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半河童の佐吉

作者: 藻ノ かたり
掲載日:2026/09/28

昔々、川沿いの村に小夜という娘がおりました。小夜は泳ぎが得意で、子供ながらに大人顔負けの技量を発揮します。


でも、大人になった小夜は泳がなくなりました。その肌をあらわにするのを、本人も周りも良しとしなかったからです。


しかし小夜は、泳ぎたくて泳ぎたくて仕方がありません。そこで誰も見ていない月夜の晩に、一人で川へと出かけ、思う存分泳ぎを楽しみました。


そんな小夜を、両親は黙って見ていました。それくらいなら、許しても良いだろうと思っていたからです。しかしいつの頃からでしょうか、両親は小夜の様子がおかしいのに気づきます。理由を聞いても何も言いません。


それから何回目かの満月の晩、小夜はいつも通り川へと出向いた後、あとかたもなく消えてしまいました。溺れたのかも知れないと考えた両親は、村人にわけを話して必死に娘を探します。でも結局は見つからず、小夜は神隠しにあったのだろうと結論づけられました。これは明確な死を認識しないで済む、格好の言い訳です。


それから、五年の歳月が流れました。


ある日、小夜が突然村へと帰ってきます。その時、彼女は身ごもっておりました。両親も村人も、黙って彼女を受け入れます。皆、心のどこかで神隠しの存在を信じており、あれこれ詮索すれば祟りがあるかも知れないと思っていたからでした。


やがて小夜は出産します。生まれてきた赤ん坊は顔色が悪く、その肌は緑がかった青色に見えました。


赤ん坊は、佐吉と名付けられます。佐吉は病弱な見た目とは裏腹に、大変頑強に育ちました。またその泳ぎっぷりは、往時の小夜を上回っておりました。


しかし佐吉が泳ぎの得意なこと、肌の色が青白いことをもって”半河童”と揶揄する者たちもおりました。ただ”神隠しの子”と噂される彼を、表立って差別することは致しませんでした。


さて、村の近くには大きな川が流れています。それは恵みをもたらす一方で、よく氾濫を起こしました。そんな時、橋や堤の復旧作業には、佐吉の頑健さと泳ぎの達者さがとても役に立ちました。そういう微妙なバランスの上に、佐吉と村人の関係は成り立っていたのです。


ところが、そのバランスを崩す事態がやってきました。流行り病が地域を襲い、多くの村人が亡くなります。その中には、佐吉の祖父母や小夜も含まれていました。


人は人智で図れない出来事に出くわした時、原因を超自然現象に求めます。今回その矛先は、神隠しの子・佐吉に向けられました。彼をよく思わない一部の村人たちが、疫病を佐吉の責任だと言い出したのです。


普段は寛容な態度を見せていた多くの村人も、貧すれば鈍するとばかりに佐吉に疑惑の目を向けだします。しかし、佐吉を成敗するという話にはなりません。第一に佐吉は大変な剛力の持ち主であり、襲った方も只で済むとは思えません。そして何より、神隠しの子を葬るという所業に抵抗があったのでした。


そこで村人たちは考えます。自分らが出来ないのであれば、他の者にやらせればよい。村人たちは合議の末、代官所の役人に自分たちの代わりをさせる計画を立てました。


村の名主がなけなしの金で作ったワイロを渡し「村に妖怪の類と思しき者がいる。今まで恐ろしくて何もできなかったが、どうやら疫病の原因となっているらしい。どうか調べてほしい。そして……」と、訴えました。


代官所の方でも、まさか妖怪云々を信じた訳ではありませんが、ワイロにつられて村人の願いを聞き入れます。


しかし、一つ問題がありました。疫病は収まりつつあるものの、そんな状態の村に行きたがる役人などおりません。そこで、一人の侍に白羽の矢が立ちました。


彼は新瀬正蔵という三十がらみの侍です。彼は、依頼のあった村の出身でした。侍なのに、村出身なのかと思われるかも知れません。それには、次のような理由があったのです。


彼の父親は浪人で、かつては町で暮らしていました。ですが縁あって村の娘と夫婦になり、村へとやって来たのです。手習いを教える傍ら百姓の真似事もしていましたところ、息子の正蔵が生まれました。


そして正蔵が十五歳の頃、転機が訪れます。父親の親戚筋でどうしても跡取りを設けることの出来なかった家が、正蔵に白羽の矢を立てたのでした。村での生活が決して豊かとはいえない両親は、意を決して正蔵を養子に出します。そして正蔵を欲したのが、代官所役人の家柄だったというわけです。


