第七話『サクラのお仕事』
いつから英雄になれると錯覚していた・・・?
「・・・できたねっ!」
「・・・ああ、できた。」
それ以上の言葉はでなかった。
VRの世界に、初めて創り出した『はじまりの街』。
大地も、空も、太陽も、自分さえ存在していなかった世界から生まれた街。
生きがいに出会い、奮起して、
しかし自分のあまりの不甲斐なさに挫折して、
けれども仲間に支えられ、また立ち上がり
諦めずにここまで努力し続けてきた。
全てをサポート任せにせず、木の板一枚、レンガ一つ創り出すたびに
自分の足りない部分を確認し、修正して成長を望み続けた。
まだNPCのいない、ただ建物が立ち並ぶだけの街並みを眺め、
ヤマトは生まれて初めて、心からの感動と達成感を味わっていた。
たった6日。時間にしたら144時間。
今までの人生で最も充実した6日間は、ヤマトを確実に成長させていた。
「ふふっ、お疲れ様。そろそろ一度、本格的な休憩にしよう。
そろそろ気疲れじゃない、本当の疲労感もでてきたでしょう?」
「・・・ああ、ちょっと今は動きたくないな。」
「それは現実世界での疲労だから、一度戻って休憩にしよう。
あ、それと水も忘れずに飲んでおいて。
VRで創り出した飲み物でも脳は満足しちゃうから、水分不足になるかもしれない。
お腹も空いてないだろうけど、まだ夕飯食べてないならちゃんと食べてきてね。」
「・・・わかった。いろいろ、すまないな。」
「ううん、お疲れ様。今のヤマトさん、すごくいい顔してる。
・・・それじゃ、ログアウトするね。また来てねっ!」
いい顔、か。
まだ何もかも教わってばかりで、何1つ役には立ってないんだけどな。
そう自覚しつつも、かつて感じたことのない満足感に浸りながら、
ヤマト、もとい山田太郎はゆっくりと目を開けた。
すぐに目に入ってきたのは見慣れた天井。
ゆっくりと深呼吸して、感覚的には6日ぶりの空気をゆっくりと味わってみる。
やっぱり、VRとここは違うんだな・・・
あらためて空気を味わう、という希少な体験をしながら太郎は思った。
VRでも呼吸には困らなかったし、別に違和感はなかったのだが
それはヤマトが呼吸を必要としなかったからなのだろう。
味わおうと思えば、空気とは意外と味のあるものなんだな、と思う。
それに、体が重い。
ヤマトの時には考えるがままに動いていた身体だが、
今はほどよい重力感と倦怠感に包まれ、
起き上がるのにも一苦労しそうな錯覚を覚える。
意識すれば、肌に触れる衣服の感触と背中にある布団の感触。
そういえば服の質感を創るのを忘れていたな、と思う。
まだまだ、自分の世界には足りないものばかりだ。
「英雄になりたいって、思ってたんだけどな。
VRMMOができたら、廃プレイをして、トッププレイヤーになって。
そしてゲームの世界が現実になって・・・ってな。」
昔見た、そんな夢物語。
それに近い現実が目の前にあるからと、望んだVRT。
自分好みのMMOが創れるならとやり始めて、
あまりにも難しくて挫折した。
こんなのは、自分が望んだ世界じゃなかった。
けれども、気づいたらひたすらに追い求めた創造力。
そうしてはじまりの街を創り、得た達成感は・・・
悪くなかった。
「とりあえず水と、夕飯か。手早くすませて、忘れないうちに戻るかな。」
足りないものはたくさんある。
きっとこれからもいっぱい挫折すると思う。
けど、きっとまたやりたいと思うんだろう。
何を創ろうかと想像するたびに、わくわくとした衝動が止まらない。
―――きっとこれが、本当の生きがいってやつなんだろう。
あれこれと次に創るモノを想像しながら、
太郎は近所のコンビニへと走り出すのであった。
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「さて、と。最初の頃はどうなることかと思ったけど、
これなら私の所はなんとかなりそうかな?」
ヤマトをログアウトさせたサクラは、2人で創り上げた街を見てつぶやいた。
VRTの初期ロット5000台は、成神 葵が
異世界やVRMMOという単語に強い興味を持つ人間だけを選別し、
その中からさらに、金銭に興味のない人間を選別してから
4次元ネットワークを通じて本体を渡していた。
VRTの価値を自覚し、相場は10億円程度になるだろうと予想していた葵は、
そんな価値に揺れず、純粋にプレイしてもらえる人間だけを望んだのだ。
