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白雪姫とヴァンパイア  作者: 澪川夜月
第一章 斯くて世界は廻り出す
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幼馴染み(2)

「でも、どうしたの? ユエくんが何か……」


 ユエくんのことを私が話すよりも先に口にしたってことは、朔ちゃんが占った内容に関係してたからなんだろう。じゃあ、それは一体何について占ったのか。首を傾げる私のことをじっと見上げてから、朔ちゃんは静かに目を伏せた。


「……以前から、予兆があったから……」

「予兆……?」


 端的に紡がれた言葉じゃあ、私の理解が追い付かない。鸚鵡返しをするだけの私に、朔ちゃんはそっと目蓋を上げる。少し低い位置に向けられたままの瞳には、まるでどこか遠くを見つめているかのようだったけど、きっと何も見えてはいないんだろう。朔ちゃんが今見ているのは、きっと何か別のもの。


「……良い人だろうとは思っていたけれど、確認しておきたかったの……」


 前置きのように小さくそう呟いて、朔ちゃんは改めて顔を上げた。

 少し低めの位置にある澄んだ青い目が、真っ直ぐに私のことを見据える。その真剣な眼差しと深い色に、吸い込まれそうだな、なんてぼんやり思っていれば。



「――姫と、最高の相性を持つ相手のことを」



 ぽつり。静かに紡がれた言葉の意味を、最初は理解できなかった。


「…………え……?」


 呆然と、なんて表現すらできない。自然と零れ出た声にすら後で自覚する程に唖然としたまま、私はただ朔ちゃんを見つめる。

 私の視線を受けた朔ちゃんは、きっと私の反応を予想してたんだろう。再び目を伏せがちにしながら、その小さな手を上着のポケットへと入れる。


「私も見るのは初めてだけれど……そう、カードに出たの……」


 説明しながら静かに取り出された手の中にあったのは、トランプ大の一枚のカード。

 裏側をじっと眺める朔ちゃんの顔は微かな笑みが浮かんでいて、柔らかさを帯びたその眼差しはどこか愛おしそうにも見える。嬉しそう、そう表現してもきっと間違いじゃない表情に、その結果が朔ちゃんにとって喜ばしいものだったんだと言われなくても感じ取れた。

 そうして、ゆっくりと私に差し出されたカードを私も無言で受け取った。柄とは反対の面を確認すれば、そこに描かれているのは二人の子供。白と黒、それぞれ相反する色の服を纏い、同じ色の羽が背中に生えているから、もしかしたら天使か何かなのかもしれない。向かい合い、お互いの額を寄せて手を取り合っている二人の表情は、とても幸せそうな満面の笑顔。


 正直、朔ちゃんと違って占いのことなんて私には何も分からないから、絵柄を見たところで詳しいことは読み取れない。でも、このカードにはきっと悪い意味なんて少しも込められてはいないんだろう。……その程度のことは、私にもすぐに伝わってきた。占いの結果とか、それが出ることの珍しさとか。そういう詳しいことは抜きにしても、このカードの絵柄は見ていて何だかほっとする。全体的に淡い色合いなことも手伝って、深い温かさが感じられるからかもしれない。

 微笑ましい、とでも表現すべきなのか。眺めてるだけで思わず私の口角が上がったのに、朔ちゃんも気付いたんだろう。ふ、と、目の前にいる朔ちゃんの唇が緩む。


「……仲良くなるわ、絶対に」


 普段よりも柔らか味を帯びた声音。普段はほとんど調子を変えない朔ちゃんの珍しいそれに……そして何よりも告げられた内容に、私は何度か瞬きをした。

 ぴんとこない、っていうのが、きっと表現としては正しいんだろう。言われてることの意味は分かる。けれどもすぐに、そうなんだ、なんて返せる程の経験が私にはない。疑うわけじゃない、けれども信じられないような気持ちがどこかにあって、私は朔ちゃんの青い双眸をじっと見つめた。

 絶対に――そう断言した朔ちゃんの目は真っ直ぐで、嘘なんか少しも含まれてない。言い聞かせるようなその瞳を見つめ返して、私はようやく朔ちゃんの言葉を飲み込めた。


「……本当?」

「ええ、本当よ……」


 こくりと頷く朔ちゃんは、やっぱり本気の目をしてる。はっきりと肯定されたその内容に、私は自分の頬がだんだんと緩んでいくのを感じた。


「……初めて……」


 ――初めてだ。そんな嬉しい結果が出たのは。

 そう思うと、じんわりと胸の辺りから温かなものが込み上げてくる。

 友達が多い方じゃないってことは自覚してるし、人付き合いが上手くないのも分かってる。それを反映したように、朔ちゃんの占いはいつも私に注意を呼びかけるようなものばっかりだった。

