第十一話『お化け屋敷』
鳥肌を立てながらひとり真っ直ぐ歩く。今の自分には黒い霧に包まれているかのように見える月影亭がやっとくっきり見えるようになってきた。
まさか命の危機が来るなんて思っていなかったのだ。少し歩きのスピードや歩幅が違いでもすれば、私の命は亡かっただろう。
憂鬱な夜の闇に呑まれそうな中でふらふら歩いて行くと、月影亭の灯りに包まれた。
こんなときでも、いや、こんな時だからこそホテルは立派な非日常を演出してくれるものだと感じられるのだろう。私はきっと、一人の時間を望んでいたんだ。
しかし、そこではっと気付く。皆が勝手な行動をとるから私は疲れていく。今私は皆と居なくて、一人だ。
ということは、皆を放置してしまっている…!これはまずいかもしれない!
急いで自分の部屋の鍵を借りて、階段を駆け上がる。
「うぎゃああぁあぁぁぁぁああぁあ!!!!!」
「何があった!!!?」
通りすぎた203室から菊野の叫びが廊下に響く。あぁそうか、菊野ってことは花子か誰かが怖がらせてるのか。
三歩ほどバックして愉快な部屋の戸を押した。
真っ暗。愉しそうな電子の笑い声が淡々とながれている。
黒の濃淡を見るに、血痕だと思われる。苦笑いしながら問う。
「花子…これってお化け屋敷?」
私の顔に懐中電灯の光があたり、反射的に目を瞑る。
まぶしくなくなって目を開けると今度は花子のスケッチブックが照らされていて、内容は[正解!]とのこと。
「ひっ…ひぃいいいぃぃぃぃぃい…」
「お化け屋敷か…懐かしいなぁ、こういうのが粉雪さんが思う理想の修学旅行なのかな?」
「は…はい!怖いですけど、こんなに本格的で…たのしい!」
「………ぇぇ……ぇ…」
掠れた声の菊野が死にかけのゾンビのように見えた。ゾンビって死にかける…のだろうか?
「そーだ!ゾンビごっこにしよ~よ☆」
「うがぎあぁわぁぁああぁあぁっ!!!」
「本当にゾンビみたいだな…菊野が」
「…グスッ」
「あ、元のきくのんに戻ったー!」
「いやさっきまでの喚いてる菊野も普通の菊野なんだけどね…」
すると、照れ笑いながら粉雪さんが手をあげて、
「あの…ゾンビは少し苦手…かなぁ」
[私もお化け屋敷の方が得意だからゾンビごっこはやめとこうwwwwww」
「もうやめてえ…」
男子たちがやってきて、脅かす役は花子と白夜、唯花、それからアンズになった。仲良し四人組である。
「おー仲良しトイレ組かー」
「え、日向なにそれ…」
「あれー違うか?一人足りない気もするけどなー」
確かにこの四人、唯花は少し違うが皆トイレからみで親しくなったのだ。仲良しトイレ組の方がしっくりくるくらいだ。日向の思うもう一人は多分虫とでも遊んでいるだろう。噂によればもう一人いるらしいが水玉がずっと『37人』『37部屋』と言ってるからには恐らくこの修学旅行(?)に連れてきてないのだろう…。
ちなみにこのお化け屋敷は、ゲーム形式でもなく勿論勝敗もつかない。ただ花子が脅かして遊びたいだけだ。私たちは今、部屋の前の廊下に立って準備の完了を待っている。
「それ聞こえる訳ないでしょ~あれかけたら?」
『闇夜へようこそぉ~』
「違うだろ…グダグダじゃねえか」
「ま、これでいいか。入って~」
なにやら話し合っていたようだが、準備ができたようだ。
「てことでー、よーいトイレー!」
「日向…」
扉の先にあった部屋は、さっきまでとは別物だった。本当にホテルの203室なのか、広さは認識しづらいがもはや室内なのか、別世界なのか。クオリティの高さに圧倒される。
「おーすげーな」
「花子ちゃん達にしては凄いね☆」
感心して見渡しながら奥へ進む。これはもしかしたら何事もなく終われるかも……。
「ギャアアアァァァアァァァァァァァアアアァァアアァァァッ!!!」
「こっ…ここここここ高貴な…私っにいいいいぃぃぃぃぃぃぃいぃいいっ…ひっ…ひぃいいいぃぃぃぃぃい!!!?」
「みや…うわああぁぁああぁあぁぁぁぁぁああぁあああぁえぇっ!!!!!?」
三人の悲鳴で空気が震えた。菊野を含む二人の怖がり女子と、中二病男子の声だ。その男子はお化け屋敷は苦手ではないので、おそらくその子に飛び付かれたのだろう。――よかったですね、自称神様。
「…ん?」
部屋はいくつもの扉で仕切られていて、その戸には張り紙があった。
「紙質までこんな…凝ってるなぁ…」
お化け屋敷の地図のようなものに、七つの印と読めない説明が書いてあった。
対決ではないけれど、仕掛けくらいはあるようだ。
暇な私は七つの仕掛けを全て見た。…そこはとばしてはいけないかもしれないが、説明するのは難しい仕掛けばかりだったため省略させていただく。
すると、ギギギギィ…と音がして同時にかたかたと揺れだした。
その振動は床から来ていることがすぐに感じられた。
次の瞬間―――
私は、何が起こったか分からなかった、というか、意識が飛んだのかすら分からない。
後で冷静に考えれば『落ちた』という説しか考えられない。
最後の仕掛けのところの足場に落とし穴があったに違いないだろう。
――いたずらに掛かってしまったのか…
衝撃で身体は凝りがなくなったが、なんだか晴れ晴れとしない。
そのまま私は部屋を出てトイレに向かった。
*****
「いやぁしっかしきくのんビビりすぎだって!!」
「笑い事じゃないし…グスッ」
「まあ片付けのスピードは水玉にも負けない感じですごかったよね!!」
「褒めるとこ片付けかよ」
「和…トイレ平気だったの?」
「花子いたけど平気だよ?」
「…あたしだけなのか」
まだ菊野は踞って泣いている。
[和ちゃんは楽しめた?]
「まあ今回の修学旅行では一番だと思うけど…それより仕掛け全部見たあとのアレはひどいんじゃ…」
[え?]
しばらく花子は手を止める。
[…仕掛けはそれぞれ一個ずつ楽しむもので全部やる必要はないけどね]
「え?」
[なにかあったの?]
「なにかあったの。」
確かに何かあったはずなのだが何があったかはイマイチはっきりしていない。
まさか私のただの妄想だった、なんてことはあり得る気がしないのだが、どうしたものか。




