第九話『ダイヤダスト城』
九月三日土曜日午後七時。今日は皆特に何もやらかさずに終われそうだ。
いや、まだ終わった訳ではない。和は気を緩ませずに見回りながら、時間をたまに確認する。
七時半からのダイヤダスト城で行われる月影冷涼会ファイナル(第四回)、これが今日和が最も警戒するイベントだ。
冷涼会とは夏の間のみ行われる水を撒いて涼しくなろうというショーである。一日四回あるが、四回目の七時半公演の会が一番盛り上がる。ショーなので一応ストーリーがあり、一日一度完結するためだ。
そしてこのショーはダイヤダスト城に一番近い座席に座るには朝早くのくじ引きを引き当てなくてはいけない。しかし水玉ならばきっとお金でどうにでもできてしまうだろう。
和は、水玉が四回目のあたり券を全員分持っていると予測する。予測というか確実なのだが、入園時間十分前に水玉は大金をばらまき先頭に並び、入園時間になると水玉は真っ先にスペードマウンテンへ行き、その後くじ引き会場へ行き店員に相談しているようなところを目撃したからだ。
七時十分になったので、座席に着けるようになった。和が座席入場口のあたりに向かう。
「あ、和ちゃんみつけたー!!捜したよー!!」
向かって歩きだした途端に声をかけてきたのは、Z組の皆を引き連れる水玉だ。
「捜したのはこっちだよ…」
「え?そなの?とにかく座席につこうか!!」
「はいはい…」
…ダイヤダスト城の一番近くで見られるキッズゾーンを乗っ取っていた。
「まさかの最前列より前て…」
「出来るだけ前で見たいじゃん☆」
「というかここが一番迷惑かからないとか相談した係員言われたからなんだけどね!」
「とりあえずここで見たかった小さい子どもには迷惑だけどまだましか…」
「水玉は小さい子どもだよ?」
「………」
それには反論出来ないが。
「でもショーに乱入したら迷惑度は変わらないよ…?」
「ランニュー?あ、始まるみたいだよー!!」
ドーン!!!
凄い音と共にいきなり最大級の放水があった。
もう正面はほぼ濡れきってしまった。
「ずぶ濡れだな…」
「あーポキポキが湿気るー」
「え、こんなときでもポキポキ食べてんの!!?」
このショーは濡れるためのものだ。後ろの方は風向きによってはまだずぶ濡れにはならないが、先頭なんかは確実に濡れる。
和はこの事を忘れていて、準備不足だったことを少し後悔した。
真っ赤な衣装の男性がマイクを持って登場。今日見るのは四度目の司会者だ。
『さあ始まりました!!冷涼会ファイナルー!!』
「うるさっ!!!」
「仕方ないじゃんっスピーカー目の前だし!」
「そういいながら耳栓がある辺り準備がいいな水玉は…」
そんな会話をしているうちに司会者の話は進んでいた。
『今日の優勝者は誰だー!!?』
「水玉だあぁぁぁぁあぁぁあ!!!」
「だよね!?」
内容は水を沢山まいたところの勝ち…ではなく、よくわからないダンスコンテストでキャラクター達が勝負するという設定だ。
『ではまずミツバチームから!!』
くそださいキャラが出てきて意味不明な躍りを披露。どうでもいい。
和にとって大切なのは水玉達が乱入しないかどうかだ。
ザアアァアァァァァァァァァァアァアァァァアァアァア…
何度でも水を飛ばされるため雨のように降り続けてくるという感じになった。
「しまったな…制服一着しかないのに…」
「その辺で適当な服買ってきなよ!!」
「それって制服じゃないでしょ!?」
ザバアァァァアァァ!
