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プロローグ

 新シリーズ始めました。どうかよろしくお願いします。

 ――そこは地獄だった。

 地獄など見たことは無いが、人が生きていけない、苦しんで死ぬしかない場所と言うのが地獄と言うのなら、まさにここは地獄だった。


 草と大地が燃えて焦げ付く。何とも言えない異臭。

 深呼吸しただけで気管が焦げ付いて死にそうな世界。空を見上げて星が輝いているのを確認しないと、今は夜だと言うことを忘れそうになるほど辺りは炎の灯りで満たされていた。


 今までは火の粉と炎は綺麗なものという認識だったが、ここに至ってようやく俺は野生動物がこれらを見て逃げ出す本当の怖さと言う奴を文字通り肌で感じていた。

 燃えるテント。逃げ出す兵士。


 そう、ここは地獄となった草原の王国騎士の宿営地。

 誰も彼もが、死ぬしかないと理解した所で。試されたのは人の本質だった。

 地獄に立ち向かう者、逃げ出す者、あきらめてしまった者。


 関係ない。俺には関係ない。

 確実に言えるのは、俺がこの中で一番役立たずと言うことだけだろう。

 ――俺には才能が無い。そして、努力で伸ばした能力もない。つまり、言い訳も何も出来ない正真正銘の無能の役立たずだ。


 ゆえに、王都のギルド養成学校に行き、好きな料理でも勉強しようと田舎の村から王都に向かう途中だったのだ。

 生意気な同郷の少女と。頼りになる王国騎士との三人旅。


 馬車を使った村と王都を一直線の最短距離で突っ走るだけの簡単な旅だった――そう、そのはずだった……

 その途中で王国騎士団が野営しているのを見つけ、俺たちと旅していた王国騎士が口を聞いてくれ、見事久々にテントの仲とはいえ安らかな安眠を得られた……はずだったんだ。


 現れたのは山とも思える巨大なドラゴンだった。

 そいつが野営地に降り立っただけで地震が起きた。

 そいつが咆哮しただけで、燃えやすいものに火がついた。


 そいつが見下ろしただけで火が炎となって野営地を包んだ。

 そう、奴こそは地獄の根源だが、決してまだ攻撃行動は取っていなかったのだ。

 だが兵士と騎士の中には逃げ出す者が多くいた。


 無能な俺なんかとは違い、この炎の海の中でも生き延びる術を持っている連中のはずなのに。

 きっと無能な俺にはわからない相手の殺気とか怒気とかを敏感に感じ取っての行動だろう。


 逃げ出す者は俺の横を脱兎の如く駆けて行く。繋いでいた馬の方に向かう者もいたが、圧倒的強者の突然の来訪でいくら訓練された軍馬とて恐慌状態――あれでは近寄っただけで蹄で頭をかち割られてしまうことだろう。


 突如――轟音とともに突風が生まれた。俺はなすすべもなく吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。意識を失わなかったのは、痛みと火傷しそうな地面の熱さのおかげと言うのは何とも皮肉な話だ。


 グシャ――と。横に何かが落ちた。ああ……血だらけの騎士だ。きっと逃げ出さなかった人なのだろう。見事にひしゃげた盾と、砕けた剣を握り締めたまま倒れている。

 血が出ているのは……頭か。当然回復魔法なんて便利なものも、回復魔法を使わない治療なんてものも知らない俺は彼を見捨てるしか無かった。


 歩く。そう歩く。走ったら大きく呼吸をしないといけない。そしたら、この世界で魔法の恩恵を受けられない俺は死ぬしかない。だから歩く。

 そう、無能な俺には選択肢など多くない。才能ある奴は何手も手段を生み出せる状況でも俺には一つ――あっても二つ程度だ。


 だから歩く。無能な俺にはこれくらいしかできない。

 ――そこはまた別の地獄だった。

 ドラゴンに挑んだのだろう。そしてただの腕の一振りで全滅させられた騎士や兵士が倒れていた。生きているかどうかはわからない。少なくとも死んでいなくてもこんな場所に放っておかれたら間もなく死ぬだろう。