 だからこそ、初めて耳にする未来を告げる内容に、喜ばずにはいられない。いつも的中してただけに、余計に。


 そう、期待に胸を膨らませているのが朔ちゃんにも伝わったんだろう。ちょっとだけ口角を上げた朔ちゃんは、そのまま静かに目を伏せた。


「だから、私と姫が頻繁に二人でいられるのも、今が最後……」


 呟くような小さな声。聞こえてきた言葉に、私は一度思考を止めて朔ちゃんを見る。

 どこまでも落ち着いた空気を纏いながら、朔ちゃんは開いた瞳に地を映したまま、そっと唇を開く。


「……これから姫の周りには、色々な人が集まるの……」

「色々な人……?」

「ええ……」


 まるで予言のような……いや、実際予言のようなものなんだろう。朔ちゃんが口にした言葉を、私はただ漠然と耳に入れるだけで。


「……本当に、色々な……」


 そう続けた朔ちゃんの口調は、どこか重みの感じられるもの。

 内容自体ははっきりしないものだったけど……変わった人達ってことなのかな。内心首を傾げる私に改めて目を向けた朔ちゃんは、小さく口角を上げた。

 それは、ほんの少しだけ寂しげで。


「私が簡単に独占できるのも、今日で最後ということよ……」


 ぽつり、落とすように零れた言葉は今の私とかけ離れていて、いまひとつぴんとこない。

 そんな私を見上げながら、朔ちゃんは、ふ、と、吹っ切れたような表情を浮かべた。


「でも、良いことだわ……」


 穏やか、と表現すれば良いんだろうか。微笑する朔ちゃんを私がまじまじと見てる中、まるで眩しいものを見るかのように朔ちゃんは僅かに目を細める。

 そうして数秒の間私を見つめた後、長い睫に縁どられた目蓋をそっと閉じていく。


「私が選んだのだもの……それが正当な評価……」


 朔ちゃんの呟いた内容は、まるでそれがあるべき姿だって言ってるみたいで……私は内心違和感を覚えざるを得なかった。

 いくら思い返してみても、私の立ち位置はさっきの教室のときと同じ、大勢のグループにちょこっとだけ参加してる程度。朔ちゃんに呼ばれればいつでも抜けて大丈夫で、特に問題があるわけじゃない。地味だっていうのは自覚してるし、目立たずにいる方が自分に合ってるのも今までの経験で分かってる。そんな中で、突然私の周りに人が集まるって言われても、今の状況とかけ離れすぎていて想像ができない。


 私の居場所は、あくまで一番外側だ。何となく一緒にいて、程々に参加させてもらって……自分が害になることもない距離で、適度に関わっていける位置。それを変えたいとも、変えようとも思ってない。……変わるとも、思えない。

 だからこそ、朔ちゃんが決定事項のように口にした内容が、いまひとつぴんとこないんだろう。


「そう、かなあ……?」

「ええ……勿論」


 首を捻って、どちらかといえば否定的な気分にすらなっている私とは対照的に、朔ちゃんは迷うことなく首肯する。

 まるで未来が見えているかのような、自信に満ちた雰囲気で。


「多くの人が、他の誰でもない……姫の周りに集まるの」


 確信を抱いている、口調。それは占いの結果がそう出たから……っていうことだけじゃない。他にも何か理由を、根拠を感じさせるものだった。

 ただ、それが何なのかは私には分からないけれど。


「姫は、大勢が嫌いではないでしょう……?」

「うん……それはそうだけど……」


 一人が嫌いっていうわけじゃない。昔から一人でいる時間が多かったこともあって、他の女の子達よりはそういう時間に慣れているんじゃないかとも思う。けれども、だから賑やかなのは嫌なのかと言えば、決してそういうわけでもなくて。

 大勢は、好きだ。それは見ているだけで楽しい程に。

 賑やかなのを、盛り上がっているのを、外側から見つめて……羨ましくも感じながら、それでもそういう人達の笑顔を見ているだけで、幸せな気分になれるから。

 だからこそ戸惑いながらも否定をしなかった私に、朔ちゃんは小さくふわりと笑った。


「そう……だから、姫に早く知らせようと思ったのよ……」


 どこか楽しげに響く声。私よりもその状況を喜んでくれているように思える朔ちゃんの様子に、私はつられるようにして徐々に口元を緩めていった。

 正直、未だに朔ちゃんの言う占いの結果はピンとこない。けれどもそう。それが実現するか否かよりも、そういうことを私以上に喜んでくれる友達がいるっていうことの方が、私にとっては嬉しい事実だ。


「ふふ……うん! ありがとう、朔ちゃん!」


 心からのお礼の言葉に、朔ちゃんは小さく笑ってくれる。そのことも相まってすごく嬉しくなる私に、朔ちゃんは小さく笑って首を傾げた。


「……姫」

「うん? なぁに?」


 傍から見てもご機嫌だろう表情のまま返す私に、朔ちゃんはちょっとだけその口元に笑みを浮かべた。


「男の子が相手で、相性が最高の意味……気付いているかしら……?」


 どこか楽しげな朔ちゃんの言葉に、私は小さく首を傾げる。意味って……その言葉の通り、仲良くなれるって意味……なら、そうは聞かれないはずで……

 けれども、じゃあ他には? なんて答えを探してみても、ぴんとくるものは何もない。


「えっと……」


 首を捻って考えても結果が変わることはなくて、私は言葉を詰まらせた。はっきりと言ってしまえば、朔ちゃんの尋ねてることの意図自体よく分からない。けれどもそれをはっきりと口に出すのも憚られて、私はちらりと朔ちゃんを見た。

 きっと、長い付き合いの朔ちゃんは、私のそんな思考の流れも予想できてたんだろう。にっこりと笑った顔からは、それが簡単に読み取れて。



「好きになったら、押していけ、ということよ……」



「………………うん?」


 押していけ、って……どういう意味なんだろう? ぱちぱちと瞬きを繰り返すこと数回。相変わらずにこにこと笑う朔ちゃんの表情は珍しくて、半ば現実逃避すらしかけた脳内で発言の意味を整理する。

 押していく……つまり、強気に行動する……ってことで……それは好きになったらで……好きになるっていうのは、つまり、この流れで言うならきっと……

 ぱちり。そんなピースの嵌る音が、脳内で響いたような気がした。


 思考が停止すること数秒。

 再び活動を再開させた頭が促したのは、瞬時に顔へと熱を集めることだった。


「え、あ…………えええぇぇぇぇっ!?」


 沸騰しそうな、っていうのは、きっとこういうことを言うんだろう。鏡を見なくても分かる。今、顔が正に茹蛸同然の色をしているだろうってことは。

 混乱しきった状態のまま、私はとにかく必死の体で首を思い切り左右に振った。

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