第一話 無能と天才と騎士と 1
つまらない話をしよう。
俺ことトウマ・セイガヤとその父親の話だ。
俺が生まれたセイガヤ家は代々武術家の家系で、田舎の村だけどそこそこ大きい道場があった。
――まあ、門下生なんて俺が生まれた時にはいなかったらしいけど。
親父が俺と疎遠になる前――五歳かそれ以前の話になるのだが、全部は親父のせいらしい。
親父は俺とは違い、肉体にも武術的才能も恵まれていた……だが、そうなるとこんな田舎の道場じゃ物足りなくもなってくるので、父――俺にとっては爺さんの制止も聞かずに若かった父は家を飛び出したそうな。
当時、劣悪な環境のギルド――ランク分けも戦士ギルドや魔法使いギルド等にわかれてもいず、市民や国の依頼をギルド・メンバー登録したなら誰でも受けられたため、血気盛んな若者の初心者たちがモンスター討伐に向かい万単位で死んだらしい……当時の若者たちはバカだったんじゃないか? と思わなくもない。
そのギルドに登録した親父だったが、同期では頭一つ抜き出ていたため死ぬようなことは無かった。まあ、俺が生まれているわけだしな。
親父はそのまま王都のギルドでもエースとして活躍し、母さんと出会い、結婚の報告をするため十年ぶりに田舎の道場に帰った。
――待っていたのはボロボロに朽ち果てた道場と、父親の墓だった。
親父は期待していたのだ。自分の名前が売れれば田舎の道場だって繁盛していると。門下生がたくさん集まっていると。
結果は――御覧の通り。父親は死に、その時いた門下生は師がいなくてはしょうがないと門下生をやめていた。
――じいちゃんは親父が帰ってくる五年前に死んでいたらしい。本当なら親父を呼び戻して師範として道場を手伝ってもらい、家を継いでほしかったに違いない。けど、王都での活躍を聞けば、自分の都合で呼び戻すのは……
近所の人たちに、息子の邪魔になりたくないから死んだことを知らせずにいてほしい……とすら言っていたようだ。セイガヤ流を広め伝えることを何よりも大切に思っていたじいちゃんは結局のところ、息子の人生を優先させたのだ。
――それから親父はギルドを辞めた。まだ若かったし、これからも続けていれば歴史に名を残していたかもしれないと言う人も多かった。だが、親父には朽ちた道場と父親の墓を見て、そんな未来を思い描けるほど心が強かったわけでも、人で無しでもなかったらしい。
まあ、うまくはいかなかったけど。俺が五歳の時に門下生がゼロな事を考えれば、親父が道場経営とかが壊滅的にダメダメなのは言うまでも無かった。
若い頃に好き勝手やったツケが回ったのだと言っていた。ギルドで稼いだ金で道場を復活させたのは良いが、辞めて行った門下生一人一人に会いに行ったが、家を飛び出して好き勝手やっていた父親の言うことを聞く奴など誰もいなかった。
みんなじいちゃんを尊敬していた。だからこそ、やせ細り衰えて行く師の姿を見ながら、なぜあいつは帰ってこないのかとみんな怒り心頭だったのだ。じいちゃんが言いつけたせいで誰も王都の父親に文句を言うことすらできなかったが。
そんな父親に付いてくる奴など誰もいなかった。俺もごめんだと思う。ちょっと腕が立つからって家を飛び出した奴に、今さら帰ってこられて師匠面されても溜まったものじゃない。逆に王都で名を上げてしまったこともみんなの反発を招いていた。
田舎だから余計に人も集まらないし。かと言って村人には自業自得だと……村八分にされることは無かったけど、かと言って村人にも好かれていたじいちゃんを放って王都で好き勝手した父親に武術を教わりたいと言う人間がいるわけもなく。
――結局、門下生などできなかった。ギルドでいくら名を上げようと、わざわざ田舎の道場に通いたいと言う人が出ることは無かったのだ。
さらなる追い打ちは――まあ、俺だろうな。