 ――まあ、そんなわけで。俺はドラゴンの前に来ていた。


『何だ、人間? 死にに来たのか?』


 デカイ口から紡がれる人の言葉。なるほど、やっぱりこいつが伝説の『紅龍』なんだ。

 この国じゃ嫌と言うほど聞かされるから俺でも知っている。この国には一国を滅ぼせるドラゴンがいると。最強の龍種がいると。


「えーと……逃げだら見逃してくれるんですか?」


 肯定してくれたら俺の数少ない選択肢が一つ増える。


『後ろから燃やされるか、前から燃やされるかの違いしか無いと知れ』


 ……誰だ? 紅龍が人間なんて蟻としか思って無くて、わざわざ踏みつぶしに来ることなんかないから大丈夫とかほざいたの。

 まあ、ともかく、俺がやることは決まったようで……


「じゃあ、後はあんたを倒すしかないな」

『…………』


 一瞬の空白の後、


『グ――ハッハッハッハッハー!!! 笑わせおるわ、小僧!』


 鼓膜が破れそうな笑いは、逆にあたりの炎を拭き散らしてくれて呼吸がしやすくなった。耳はものすごい痛いけど。


『人間には面白い奴がいる! 中には我を殺せる奴もいた! 英雄と言う人間とは思えないもの達だ! だが、貴様からは何も感じられん! そこらの騎士が持つ魔力も気も何もない! いや……長くお前らを見てきた我だから分かる。貴様には戦いに関する才能も能力も何もないっ!』


 ……まさかドラゴンにまで言われるとは思わなかった。だから料理を覚えようとしに行く最中だったと言うのに……


『なのに! そんなゴミが、我を倒すだと!? これが笑い話で無くて、何と言う!?』


 ……このドラゴン。偉そうだけどバカなのかな?


「あのさ、あんたバカなの?」

『……なに?』


 あ、つい言っちゃった。トラウマを抉られたため、俺も内心ではいらついていたのかもしれない。


「あんたの言うとおり、俺に戦闘に関する才能も能力もない。だからこの炎の海から逃げ出すことはできない。騎士や兵士を頼ろうにもあんたにおびえた奴は俺なんか無視して逃げてるし、頼りになりそうな人たちはあんたがぶっ飛ばしたし……」


 つまり……


「俺には、死ぬか、あんたを倒すしかないわけ。死にたくなんて無いから、あんたを倒すしかないんだよ。そんなこともわからないのかな?」


 そんな無駄な会話をしてしまったためか、もう喉もその奥の気管もかなりひりひりしてきた。身体も素肌をさらしている手とか顔とかヒリヒリを通り越して普通に痛い。


『ほう……あきらめると言う選択肢は無いのか?』


 ――その時、遥か高みにあるドラゴンのその瞳が初めて俺を直視した。

 俺はその黄金の眼を見る。睨み返すなんて力の無駄……と言うか、今、目をまともに開けたら焦げて失明するので出来ない。普通に見つめ返した。


「ああ……それだけは子供の頃から中々出来なくてね。女々しいとか、無駄とか、無能とか、いろんなこと言われても等々この年齢になるまで出来なかった……だから、俺のこの場での選択肢はあんたを倒すしかないわけ」


 何か生き残っている騎士たちが「……にげ……ろ」だの「ばかな……やめろ」とか言っているが、俺の話を聞いてなかったのかね? 単純な魔力障壁も張れない俺はここから一人では逃げ出すことができないって。


 ――そう、単純な話だ。1+1=2でしかないように。俺ことトウマ・セイガヤにはそれしか無いというだけだ。

 だから迷う必要などない。迷える選択肢が無い。


 だから恐怖など感じない。出来なければ死ぬだけだ。

 死にたくないけど恐怖を感じないと言うのは矛盾しているように思えるけど、俺にとってはそれが普通だ。


 あきらめたくてもあきらめきれず。生きているようで実は死んでいたような人生。今回の王都行きはそれらと決別するためとも言えた。そんな人生だったから、俺は死に方すら意識するようになった。


 少なくとも。こんな伝説の巨大なトカゲ野郎にわけもわからないまま殺されるのはまっぴらごめんだと。

 だから、トウマ・セイガヤは迷わない。迷えない。ゆえに――だから――


「あんたを倒す」

『……いいだろう。貴様はここでシネ』


 GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!


 咆哮だけで死にそうになりながら、俺は奴がここに降り立って初めて使おうとしている必殺のブレスの構えに……いつも通り両手を顔のあたりまで持っていき、握りこぶしをつくる。


 その瞬間――ドラゴンは己の四肢の全ての力を使って後方へ飛びのいた。盛大な土煙りと爆風の様な衝撃波が俺を襲った。だが……俺の構えを壊すほどのものじゃない。


『――!? 我が……逃げた……だと!?』

「ありがとう」

『っ!?』 


 俺の心の底からの呟いた礼に、ドラゴンは反応する。あの巨体にしてどんだけの地獄耳何だか……まあ、聞こえているなら独りごとにならずに済む。


「あんたのその反応で、俺の『コレ』があんたにも通じることが分かった」

『キ、キサマは……キサマはー!?』

「ただのパンチ。ただの突きさ。俺の家は武術道場なんだけど、あいにくあんたの言った通り俺には才能の欠片すら無くてね。跡取り息子の座も突如として現れた才能の塊みたいな義姉に奪われて、道場への立ち入りすら出来なかった――」