だが、そういう人種は、
逆に言えば現実世界にはほとんど興味を持っていないことが多かった。
そういった人間のほうが自由に使える時間が多く、
VRのテストと情報収集には都合はいいと思ったのだが、
いかんせん優秀と呼べる人間は少なかった。
現実世界に興味がないのだから当然だった。
興味がなければ、人間は本当の意味での努力はできない。
努力しなければ、人には勝てない。
そうして、ただ生きられるからと生きてきた人間には
才能はあっても、実力はあまりなかった。
そんな彼らは、狙い通りに全員が
夢と希望を持って我先にとVRの世界にログインしてきていたのだが、
VRシステムは、夢と希望を実現するための、『もう1つの現実』だった。
そう、あくまでも現実世界の法則を利用して、人間が創ったモノにすぎない。
世界を創る困難さにあっという間に挫折し、
これは現実なのだと理解したプレイヤーの中には、
創造の全てをサポート任せにしてしまう者も少なくなかったのだ。
だが、そんなサポートキャラ(自分のコピー)が創ったVRなど葵は必要としなかった。
葵が欲しかったのは自分にはない発想と創造力だったからだ。
「その点、ヤマトさんは頑張ってくれてるよね。
英雄になりたい、って言ってたのになぁ・・・。」
多分もう、本人も気づいていると思う。
自分の創った世界で英雄を名乗るなど、滑稽もいいところだということに。
自分が紙に書いた魔王を、紙ごと破って倒したというようなものなのだ。
にもかかわらず、この6日間のヤマトの集中力はサクラからみても凄まじかった。
はじまりの街を創りあげたあとの、何とも言えない達成感をたたえた表情には
少しだけ、本当に少しだけドキッとしたものだ。
「・・・ふふっ。
無理やりやらせちゃったからこそ、できる限りのサポートはしないとね。」
まだまだ葵が望むような新しい創造はできてないが、
ヤマトならば近いうちに創り出すだろうとサクラは思っていた。
それだけの熱意をもっていて、事実成長しているのだから。
だから、主が頑張るならば自分も頑張るのだ。
ヤマトの望むことは、できる限りしてあげるつもりだった。
・・・正直、お兄ちゃんと呼ぶのは少し恥ずかしいけれど。
「うーん。今リンクフリーなのは・・・もう120人か。結構多いかな?
とりあえず、似たようなRPG創ってる子のところに行ってみようかなぁ」
主がいない間は、サポートキャラは創造力を持たず、世界は変えられない。
葵の目的から考えれば、当然の措置だった。
しかし、彼女達には、それ以外の全てが許されている。
例えば、ネットワークを通じた全てのVRの把握と情報収集。
80倍に加速された世界で、
主が寝ている時間や仕事に行っている時間を有効に使えるのだ。
といっても、ほとんど趣味のようなものなのだが。
成神 葵の夢はMMORPGの現実化と異世界転生。
そのコピーであるサクラも同じく。
趣味とはつまり、主のいない間の廃プレイなのであった。
「RPGのジャンルになってるのは・・・多いなぁ、120件中91件か。
うちに足りなそうなのは・・・」
サポートキャラ用のネットワークウインドウを見つめながらサクラは検索していく。
まだまだVRのタイトルが決定していない物も多く、かなり見にくいが
ある程度のジャンルわけはそれぞれのサポートキャラが行っているので、
それを元に遊びに・・・もとい、偵察にいく世界を絞る。
「・・・うん。ここにしようかな。」
ロットNo.1042
マスター:ルーナ・ルーチェ
サポート:レティシア・マクレディ
タイトル:未定
ジャンル:RPG(予定)、料理システムそれなり
紹介文:(未記入)
まだVRTを実装してからそれほど時間が経っていない。
にも関わらず料理システムがそれなりにできているということは、
おそらくプレイヤーが現実世界でも料理にこだわる人物だからなのだろう。
「ヤマトさん、食べるの好きそうだし。覚えてきたら喜ぶかな?
葵の時はあまり食事を意識してなかったから、私も料理はさっぱりなんだよね。」
つまり、オリジナルが求める自分にない発想の世界の1つなんだろうな。
自分の知識にない、美味しいものがあったらいいなと思いつつ
サクラは1042番目の世界へと飛んでいくのであった。
英雄なんてなかった。
でも葵の作っているMMORPGができたら、ヤマトにはある程度優遇してあげる、程度の措置はあってもいいかなと思います。
・・・サクラがこっそり、ね!