武術の才能に恵まれて魔法の才能がいまいちな親父と、魔法の才能に恵まれて武術の才能が壊滅的な母親の悪い所を集めたような俺が生まれたのである。泣きっ面に蜂だったろう。正直、スマン。
まあ、健康に問題は無いし。そもそも武術は才能の無い人間が才能ある人間を超えるために生み出した技術だ。才能の無いのは努力で埋めることができると父親はその時そう思っていたし、俺にもそう言っていた。
春の五歳の誕生日がきて一ヶ月が経った頃だろうか……遠い遠い親戚が子供を遺して死んだと言う話が、夕飯の時に親父の口から出たのは。
そして――その子供を引き取ろうと言う話をした。
うちには人(門下生)はいないが、親父がギルド・メンバー時代に稼いだ金と母親の実家が超っっっ金持ちなため資金繰りには困っていなかった。
親父としては卑怯ながらも、子供が増えれば金は取れないが門下生が増えると言う算段があったのかもしれない。母親も子供好きだったので賛成していた。
そして運命の日。いや俺が勝手に言っているだけだけど。
父親が家を出て行って十日後――今日から家族になる女の子を連れて帰ったその日のことだ。
俺に一切の武術を教えることはできなくなった……と。
引き取ってきた少女は、見ただけでわかるほど武術の素養に恵まれた超天才児だったらしい。俺には俺より二歳年上なのにちっちゃくて可愛い女の子……目と髪の色が俺と親父と一緒の黒だったので、親戚なんだろうなということは分かっただけだった。
お前はもう跡取り息子じゃない……今日から自由に生きていていいと。ただしもう、道場に入ることは禁ずる……と。
キレたのは……母親だった。母親が怒ったことを見たことが無かったのでその時のことは良く覚えている。
俺は……俺は……「わかった」と言ったのだ。五歳児ながら物分かりの良すぎる子供だった。物分かりが良すぎて……本人の俺ですら当時の俺の気持ちが理解できないほどに。
やる気が無かったわけじゃない。俺はもう覚えてすらいないが、五歳になる前からセイガヤ流を継ぐんだ、と走って修行とかしていたらしいし。そして、そんな姿を見ていたからこそ母親は俺の代わりに怒ったのだし。
そしてその日から、俺は村の外れで拳を振るうようになった。
悔しかったのか、悲しかったのか、認めてもらいたかったのか、それともいずれこの姿を見つけてもらい道場に入ることを許されたかったのか……どちらにしろ女々しい事に変わりは無い。
もう覚えちゃいないんだ。そんなこと。
母さんが怒ったことが印象的でそこら辺の前後は良く覚えているが、それからのことは良く覚えちゃいない。
だから十歳過ぎた頃には――あれ? 俺何でこんなところで突きの練習してんだろうと疑問に思ったほどだ。
まあ、五年も毎日やり続ければやらないと気持ち悪くなるし、それからは惰性で続けていた気がする。
――いや、すまん、ウソ。結局のところ――セイガヤ流は継げずとも、子供の頃に思い描いた武術家と言う存在になりたかったんだ。
……まあ、それも十五歳の時になれないと悟ってしまったのだが。
俺は拳を振るうことをやめた。
そして――
「――と言うわけで容疑者トウマ・セイガヤを王都まで連行します」
どうしてこうなった?
俺はガチャリとなった両手首の手錠を見ながらそう思った。
うん……主人公視点だと父親がえらい最低な人間ですね。第三者視点(村人など)でもそうでしょう。でも本人の視点だと……どうなんでしょう?
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ロボよろでは感想の質問への返信などは番外編を通して行っておりますが……こっちでも同じような感じにするかは不明です。出張コラリスの部屋も案の一つとして考えていたり、いなかったり……
それでは次回で。