第八話『ルーナの世界』
食いしん坊キャラってどんな美人でもかわいく見えてしまう不思議。
室温に戻したバターを泡立て器でシャカシャカ。
クリーム状になったら砂糖を入れてまたシャカシャカ。
卵黄を入れて、バターと卵黄が分離しないようにしっかりとシャカシャカ。
振るっておいた薄力粉を、再度振るいながら入れて、ぐるぐるシャカシャカ。
滑らかなクリーム状になれば完成!
はい、そのまんまクリームの出来上がりです。
分量はお好みで?
「次はこの工程・・・素材を上手に混ぜるためのスキルを作りたいなぁって、思うんだけど。」
透明感のある金色の髪に、翡翠のような神秘的な輝きを放つ碧眼。
全体的な容姿は幼く、子どもと言っても差し支えない年齢に見えるが
気の早い求婚者が列を作るだろう、紛れもない美少女がつぶやいた。
「とりあえず今の作業は記録したけど・・・料理によっていろいろ変わるのよね?」
少女のつぶやきに答えたのは、少し冷ややかな感じのする透き通った声だった。
腰まで届きそうな銀色の髪に、空を写したような明るい蒼色の瞳。
少女と同じ調理服に身を包みながら、グラマラスな身体の起伏がハッキリとわかる
大人びた雰囲気を纏った美人だった。
「うん。生クリームとか、マヨネーズとか、電動泡立て器じゃないと腕がパンパンになっちゃうくらい作るのが大変なんだよね・・・。あと、単純に混ぜるといっても泡立て器じゃ歯が立たないような・・・ハンバーグとかパン生地とか、手でこねる重たいのもあるし。」
出来たてのクリームを指ですくい、ぺろりと味見しながら少女が答える。
と、混ぜてる間にはねたのか、頬についてるクリームに気づいて
それも綺麗に舐めとる。
うん、甘くておいしい。
「ふむ・・・。となると、電動泡立て器のように一定の力をかけ続ける力場ではなく・・・指定した空間、例えばボールの中身が一定速度でクルクルと回る仕様にしてみますか?スキルレベルによって回転数を調整できるようにして。」
「粉でも個体でも関係なく、一定の速度で回るようにするってこと?」
「ええ、重量や圧力という括りをなくそうというものですね。」
「なるほど・・・それなら料理だけじゃなく、調合スキルなんかにも使えるかも?
でも圧力かぁ・・・。うどんの生地なんかは攪拌、というより圧力をかけることで成分が変化して、コシを出す、みたいな仕組みだったような気がする。うどんも試しに作ってから考えよう。」
クリームは満足する味だったのか、残りを銀髪美人のほうに御裾分けしながら
うどんのレシピを頭に浮かべ、食料庫の中身を確認する。
「うーん・・・薄力粉から作ってもいいんだけど、うどん粉は専用のものを使いたいなぁ。レティ、『さぬくすずらん』とか、ぐぐって創造できない?」
「はむ、もぐ・・・これは・・・!?んぐ。
うどん粉って専用であるのですか?」
レティと呼ばれた美女は、受け取ったクリームをなめると
カッ!と目を開き、驚愕に満ちた表情で残りのクリームを見つめた。
「うん。うどん粉を使うと、完成品の美味しさが全然違うんだよ。小麦粉にはグルテン量の違いで強力粉、中力粉、薄力粉って大雑把に分かれてる。一般的にうどん粉といえば中力粉のことなんだけど、さぬくすずらんはよりうどん専用のブレンドにしてあるんだよね・・・その分量はでは私にもわからないんだ。」
「ぺろぺろ・・・・。なるほど、含有成分の違いですか。検索してみましょう・・・んぐ。」
主の質問に答えつつ、クリームの入ったボールを抱えたレティシアは
蜂蜜壺を抱えたクマのごとくクリームに手をつっこみ、口に運んでいく。
あまりに夢中に見えるそれは、とても裏で膨大な情報処理をしているサポートキャラには見えなかった。
「・・・レティ、せっかくの美人なのにクリームをそんなに抱えて食べないでよ。」
「むぐ・・・!何を言いますルーナ。甘いものは正義です!甘味の前では美人など、いかほどの価値がありましょうか・・・!おかわりです!」