 それゆえに。密かにあきらめきれず振り続けていたこの拳。その突きは、見るもの全てを『失笑』させるものだった。

 当たり前だよな……才能が無い奴が独学で拳を振り続ければ、重心も何もあったものじゃない。フェイントも交えられず、身体の力も伝えられず、他の技も無いから初撃が躱されたら、カウンターでやられるしかない……そんな素人の拳。


 あからさまなファイティングポーズから繰り出されるその突きこそは――


「いくぞ――」

『か――神技使いだとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』





 むかしむかし。あるところに。武術の才能の欠片もない男がいた。


 どう教えても突きくらいしかまともに繰り出せなかった男に、師範はそれだけやってろと本人が諦めるまでやらせることにしたんだそうな。


 一年、二年、三年――十年。 

 

 教えていた弟子たちが一人前の武術家として羽ばたく中、その男は道場の片隅でいつまでも突きを繰り出し続けた。


 それに気づいたのは必然か、偶然か。


 師範はさすがに見てられないと男をやめさせようとした。


 一日たりとて休まずに突きを繰り出す男は町の名物扱いされバカにされ、十年と言う月日の中、情もわいた師範には十年を無意味だと知らせることより、そっちの方が酷だと思った。


 だがやめさせることができなかった。当たり前である。 


 その突きが無駄だと。その拳を止めようとしたのだが……武術にその生涯を費やそうとしている師範ですらその拳を見きることができなかった。


 試しに他の弟子たちに試合をさせてみたんだそうな。


 一人目……胸を突かれてあばらを砕かれ重傷を負った。


 二人目……いくら突きが速くても、目線と構えで狙いどころはばればれだと気付いた二人目は最初から防御をして……防御ごと砕かれた。 


 三人目……三人目は防御できないなら避けようと……あんな分かりやすいタイミングならば避けられると思い……砕かれた。


 四人目……四人目は駆け引きをしようとした。フェイント、殺気、視線による誘導から体内の気の動きすらも騙して男にこちらの動きを誤認させて動きを鈍らせようとして――砕かれた。


 滑稽なのは四人目だった。フェイント? 殺気? 視線による誘導から体内の気の動き? そんなのがわかるくらいなら、師範に早々に見限られて突きの練習しかさせてもらえないわけがないだろう。


 簡単な話。男には四人目が何をしているのかすらわからなかっただけ。


 そう、バカみたいに十年間同じ突きを繰り出し続けた男の踏み込み、突きは共に神速の領域へ踏み込んでいた。


 突きしか出せない。ゆえに最強となってしまった。


 わかるだろうか? いくつの時代、幾万の武術家達が研鑽と血のにじむような特訓の末に生み出していた技や駆け引きが、たった一人の才能の無い男が全てを無にしていく光景が。


 単純ゆえに最速の突き。神速の領域で繰り出される拳を避けることも防ぐことは不可能。


 武術の才能がまったくなく、他の修行もしてこなかったために。相手のフェイントなどにまったく引っかかることが無い――と言うより出来ないと言う出鱈目さ。


 そして覚悟。男にはわかっていた。自分の拳が避けられた時が自分の負ける時だと。駆け引きも他の技も出来ないと言うことは、連続技や防御などが出来ないと言うこと。初撃で仕留められなければ負けるとわかっている男に油断など出来るはずもない。


 そう。ここに化け物が生まれたのだ。


 突きしかできないゆえに、全ての格闘家の上を行ってしまった男が。


 その名を『二の打ち要らず』。


 全ての敵を一撃で仕留めるその男はそう呼ばれた。単に、二の打ちが出来ないだけだったのに。




 それはとおい、とおい、お伽噺のはず……だった。今では誰も覚えていないお伽噺。


 この男と違い、突きすら教えてもらえなかった一人の少年の手によって。


 後に『二の打ち要らず』と呼ばれる戦闘の才能がまったくない少年の伝説がはじまろうとしていた。



 読んでいただきありがとうございました。作者の別シリーズ『ロボゲー・オンラインにようこそ!』が終わるまでこちらの更新は遅くなってしまうと思います。よかったらロボよろのほうも覗いてみてください。

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