しかし百姓と変わらぬ暮らしをしていた正蔵を、周りは冷たい目で見ておりました。代官所としては、まぁコイツなら疫病にやられても、はたまた神罰が下っても構わないだろうと思ったのです。


一方、軽輩の身の正蔵としては、命令に従うほかありません。養子という身の上も、大いに影響がありました。


上司に呼ばれた正蔵は「わかっておるな」と念を押されます。その言葉には”彼の者を妖怪の類として切り捨てよ”という因果が含まれておりました。それが村人たちの真の目的であり、ワイロの代償であったからです。


翌朝、正蔵は武家屋敷を後にします。しかし足取りは大変重いものでした。ワイロの片棒を担がされているという状況はもちろん、自分が理不尽に殺す相手、すなわち佐吉は正蔵も見知った顔であり、子供の頃は親しく川遊びをした仲であったからでした。


その頃、村では佐吉が一つの幸運に恵まれます。彼が所用で名主の家を訪ねた時、この恐ろしい陰謀を盗み聞きしてしまったのです。驚いた佐吉はすぐさま家へ取って返し、色々と準備をして身を隠しました。村を飛び出したいところですが、自分の肌の色を考えると、よその土地で生きていくのは困難であると判断したためです。


「ちくしょう。俺が何をしたっていうんだ」


佐吉の怒りは収まりません。あれだけ村のために貢献してきたのですから、無理もない話でしょう。しかし怒りが収まってくると、これからの暮らしに不安がよぎります。何を考えても、頭の中で堂々巡りをする状況が続きました。


その日は、天に満月の浮かぶ夜でした。心を落ち着かせようと、佐吉はなじみのある場所、彼お気に入りの川筋へとやってきます。そこは特に川底が深く、大きな岩がゴロゴロと突き出しておりました。佐吉でなくては溺れてしまう者が殆どでしょう。またここは、よく母と訪れた思い出の場所でもありました。小夜はなぜかしら、普通に見れば殺風景なこの場所に好んでやって来ていたのです。


「おっかぁ。俺はどうしたらいいんだ」


佐吉は川面に映った満月を見ながら、亡き母に乞います。


その時です。穏やかな流れに何かの音が響きました。


「おい。あんたは、佐吉か?」


水の中、いえ水面から少し突き出た何かが喋りました。


「な、なんだ?」


突然の出来事に、佐吉は驚きます。こんな夜更けに、しかも川の中より声がするのですから当然です。まさか村人や刺客のはずもありません。


「あんたは、佐吉か?」


声が再び問うてきます。


「そ、そうだ」


どうせ刺客に命を狙われる身です。佐吉は覚悟を決めて、謎の声に応じました。


「では、あんたの母親の名前は小夜だな」


突き出た影が再び問います。


突然出た母の名に驚きながらも、佐吉は、


「そ、そうだ。何故、おっかぁの名を知っている。お前は誰だ?」


と、やっとの思いで答えました。


「いいか、驚かないでくれよ。いまから、姿を見せるから」


そう言うと、影は川の中央にある大きな岩に這い上がりました。満月の光に浮かび上がったその姿は、緑の肌、少し尖った口先、そして背中には甲羅。決め手は頭の上の皿でした。


「か、河童!?」


影の正体はまごうことなき河童、男の河童だったのです。


こんな状況に陥れば、大抵は一目散に逃げ出すところでしょうが、佐吉は何故かその場に留まります。彼の心が、そう命じたのです。


「如何にも、私は河童だ。あんたに話があって、河童の国からはるばる来たんだよ」


突拍子もない話ですが、河童自身が目の前にいるのですから信用しないわけにはいきません。


「そ、その河童が、俺に何の用だ」


半河童とあだ名される男が問いただします。


問われた男河童の話は、おおむね次のようなものでした。


人間の世界とは違うところに河童の世界がある。そして、二つの世界は五年に一度つながるようになっている。二十数年前、河童の世界からある若い男の若河童が、興味本位で人間世界へと通路をたどってやって来た。


そこで偶然、夜、川へ来ていた小夜と知り合った。通路が閉じるまでの三ヶ月、彼らは親しく交わこととなる。最初は戸惑っていた小夜であったが、若河童はとても優しく、また当然ながら泳ぎの大変得意であったのが彼女の興味を引いたのである。