『ミツバチームのダンスでした!!』
遠くで子供が「ダンスだったの!?」と叫ぶ声が聞こえたが気にしない。というか大半の人は同感だろう。
『では続いてグサフィイファミリーです!!』
「グサフィイて誰!?初耳だけど…てかダサっ!!!?????」
キャラクターだけ見ると月影園が人気なのがあり得ないことのように思える。誰がどうするとあんなになんとも言えないダサさになるのだろう。
お客さんの多くはキャラクターが見たくないがために少し視線をずらして盛り上がっている。
「キャラダサいね!グサフィイってどっかの誰かさんみたいにネーミングセンス無いし、水玉が変えちゃおうかな☆」
「…がうもおといずまはれそ」
周りは真っ暗になり、花火が上がりだした。
菊野たちは電灯でとても明るいため怖がったりはしていない。
『では最後のチームは、えーと…名前無しだー!!』
「おい司会者!!??」
「きっとダサすぎるチーム名だから言いたくなかったんじゃない?」
「確かに…」
「分かるけど認めんなよ…」
しかしここまで水玉達が何も起こさないのは逆に怖い。このチームの躍りという名の何かが終わった後に乱入する展開を和は一番有力な説とした。
もう誰も濡れることを気にしないほど濡れきっている。着衣水泳でもしているかのような気分だ。
『これで全てのチームが終わりました!終わったんですよ?終わりましたよ!!』
「司会者…」
『では皆溺れたところで、チームを振替ってみましょう!…………ボソボソッ』
「いまボソッっと『しなくてもいいのに』って言ったよね…夢の世界設定どこ行った」
「ここで悪役がでるんだっけー?」
「ネタバレされるま…でもな………」
水玉が跳び跳ねている。
―――来る!!!
和にとっての本物の悪役が動き出す気がして、咄嗟に水玉を投げてやろうかと考えた。
「水玉やめっ………」
―――終わった…
和はずぶ濡れなせいで少々思い通りに動けなかった点もあり、水玉はきれいにすり抜けホースを構える。
『ボクミツバだよ!絶対か―――』
そこからはもう聞こえなかった。
「勝つのは水玉だぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁッッ!!!!!!!!」
「あたしも参加するッ!!」
「きくのんがいうなら!!」
「みんな頑張ろうね…!」
「俺様も勝つぞーーー」
「零点一つ星警察の名を汚さぬよう頑張り…」
「汚れるわ!!」
ミツバ達が踊っている(?)中心辺りにキッズゾーンから高圧洗浄ホースで皆で放水する。
「水玉どっから持ってきたの!!?」
「ずっと持ってたよ!!」
「え!!??」
ミツバ達がなぎ倒され、次々にショーの台に立っているキャラクターやバックダンサー達が転ぶ。
「もうやめたれよ悪役!!」
「まっだまだああぁぁぁあぁぁあぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああぁぁッッッッ!!!!!!!!!!」
『うわああああぁぁぁぁ!!?』
「ちょ…ミツバの地声が…!!」
*****
その後は、皆転びまくったため中止という形になるかと思われたが、なんとか耐えていた司会者がなにか愚痴のようなことを呟いたあと、予定されていたのと同じであろう別れの言葉を言われたことでショーは正式に終了したことになったそうな。
「はぁ…ずぶ濡れだなぁ…」
昼間は体感温度は最高四十度近くまでいったが、もう日が沈んで随分たったためさすがに水浸しでは肌寒い。
午後十時五分。くじ引き会場に使われている休憩所で水を乾かそうと試行錯誤しているうちに閉園時間になっていた。
お客さんの向かう先は同じ、入園口だ。もうお客さんの数が減って周りを見ても二三人しかいない。
「ちょっと遅れちゃったな…」
急ぎ足で歩きながら、少しでも制服を乾かそうと肩の辺りをはらっていると、何かに当たって、それは変な音を出して遠ざかっていった。
「ゴキブリかよ…」
数秒間固まったがまた進みだした。
湿った制服のせいで余計寒気がして、明るいのに気味が悪い。
すると、後ろを右から左へ強い風が通り、和は自分のオレンジの髪が目に映った。
―――後ろをからすでも通ったんだろうか。
自然の風としてはすこし違和感があった。
――― 一点に集中していたというか。
…強すぎる、と いうか…
何か………
その時、左後ろで何かがぶつかるような、爆発するような音がした。
不気味なマンションの見た目をしたアトラクションのど真ん中から煙が上がっていた。
ゾッと した。
「嘘でしょ……」
水玉たちが向こうのほうで遊んでいたら誤って…とか、だろうか。
どんな理由で起こったことかわからなかったが、自分がどんなに危ない世界に生きているかを思い知らされる出来事に青ざめながら和は月影園を後にした。




