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白雪姫とヴァンパイア  作者: 澪川夜月
第一章 斯くて世界は廻り出す
7/21

幼馴染み(1)

 芸術系の授業に使われる建物の近くは、部活の朝練がないからだろう、この時間はいつも人が少ない。外に設置されている自販機に時折飲み物を買いに来る生徒がいる程度だ。そんな人気のない場所まで来て立ち止った朔ちゃんは、私の手を離した後で周囲に視線を巡らせる。そうする理由に心当たりがあったから、私も念の為に周りを見回した。

 校舎の壁に阻まれているのか、生徒の声は聞こえてこない。時折微かに男子が騒いでいるのが届かなくもないけれど、それもかなり遠いから、近くには誰もいないはず。

 朔ちゃんにもそれが分かったんだろう、私に向き直りながら、安堵したように本当に小さく息を吐く。


「……ようやく、他人がいなくなったわ……」


 呟かれた内容に、私は自分の予想が間違っていないことを悟った。

 ただそこにいるだけで人の注目を集める朔ちゃん。当然、会話の内容だって周囲からは気にされるんだろう。それに動じる様子はほとんど見せない朔ちゃんだけど、唯一つ、私以外の子の前では口にしない話題がある。



「……占いで何か出たの?」



 ――占い。

 私が推測で口にした言葉に、朔ちゃんは静かに首肯した。


「ええ……」


 ほんの少しだけ微笑を浮かべた朔ちゃんは、けれどもすぐにそっと目を伏せる。


「占った内容自体は、人がいてもそう不都合ではないのだけれど……」


 一つそこで区切りを入れた朔ちゃんは、ふう、と小さく息を吐いた。


「どうしても……占ったと言うと、奇異な目で見られるものだから……」

「朔ちゃんの占い、外れないのにね」


 朔ちゃんの言葉に首肯しながら、私はちょっとだけ苦笑する。雑誌を見たりする程度ならともかく、高校生ともなれば自分で占いをする子はほとんどいない。そこまで大袈裟に変な目で見る子もいないだろうけど、やっぱり占いは占いだ。尋ねたことはないけれど、朔ちゃん自身が気にしてるってことは、昔何か言われたことがあるのかもしれない。どうしたって、やっぱり朔ちゃんは目立っちゃうから。

 そういう私は、自分から進んで結果を調べたりはしないけど、聞けば多少気になる程度。

 ……っていうのは、他の占いの話であって。


「……そう、最初から信じてくれるのは姫だけだわ……」


 私を見上げて、その目元を和らげながら、朔ちゃんが静かに微笑した。その表情と言葉がちょっとだけこそばゆくて、私は少しだけ目を細める。

 朔ちゃんの口振りだと、まるで私が何でも信じることのできる純粋な子みたいだけれど、本当のところはそうじゃない。


「幼稚園の頃から、ずっとお世話になってるから」


 口にしながら、自分の頬が緩んでいくのを自覚する。

 朔ちゃんの占いは、昔から本当に――それこそ、超能力か何かのように――朔ちゃんの占いは良く当たる。だからこそ、私の中では絶対的に近い程の信頼の対象になってるんだ。

 もちろん、最初に聞いたのが幼稚園の頃だったことも理由の一つにはあるんだろう。あの頃は誰の話も信じてたから、当然朔ちゃんの占いの結果に対してだって少しの疑念も抱かなかった。でもそのおかげで助けられたことが何度もあるから、それで良かったんだと思う。


 何よりそれで、朔ちゃんが喜んでくれてるなら。

 これで間違ってないんだと、確信を持って言えるんだ。


「それで、何について占ったの?」

「今日の転入生……」


 私の問に短く答えて、朔ちゃんはこてりと首を傾げた。


「……姫の知り合いね?」

「うん。カロルさん……あ、お母さんの親友なんだけど、その方の息子さん」

「そう……」


 説明しながら一人記憶を辿っていけば、思い出すのはユエくんのこと。彼との思い出は少ない。考えを巡らせていけば、自然と行き着くのは今朝の衝撃的過ぎた一件だ。

 あの瞬間、微かに香ったバラの匂いを思い出す。カロルさんが纏っているものと同じ、甘くて優しい、私の一番好きな花の香り。そうして次に蘇るのは、触れた熱と、柔らかな感覚。

 ……鼓動がまた速くなる。とくとくと鳴る音がいつもより大きい気がしたのは、きっと思い違いじゃない。

 何とはなしに、左の頬をそっと抑えた。


 ――未だにそこから、彼の熱はなくならない。


 ……いやいやいや。気にしちゃだめだ、私!


