でも毎日三十五度を越えていて、大理石の床の集会所に小さな汗の池が出来ていた。
そんな中、一番端の乱れた列の乱れた服装の子達がそれでも元気に喋っている。
この暑い中元気なのは良いことだが今は集会中だ。あまり良いこととは言えないだろう。
そしてこの子達が和が更正しようと試みている二年Z組の生徒だ。
和がこのクラスに入ったのは、一年生の二学期のことで、それは本人には急な知らせだったが教頭先生の話にはそこそこ説得力があり引き受けることにしたそうだ。
しかし和の努力が報われている様子は無く集会中に会話したり、跳び跳ねてみたりと自由で非常識なクラスのままである。
「すごく暇だ。ポキポキ食べたい」
「私はポテチが食べたいわー…」
「そこはチョコだろ!!」
「………」
和は集中しようよ…なんて思いながらも黙ったままなことだって増えている。だって言っても逆効果なことの方が多いのだから。
「……いい加減にしなさい!!」
ついに校長がZ組の方を見下ろして、よく聞くと中身のない言葉で注意した。しかし、
「あ、ダサ校長が怒ったー!!」
「もしかして、怒りすぎてセンス悪くなったんじゃね?」
「あ、確かに!!」
静まるどころか騒がしくなっていく。このクラスに注意するのは、焼け石に水、というより火に油なのである。
ちなみに…どうでもいい話だが校長は誰もが認める“ダサファッションリーダー”といった感じで、センスの悪さはずば抜けている。今日だって下は見えていないが、スーツが真っ黄色だ。だからといって悪口は悪口である
「静かに……グスッ」
高級そうなカーテンを振り分けながら教頭先生が出てきて、マイクの前に立った。
集会は中止になった。
もちろん、Z組のせいで。
*****
「集会が中止になってしまった…まったく誰のせいなんだ?」
無表情で不思議そうに首をかしげるのは、学校にポキポキというお菓子を持ち込んでいる一葉日向だ。周りの生徒たちも同感なようだが、和にとっては『誰のせい』の答えはただひとつ
「…お前ら以外に…誰がいるんだああぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
和がそう叫んでも日向たちは表情を変えない。
「何で俺様たちなんだ?」
和は『自覚無いのかよ!』といつものつっこみが頭に浮かんだが、結局口に出すことはなかった。
ウィィィィイン、と青い自動ドアが開く。
「はいはーい、静かにしてねー」
元気な声でそう言い、とびきりの笑顔で教室に入ってきたのは、四月一日 蘭子。二年Z組の担任なのである。ついでに言うと、このクラスの大体の科目担当はこの人である。
え?なぜかって?
理由は決まっている。誰もこのクラスを教えたくないからだ。
この学校の教師は適当に雇われているようで、先生としての評価は関係なく収入を得られてしまうのだ。
四月一日先生の場合、教え方はとても上手い。そう、“教え方”は良いのだ…。
「では出席を取ります!藜祈さん」
「はーい」
「えーっと粟倉さん」
「がうろだるいにここ」
「一葉さん」
「…はーい」
「「……!!?」」
周りが少しざわめく。さっきまでも相当五月蝿かったが。
皆の視線の先の、日向の濃い緑色髪の毛に、ポキポキが隙間無く差し込まれているのだ。
まるで、百獣の王の鬣のように。
…決して白いタンクトップの方ではない。
しかしさっきまでは刺さっていなかったのに、いつの間に刺したのだろう。あの量を刺すには相当時間が懸かりそうだ。まずどのように刺しているのかが謎なのだが。
「あら?一葉さん髪の毛伸びたわねー」
「いや、髪の毛じゃないよ先生!?」
「そうなんですか?…では授業を始めましょう。」
「出席は!!?三人だけ!?」
「あ、そうでしたね♪…ってあれ?動けない…?どうしてかしら…」
どうして、と言われても物理的にというか、赤ちゃんでもだいたい見ればわかるのではないだろうか。
「先生が髪の毛踏んでるからでしょ!!?」
「え?そんなはずはな…」
和が遮る
「いや思いっきり踏んでるからね!?」
「…本当でした~」
四月一日先生の髪の毛は身長以上ある。だから自分で踏むなんていつものことだし、自分以外にだって踏まれるし、犬に食べられたり、自動ドアに挟まれたりするのだ。地下鉄のに乗った時には髪の毛が挟まれて、外から見ると漆黒の髪がドアからひょっこり出ているミステリアスな光景が出来上がってしまったのだ。
「じゃあさ先生髪の毛結んでみたらー?」
「おぉーいいじゃん結ぼうぜ!」
「じゃあこんな感じかしら???」
と先生が髪の毛を結ぶ。危なげな空気が漂う。
「あー、スッキリしたわ!」
「おぉー!!良いね!」
「いや良くないからね!!?」
ツインテールでニラを振り回している。
そもそも髪を結ぶだけなのに何故ニラを振り回す必要があるのだろうか。
そして、教え方は上手いらしいのに、周りが見えていない残念な四月一日先生は、HRの続きを行うこと無く、ほぼ誰も聞いていないのに、クラスの子達の騒がしい声に何も言わずに授業を始めるのだった。
日向の頭に刺さっていたポキポキはスタッフが美味しくいただきましたが皆途中でギブアップしました。
努力が報われていないとはいえ、和の活躍で今まで平和だったZ組。
しかし何故か急にその効果が切れて次の日事件は起こります。