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#1


 乗り換えた新幹線に揺られる事数時間。到着地で猛は悪戦苦闘していた。


「(ひ、広過ぎる……!)」


 一口に「駅」と言っても、その規模はピンキリである。

 ホーム、改札口、露店、人、その他全てが、地元からほとんど出た事のない少年の想像を遥かに超えていた。土産や焼きたてパンの誘惑もあったが、未知の世界で迷子予備軍と化してしまっている今はそれどころではない。




 マップを頼りに構内を探索し、ようやく探し求めていた駅前のバス停へ通じるルートを発見した。目当てのバスにさえ乗ってしまえば、一先ず安泰……と思いたい所なのだが、握り締めた地図には「降車後徒歩4km」というふざけた案内。何故都会でそれだけの距離を交通機関が行き届いていないのか。

 そんな文句を垂れたくなるような奥地に聳え立つ、今回の目的地。


「王源学園、か」


 仰々しい名前を掲げる中高一貫の私立校。その高等部に入学するために、大荷物を抱えてわざわざ見知らぬ地まで足を運んできたのだ。設立から年は浅く、外観や設備にはそれなりの期待は出来るのだが、実際に見てみない事にはわからない。

 そう。今回が全く初見である。


 なにしろ、入学試験というものを受けていないのだから。




 きっかけは、昨年末に届いた一枚の封筒。


 その中身は、身に覚えのない「合格通知書」であった。

 通知書に記載してあった内容といえば、同封葉書の返送によって入学手続きが完了する事、学費免除及び学業における必要品の無償提供など、破格の条件と呼べるものばかり。その代わり、入寮が絶対条件との事。どの道、家から通える場所ではなかったのだが。


 それ以前に、怪し過ぎた。

 一度たりとも関わった事のない学校から、特待生同然の扱いを受ける理由が見当たらない。手の込んだ悪戯としか思えなかったし、そう考えるのが妥当である。

 調べてみると、王源学園は確かに存在していた。

 ただしオフィシャルな情報はほぼ皆無で、目に付いた内容のほとんどが伝聞や噂話。一部では都市伝説や、「日本中から有望な人材を集め、世界を蹂躙するテロリストとして育て上げる養成機関」などといった妄想全開のネタとして扱われる始末。結果、無法地帯のインターネットでは有益な情報は見つからず仕舞い。


 そうこうしている内に年明けを迎え、通知書の存在を忘れ始めた頃。




『初めまして。穂村猛さんですね?』




 第一声で、王源学園の人間だと思った。

 その直感は見事に的中、内容は入学意思の確認。非通知電話の主は若い女性だった。


 機会に乗じて色々と質問を投げかけたが、ほぼ全てに対して「お答えする事は出来ません」とのテンプレート返答。わかったのは桑原和美という彼女の名前だけ。

頭に来たが、相手の応対は一切隙の無い、丁寧且つ穏やかな口調。文句を垂れる気すら失せ、本題への回答は「気が向いたら入学してあげてもいいですよ」と意地悪っぽく伝えた。勿論、別のマトモな志望校があったわけなので、素性の知れない学校に進学する気など更々無かった。

 桑原氏もその程度で特に気分を害する事も無く、締めの挨拶に入ったのだが、


『ありがとうございました。それでは、本校でお会いしましょう、穂村猛さん。……いえ、』


 最後。声のトーンが急に低くなったのは、気のせいでは無かったと、今でも思う。




『○○○○○さん』




「――――ッ!!」


 その瞬間、心臓を鷲掴みされる錯覚に陥った。受話器越しに声を荒げて問いただしても、聞こえるのは等間隔で無機質な電子音のみ。

 結局、それが王源学園からの最初で最後の電話だった。


 その日の夜。布団の中で猛は、自分の名前ではない、けれども自分の事でしかないその名を、何度も頭の中で反芻し、反響させていた。

 何故、王源学園は知っていたのか。

 遥々、風の噂で届いてしまったのだろうか。

 知っていてなお、声を掛けてくれたのか。

 辛くて苦しくて隠したくて仕方が無かったものを、他人が嫌って避けて蔑んだそれを、受け入れてくれるというのか。


 翌日、書類一式を引っ張り出し、意を決して叔父に思いをぶつけた。一切の迷いは無かった。

 叔父はやはり面食らった様子で、しかし、笑顔で「それが猛の意志なら」と反対する素振りすら見せなかったのは、遠慮がちな甥の初めての我儘が嬉しかったからなのだと。

 勢いのままに葉書を投函した数日後、入寮日と丁寧な交通手段が記された手紙と地図が前回と同じように封筒で送られてきて――、





 現在に至る。



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