第一話『夢から覚めて、現実で。』
名前はともかく、これなんていう俺だよ。
そう思ったら負け。
日頃の生活には不自由しない程度に都会であり、
少し歩けば緑に困らない程度には田舎である街のはずれ。
駅からほどよく離れた位置に、古びたアパートが一軒建っている。
「くふ・・・。くふふふふ・・・。・・・くふふぁははははははははは!」
そんな安アパートの2階。
日当たり良好、人気の最上階角部屋に、おおよそ怪しげな笑い声が響いていた。
ヴァーチャル・リアリティ・ツクール君。
才能がありすぎた製作者の影に薄れ、ゲーム機というだけで世間の評価が低い作品だが、
この部屋の主である山田 太郎は、かつてないほどの興奮を覚えていた。
「ついに・・・。ついに、俺に秘められし伝説の力を開放する時が来たのか・・・。」
幼い頃から人付き合いが苦手で、自然と漫画やアニメの世界に惹かれていった。
本気を出せばなんでもできる。そう信じ続けた30歳独身、フリーター。
物語にでてくる英雄や勇者に憧れ、何度も妄想の中で自分の姿を重ねたことがある。
年齢=彼女いない歴。
いつか二次元へ行って主人公に。いつか異世界へ行ってチートで英雄に。
幼い頃より妄想を追い続け、少年の心を失わぬままに大人になってしまった少年。
彼は、厨二病をこじらせ、ここまできてしまった人間の1人だった。
そんな彼の妄想が。
夢が。
今、現実に限りなく近い形で目の前にある。
こんな時こそ不敵な笑みを浮かべてクールに振舞うものだ、と彼は思うのだが、
ついだらしなく顔がゆるむのを抑えることができなかった。
初期生産台数、わずか5000台。
謎技術が詰め込まれた逸品であり、研究用に、転売用にと、
ゲームをするつもりもない連中までもこぞって抽選に応募をしたらしい。
最終的な応募総数は何故か(不正に決まっているが)地球の総人口を遥かに超え、
天文学的な数字になっていたとネット上では噂になっていた。
だが人類史上最高の頭脳を持つ彼女に、そんな抽選はきっと無意味だったのだろう。
天文学的な応募者の中から、真にVRTを求めている者だけをどうやってか選びだし、
初期ロット5000台を亜空間を通じて発送したのだ。
事実、朝目覚めたら、自分の手元にはいつの間にかVRTがあった。
TVやネット上では、『VRT本体、10億円で買い取ります』という広告もあったが、
彼にはこれを売るつもりも、宣伝するつもりもまったくなかった。
製作者である彼女は言ったのだ。
自分の夢は、ここからスタートなのだと。人生の全てをかけてでも叶えたい、と。
山田太郎は、その言葉に心の底から共感していた。
漫画の主人公に憧れ、妄想の中でドラゴンを倒し、
夢の中では圧倒的なチートの力を使って世界を救う。
子供の頃に流行したVRMMO物、異世界転生物などを、心底羨ましいと思っていた。
そのためなら、命をかけてもおしくないとさえ思っていたのに。
いつ異世界に呼ばれてもいいように、この世に未練などないとさえ思っていたのに。
しかし、自分の力で創ろう、などという発想はまったくなかった。
自分の努力で強くなろう、という思いも、筋トレや走り込みが辛くてすぐに諦めた。
英雄には、チートでなるものだと思っていた。
異世界には、誰かが召喚してくれるものだと思っていた。
信じていれば。諦めなければ。
努力もせず、アルバイトだけでなんとか生活を続け、
それでもいつか、きっといつか主人公になれるのだと思っていた。
それは現実から目を背け、自分に言い訳をしているだけだったのだと、
ずっと気づいていなかった。
だから、それが本当の現実になって目の前に現れた時。
自分の今までの人生は、すべて妄想だけを追い続けた、意味のない人生だったんだと気づいた。
けれど、それに初めて気づいた時、
太郎は初めて、自分が生きているのだと実感した。
妄想でも夢でもない、現実の世界に生きがいを見つけた。
本気になれる、人生の全てを賭けても惜しくないと、そう思える物に出会えた。
自分は、頑張れる。VRMMOを作れる。異世界を作れる。
俺は、英雄になるための力を手に入れたんだ!
太郎は高ぶる心を抑えるように、何度も大きく深呼吸をしてから手元のソレを見つめた。
どんな人間の頭にもフィットするよう、伸縮性に富んだ柔らかな素材で作られた、
ヘアバンドのような装置。
これは、いつもの妄想でも、夢ではない。
現実なのだ。
「くふふふふふ・・・。さぁ、いざ創らん!理想の世界を!」
そして山田太郎は布団に横になり、
ヴァーチャル・リアリティ・ツクール君を頭へと装着して電源を入れるのであった。
これは本編なのかプロローグなのか。
次から、次からほんとに本気出す!ただしルール説明が長くなりそうな気がする!
こんな設定全部吹っ飛ばして、最初からVRツクール君登場!さぁ遊ぼうぜ!
でよかった気はしなくもない。
きっと気のせい。