第十話『203室』
前話(シンデレダ城)の終わりの10時20分くらいから少し遡り、10時前からスタートです。
「よぉ~っし、着いたよ~!ここがあと29泊するホテルだよー☆」
「ひゃっほーーーー!!!!」
「一人一部屋用意したから鍵はちゃんと借りるんだよ~!!では各自移動ーー!」
「あいあいさー!!!!!」
昨日と変わらずハイテンションな皆だが、一人様子が違う人がいた。
「あの…そのくだり毎日やるつもりですか?」
「んー?春雨ちゃん!!見た目的には変わらないけどテンション低くないかな~?」
「水玉なんでそう思うんだよ?」
「えーノッてこないからー」
「いや僕はいつもこうですしテンションは低くないですよ!!ていうかなんでちゃん付けなんですか~!!?」
「それはちっちゃくて可愛いからじゃないかな?ていうか呼び方なんて気にしなぁーい☆」
「それ水玉に言われたくないですよ~……」
春雨はボソッとそう呟いた。―――水玉の方が小さいのに
「…水玉はテンション低いって言ったが割と近いか、春雨が疲れてるのは珍しいなぁ…」
「それは月影園には僕らが捕まえるべき犯罪者が多いですので…」
実際はほとんど遊んでいただけなのだが、どこにいるときも職業にできそうなアクロバティックな動きで、やたらと動き回っていたので疲れるのも無理もない。
「ところで、和って帰ってきていないんですか?」
「あれれー?本当だ☆」
「そんなんだから白夜さんがトイレに籠るんですよ…」
「んじゃあ皆!明日も月影園を楽しむために……寝るぞ~っ!!!!!!」
「寝る寝る寝る寝るっ!!!!!」
「何でですか!!????ていうかそんなに元気だと寝そうにないですよ!!!!」
「行っこー行っこー月影!!!☆」
「つーきかげー!!つーきかげー!!!!」
「なんか部活の掛け声みたいになってません!!??」
春雨は、中二病である点以外は割とまともなのだ。そのため和がいない場合、春雨か他のまともな三人ほどが代わりのポジションを務めている。
「あと昨日みたいに床に穴をあけるとかは止めてくださいよ…!芽鎖が入院して遊べないのは可哀想ですよ…」
「よぉーし!今日は部屋に行ったら布団投げ大会やろうよ!!」
「おっしゃあ!!」
「よくそんなに体力残ってますよね…」
「お前もそんか疲れてんのによく立ってられるよな…ま、勝手に倒れといてくれ」
「え…?」
後ろを通りかかった深い赤髪の少女の忠告だった。
そこまで疲れていることには気が付いていなかった春雨は、残っている体力がどれだけ少なくなっているかに気付き、ふらふらと部屋に向かう。
…ふらふら、とは言っても、いつも通りに見えるため、そこは春雨の身体の基礎がなっているからだろう。
「ふぅ…」
「ギャアアアァァアァァァァァァアァァァアアア!!!」
「…え!?」
春雨が入ったのは菊野の部屋、203室だった。急に入ったため菊野は驚いて退くが、勢いでそのまま後ろに半回転。足の甲が床とドン、という音を響かせて衝突した。
「いでっ…」
頭の頂点と手足の甲で支えられている逆さまの菊野の姿はなんとも可笑しくて笑いそうになったが、春雨は笑うことはなかった。
可笑しな方向に曲がっていた手首を元の向きに戻し、むくっと起き上がって目を見開いて、
「…なんだ春雨か……びっくりするから急に入ってくんなよ…」
「あ、すみません部屋まちがえ…あれ?」
急に明かりが消えてしまった。
静まりかえって虫の音がよく聞こえる。
「ぐ……ギャヤアアアァアアアァァァァァアァアァァァァァァァァァアアアァアアアァァァァ!!!!!!!」
「今度はなんですか!!!??」
菊野の目が飛び出し、いや、実際に飛び出たわけではないのだが、変わりに飛び上がってしまい、干してある月影冷涼祭で濡れた服にあたり、湿った布の感触が気味悪くてさらに高くに飛び上がる。
「なんなんですかぁ…っ!!?」
暗闇の中で、菊野とは別の方向に何やら変わった気配を感じた。やはり他にも誰かいるようだ。
まだ菊野に向かってごそごそ何かしているようだ。
―――この気配って…
扉が開く。
「今の声何よ?…って花子?何やってるの?」
やはり明かりを消して菊野を脅かしていたのは花子だった。目が慣れて春雨にも花子がスケッチブックを抱えている姿がぼんやり見えた。
しかし、この暗がりでは筆談の彼女の言いたいことは分からない。
『パチッ』
ぱっと部屋が眩い光に包まれた。
眩しくて白い靄がかかっているようでしばらく読むことはできなかったが、六回ほど瞬きすると、目の霞みはなくなった。
[お・化・け・屋・敷・!]
花子の画帳にはそう落書きされていた。
菊野はひーひー息を詰まらせ、薄氷を踏む思いで凍り付いていた。
―― ―
「な~にやってるの~?」
空気を曲げたその無邪気な声で、菊野は息を吹き返した。春雨も背筋を這い上がるものが消え去って不思議とすっきりした。
子供のような水玉の声は、安心感がわく何かがあるのかもしれない。というか、それは財力によるものだと皆分かってはいるのだが
背がほぐれた春雨の前で同じように菊野が力をぬく。
「ふぅー、暗くて死ぬかと思った…」
「アハハッ死ぬなよきくのん!!」
「女の子だいしゅーごー…だ………あり?」
この部屋を見渡すと、水玉の視界の右の方から菊野、春雨、星良、霜月…と見逃しそうになるが、落ち着いて考えれば、ちがう。
「春雨ちゃんって男の子なのだったー☆てへっ」
「ハハハ、なんで紛れこんでんだ!」
よく考えると可笑しな話だ。霜月は何度か笑った。
「へー、これかわいいじゃん!ちょっと貸してよー」
「ガールズトークというやつかな?あ、違うか」
ずれた感覚を持つ水玉は意外と会話に乗れていないことがある。まぁそれは本人にすら分かっていなくて、部屋のすみっこで見守る同じ髪の色の少女しか気付いていないことだ。
「似合ってるね!あ、そうだ!これ春雨に似合うんじゃない?」
一人の女子が、目の前にいる女の子のヘアピンをはずし、手のひらにのせて春雨のほうへ向ける。
「………え?」
春雨はいいきなりきれいな碧いピンを差し出されて慌ててしまった。
いろいろな方向を見て、逃げ場の無さを感じて目が潤んでいる。
必至で一言。
「やめてくださいよ~、僕はそんな趣味じゃ無いんですぅ…!」
魅ている人達は黙してしまったが、次に話したのはやはり、水玉
「男の子だけどきくのんより可愛いね☆」
「……何のことかさっぱり分からないけど負けた…グスッ」
「んじゃ、花子ちゃんが言ってたお化け屋敷、やらなーい?」
「おっ、イイネ!やるかっ!!!」
「そうこなくっちゃあ☆」
「………グスッ」
こうして月影亭お化け屋敷が開催されることになった。
今回の最後のところが10時26分。そろそろぞっとしている和ちゃんが帰ってきます。