「はやっ!おかわりないよ!?というか、クリームだけでよく食べれるね・・・」
ルーナと呼ばれた少女は、綺麗に拭われてピカピカになったボールを受け取り
呆れたように自らのサポートキャラを見た。
「コーラなどは研究中もよく飲んでいましたが、本格的な甘味を食べたのはルーナのサポートになってからが、初めてです。まさか、こんなにも美味しいものが世の中にあるとは・・・。私はルーナのサポートになれて幸せです。というか甘味の研究がしたいです。もう異世界とかどうでもいいです。」
「え、そ、それは困るけど・・・。しばらくはお菓子系を中心に創造していこっか?私の目的と、そう遠くはないわけだし。一度記録できれば、あとはいつでも創造できるでしょ?」
「ぜひっ!!!!!!!!」
「じゃあ、とりあえずうどん粉をお願い。うどんと並行して、うどん粉を使ったお菓子を作ってあげる。」
「イエス、マイロード!!!」
なんだかなぁ、苦笑しつつ、レティシアがうどん粉の検索をしている間に
クリームを使ったお菓子のレシピをいくつか思い浮かべておくルーナであった。
VRNo.1042、ルーナ・ルーチェが創造する世界。
そこは、現実にある調理室を、ものすごく広くした部屋が広がるだけの
MMOとしては拙すぎる世界だった。
だがシステム面、特に料理関係の素材アイテムの定義、スキル等に関しては
他のVR世界を遥かに上回って充実していた。
まずサポートキャラクターであるレティシアが知る食材、調味料等を
食料庫に全て創り、食料庫を「インベントリ」として、編集。
欲しい食材を検索して取り出せるようにし、
ルーナが知る料理を適当に作っていく。
そして、「あればいいな」と思った調理器具やスキルを創造していく。
また、足りない食材等があればルーナが現実に帰り、
その食材の質感、味、温度、見た目などをじっくりと体に覚え込ませてから
VRに戻り、創造して補完してきた。
また、基本的に重力、質量、部屋の材質等は現実と同じにしているが、
やはりサポートキャラは大気をなくしたいのか、酸素という概念は消えていた。
火は火として存在しており、酸素が燃焼した結果、という概念ではなくなっている。
おかげで大気が熱伝導を起こさないため
中華料理など高火力を使う料理でも暑くならないし、
皮膚を熱に強くしたら火傷もしない。
ルーナとしても便利なことこの上ないので賛成したのだが。
そうして、VRTが実装されてからひたすら料理を続け、
実験を繰り返して改良してきたのがルーナの世界だ。
こと料理に関して、他に追随する世界がないのも当たり前だった。
「おや?」
「ん、どうしたのレティ?」
「お客さんですね。ほら、クリームを創る前に、この世界を公開設定にしたでしょう?」
「ああ、そうだったっけ。でも現実でいえばまだそんなに時間たってないよね?」
「ええ。なので私達と同じように、時間加速を使った世界の方でしょうね。」
「そっか。・・・うぅ、ちょっと緊張するなぁ。」
「んー・・・大丈夫そうですよ。サポートキャラだけで来るそうです。主は現実世界のほうへ帰還中で、空いた時間に他の世界を見て回ってるようですね。よろしければ承認しますが?」
「あ、そうなんだ・・・。じゃあお茶請けはクリームのお菓子がいいかな?」
「それなら間違いないと思いますね。ええ、そうしましょう。いえ、決して私が食べたいわけではじゅるり。」
よだれでてるけど・・・。
まったく、こんな食いしん坊キャラだったかなぁ・・・と思いつつ
先ほど定義したばかりのクリームを創造し、加工していくルーナだった。
気軽に他人の世界に遊びにきてしまったサクラ。
しかし、そこには甘味という、サポートキャラを一撃で仕留めてしまう
最終兵器が存在する世界だった。
クリーム菓子という最凶の兵器を前に、サクラは正気を保っていられるのか!
次回へ続く。