第1話
頂を白く染め上げる程の高い山の麓、緩やかな傾斜を利用して造られた大きな街、周りは家屋よりも高い石の壁に守られ、街の最も高い所には西洋式の城が圧倒的な存在感を放っていた。
「敵襲!!敵襲だ!!」
街に響く声、一瞬の静寂の後、民衆が一斉に動き出す。しかし、皆がこぞって向かう場所は各々の家では無かった。石の壁の上、監視や防衛の為に作られた高台、そこに繋がる階段であった。
「慌てるな!二列で順番に進め!」
「押すな!落ちるぞ!」
階段の上でも下でも顔以外を鎧に包んだ騎士が高台に上りたがる民衆の誘導に忙しい。そんな壁の向こう、数十頭の巨大な熊の群れが土煙を巻き上げながら街に向かって一直線に迫っていた。
「開門!」
喧騒を切り裂く地鳴りのような低い声。正門へと続く緩やかな坂を下る一団、先頭の黒髪短髪褐色肌の屈強な大男が歓声を上げる民衆を立ち退かせ、青髪長身の男と笑顔が眩しい茶髪の青年が左右を固める。後ろには大剣を斜めに背負ったセミロングな黒髪のメイドが続いていた。
大歓声を受けながら一団は門を抜け、街の外で動きを動きを止めた大熊と対峙する。すると、一団の先頭にいた大男を押しのけて長い金色の髪の少女が姿を現す。
「すまんな…死んでもらうぞ」
決して声高らかに言った訳では無かった。しかし、その言葉は広く遠く平原を駆け抜ける。少女は細く白い腕を腰のベルトに付けたホルダーに突っ込む。中から取り出したのは翡翠色に輝くビー玉程の小さな玉。口元に近付け何かを呟くと玉を上へ高らかに放り投げた。
玉は上空で眩い輝きを放つと、一瞬で巨大な何かに姿を変えた。それは玉と同じ翡翠色の鳥、地面に付きそうな程長い尾は先端に近付くにつれて黄色へと色合いを変えていた。少女達一団の上空で羽ばたくそれに比べれば、眼前の熊たちなど虫よりもちっほけな存在であった。
「フーチェ、お願い」
背中に受ける民衆の歓声など全く意に介さず、自分たちより大きな存在に慌てだした熊たちを鋭く睨みながら言う。
『応よ…マイロード』
低く、声が響く。フーチェと呼ばれた鳥は翼を一度だけ強く、前面に押し出すように羽ばたかせた。それだけで突風が巻き起こり、熊達が抵抗する間も与えずに彼方へと吹き飛ばした。
「後は任せる」
「了解」
「遠いなー」
褐色肌の男と気だるげな茶髪の青年が続けて答えて、熊が吹き飛んだ方向へ歩き出す。長身の男とメイドもそれに続いた。当の本人は金髪をなびかせて颯爽と街へと歩いていく。
そんな彼女の肩を上空を飛んでいたフーチェが足でガッチリ掴む。そして、空高く舞ってしまった。
「ありがとう、フーチェ」
まるで獲物のように宙吊りにされながら、少女は乏しい表情のまま礼を言う。
『機嫌を損ねぬように善処しただけだ。気にするな、マイロード』
街の防壁付近に群がる民衆、先程のような“ショー”を見せられた後にその主役が一人で居ては揉みくちゃにされるのは火を見るより明らか。それを考慮しての行動であった。
少女は彼のそういった不器用な優しさが嫌いではなかった。
「次は持ち方も考えて」
『善処しよう』
感情の乏しい表情で街を見下ろしながら少女は家路を飛んでいった。