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「こんな時間にすみませんでした。それから、今までお世話になりました」

 

 感謝と謝罪の入り混じった言葉と共に、少年は運転席の叔父へ向かって深々と頭を下げる。

 出発と決別。その時はやってきた。


「何もしてやれなくて、すまなかったな。……本当にもう戻ってくる予定は無いのか?」


「はい。これ以上、迷惑は掛けられませんから」


 ハンドルを握り締めたまま、叔父は肩を落とした。短い間ではあったが、一人の保護者としての責任を務め上げてくれた人だ。そのまましばらく黙っていた叔父は、決心したように顔を上げた。


「そうか……。だがな、」


 そして、少年の眼を真っ直ぐに捉えて、続ける。


「これだけは忘れないで欲しい。誰が何と言おうと、私は君の味方だ」


「…………」


 少年は、何も言えなかった。

 それに対して叔父も何も言わなかった。それで十分だと言わんばかりに。


 やがて、「元気でな」と短く残して、叔父は去って行った。

 エンジンの音は遠ざかり、まだ街灯が点いている薄暗い街に黒のボディが溶け込んでゆく。

 その姿が見えなくなったのを確認して、無言で少年は歩き出した。早朝の静寂に包まれた駅で、キャリーバッグの車輪の音だけが空しくゴロゴロと響き渡る。




 ホームのベンチで待機していると、程無くして始発の電車がやってきた。

 重たそうに開いた扉の前で、少年は一瞬立ち止まってしまう。最後尾なので文句を垂れられる事はなかったが、車掌が不思議そうに視線を投げかけてきた。それ以上に、少年自身が自分の行動を不思議がった。


「(未練なんて、あるわけがないのに)」


 心の中だけで自嘲し、雑念を振り払うように車内へ駆け込む。注意を促すアナウンスが鳴った。


 少年は、振り返らない。

 ものの数秒で扉が閉ざされる。外界から、生まれ育った町から、完全に遮断される。やがて、ゆっくりと電車は動き出す。

 

 その瞬間、少しだけ叔父との会話を思い出した。最後まで澄み切った眼差しで、こんな自分の事を気遣ってくれた恩人の言葉を。

 たった一人だけど味方だと言ってくれる人がいる。それだけで、絶対に頑張れる。


 少年は、まだ振り返らない。

 加速して、加速して、加速する電車は、逃げるように進んでゆく。

 もう二度と戻らないと決めた、故郷から。




 穂村猛は、決して振り返らない。


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