 半ばぼんやりと思いを馳せていた私は、そこでようやく我に返って急いで意識を切り離す。ただでさえ印象的過ぎるあの一件ではあるけれど、この後すぐに彼とクラスで再会することになるんだ。ユエくんの方は全く動じてなさそうだったし、私一人が動揺してるのもおかしい……というよりも、何だか少し悔しいから。

 とにかく今は気にするなと自分に言い聞かせつつ、そっと頬から手を離す。一向に消える気配のない熱には、精一杯気付かないフリをすることにした。


「私とは会ったことがあるみたいなんだけど……朔ちゃんは知ってる?」


 改めて、私は抱いていた疑問を口にする。

 幼馴染である朔ちゃんだったら、もしかしたら……なんて、ほんの少しだけ期待を込めて朔ちゃんを見つめた。


「昔は日本にいたみたいだから……幼稚園とか、小学校の頃遊んだときに会ったこととかあるかな?」

「どうかしら……名前と特徴は……?」

「赤城ユエくん。フランス人と日本人のハーフで、銀髪に、灰色がかった薄い青色の目の男の子だよ」


 思いつく限りの、昔から変わっていなさそうなユエくんの特徴を挙げていく。実際のところはどうなのかは分からないけど、髪の色や目の色はそうそう変化はないはずだ。

 けれども朔ちゃんは少しの間を置いてから目を伏せると、静かに首を左右に振った。


「……残念だけど、私の知る限りでは、同年代でその特徴の男の子はいなかったわね……」

「そっか……じゃあ他の幼稚園だったのかなあ……」

「もしくは、小学校に入学してから出会ったのね……」


 朔ちゃんの返答に、彼の少ない言葉から得たヒントをもう一度整理する。久し振り、そう口にしたってことは彼と私は既に会ってる。けれども私には記憶がない。彼程の相手を単純に忘れてる可能性は限りなく低いから、考えらえる理由は五年以上前にもなる"あの日"のこと。それ以降のことはきちんと覚えてるから、会ってるとすればあの日よりも前ってことになるんだろう。朔ちゃんも含めて家が近所の子は大体同じ幼稚園に通ってたけど、全員が、ってわけじゃない。マッチだってそうだったように、別の幼稚園に通っていた可能性だってある。

 ただ、小学校に入ってから……っていうのはどうなんだろう。少なくともカロルさんと私のお母さんは私の生まれる前からの知り合いだし、カロルさんはずっと日本にいたはずだ。小学校に入ってからだとすれば、随分遅い出会いな気がしなくもない。


 でも、そっか。朔ちゃんとは知り合いじゃないんだ。初めて知った事実は微かな期待とは裏腹なものだったけど、特別落ち込むこともなくすんなりと私の中に落ち着いた。小中学校こそ違ったけど、朔ちゃんとは幼稚園を卒園してからも頻繁に会って遊んでたから、名前くらいは知っててもおかしくないと思ったんだけど、世の中そう単純じゃないらしい。

 ふう、と息を吐いた私をじっと見据えていた朔ちゃんは、ふとその目を細めて視線を落とした。


「或いは、あの人が……」

「え?」


 朔ちゃんが何かを呟いたような気がしたけれど、生憎と声が小さ過ぎて内容までが聞き取れない。


「どうかした? 朔ちゃん」

「…………いいえ」


 首を傾げた私に対して、朔ちゃんはほんの少しの間を開けた後、ゆっくりと首を振って否定する。そうしてじっと私を見上げながら、何かを思案するように沈黙していたけれど、最終的に口元に浮かんだのは薄い微笑で。


「何でもないわ…………不思議な人のようだったから、少し気になっただけね……」


 "不思議な人"……朔ちゃんの口にした言葉に、思わず私も笑みを零した。聞く人によればあんまりな表現かもしれないけれど、限りなく正しいように思う。


「確かに、ちょっと他の子とは違うかな……何となくだけど」


 首肯することで朔ちゃんへと同意を示しながら、私は改めてユエくんのことを思い浮かべた。

 私の記憶にはいない知り合い。それだけでも私にとっては十分戸惑いを誘う相手ではあるけれど、それを除いてもユエくんは確かに"不思議な人"だった。例えば、雰囲気が、外見が、纏う空気が、物腰が。どれをとっても、今まで見てきた同年代の子達とは確実に違う。トクベツな子はマッチや朔ちゃんみたいに何人か知り合いにいるけれど、その誰ともユエくんは異なっている気がした。


 何が、と尋ねられたとしても、何となくとしか言いようがない。

 ――強いて言うなら、何もかもが違うようにも思えたけれど。


 まあ、あれだけ人間離れしている美人さんだ。実は人間じゃないんだって言われてもすんなり納得できる。……なんて、冗談染みたことを内心ちょっぴり考えてみる私に、じっと視線を当てていた朔ちゃんは、こてり。感情の読みにくい表情のまま、小さくその首を傾げた。


「……良い人そうだったかしら……?」

「うーん……うん、多分」


 ほんの少し迷ったことに他意はない。頷いた私には肯定することに躊躇いがあったわけではないけれど、彼の人柄を判断するにはあまりにも記憶の中に彼がいなさ過ぎるから。

 ……ちょっと朝の一件で最後にユエくんが見せた、ちょっぴりいじわるな笑顔が過ったのも、実は理由にあるわけだけど。

 でも、私にとっては大きなその事件を含めたとしても……



「悪い人じゃあ、ないと思うよ」



 覚えていなかった私に、嫌な顔一つ見せることもなく。むしろ理解を示す素振りすら見せた彼は、きっと優しい人なんだと思う。何より、カロルさんと旦那さんの間に生まれた息子さんだ。あの優しい二人に育てられたなら、早々悪い子には育たないはず。絶対的に信頼できる二人の穏やかな微笑を思い浮かべながら勝手に確信する私には、ふとまた新たな疑問が浮上する。

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