二人はいつしか、強く魅かれ合うようになっていた。だが、二つの世界をつなぐ通路が閉じる日は目の前だ。若河童は小夜に河童の世界に来た上で嫁になってほしいと頼み込む。迷う小夜であったが、彼女は彼の願いを受け入れた。


だが成り行きは、若い二人の思うようにはいかなかった。これまでにも河童の国へ来た人間が皆無というわけではないし、特段、迫害されたわけでもない。しかし、河童と人間が夫婦になるとなれば話は別である。多くの河童たちが、二人の仲に反対した。


しかし通路は既に閉じられている。さすがに元の世界へ帰れとも言えず、小夜は河童の国で暮らすこととなった。



「そ、それで、おっかぁは、どうなったんだ?」


佐吉が、たまらず口を挟みました。


「若河童と小夜どのは、諦めずに皆を説得して回ったんだ。しかし慣習というものは、容易に覆るものではない。


すぐに五年という月日が過ぎ去って、小夜どのは人間界に戻る羽目になってしまったんだ」


男河童が、すまなそうに言いました。


「なんだ。じゃぁお前は、それを詫びに来たとでもいうのか。だがもう遅い。おっかぁは死んでしまった」


佐吉が、悔しそうに吐き捨てました。そして、母がそんな苦労をしていたとはつゆ知らず、村で浮いた存在である母を疎ましく思うことさえあった自分を恥じました。


「本当に、申し訳ないことをしたと思っている。それは私だけではなく、私の父をはじめ、多くの河童たちがそうだ」


佐吉は、ピンと来ました。


「もしかして、お前のその父親っていうのが……」


「そうだ。小夜どのを、河童の世界へといざなった若河童だよ。


そして既に察しはついているだろうが、小夜どのは帰る時、既に父の子を身ごもっていた。


それが、あんただ。


もっともこれは、父が今際の際に初めて教えてくれた話なんだがな」


全てが、つながりました。


小夜の神隠しは、河童の世界へ行ったため。身ごもっていたのは、惚れた若河童と愛し合ったため。そして人間界へと戻ってきたのは、河童の世界を追い出されたため。佐吉が異常に泳ぎの上手いのは、半分は河童の血が流れているため。


「ま、まてよ。じゃぁ、お前は……」


佐吉が遅ればせながら気がつきます。


「そうさ、あんたと私とは、腹違いの兄弟だ」


衝撃的な告白です。しかし佐吉は、妙に納得がいく気持ちでありました。いきなり河童を見ても、さほど慌てなかったのは、血のつながりのなせる業だったのでしょう。


「だが、なんで今更なんだ。どうして、もっと早く来なかった。そうすれば、おっかぁだって……」


佐吉は男河童を責めました。もちろん彼に責任がないことは百も承知の上ですが、そう言わずには、いられませんでした。


「すまない。さっきも言った通り、そもそも小夜どのが身ごもっていたことを、父以外は誰も知らなかったんだ。二人の間での取り決めだったらしい。たぶん、父の将来を考えた小夜どのの心遣いだったのだろう。


父は数年後に河童の女性と祝言をあげた。それが、私の母親というわけだ」


さもありなん。


佐吉は、小夜の優しい笑顔を思い浮かべます。そしてここが母のお気に入りだったのは、若がっぱと睦まじく過ごした思い出の場所であったからなのだと察しました。


「そして最近、父が亡くなった。その時に全てを家族に話したんだよ……。


最初は、ビックリしたさ。


だけど家族でよく話し合った結果、ひどい仕打ちをしたことを謝って、腹違いの兄ともどもこちらの世界に迎え入れたいという結論に至ったんだ」


男河童が、佐吉を見つめます。


「だ、だけど、周りの河童たちはどうなんだ。おっかぁを追い出した連中は……」


「昔とは状況が違う。もっとも父が色々と働きかけて、人間への偏見を少しずつ和らげていったんだがな。


今思えば、それは小夜どのに対する罪滅ぼしの意味もあったんだろう」


過去の説明は終わりました。そして話は本題へと入ります。


「さっきも言った通り、私は小夜どのとあんたを迎えに来たというわけだ。しかし、小夜どのは既に亡くなっている。


どうだ。あんただけでも河童の世界へ来る気はないか? 決して、粗略には扱わないと約束する」


突然の申し出に、佐吉は戸惑います。


それを察したかのように、男河童は、


「私は短時間なら、身を隠せる術を心得ている。ここ何日か色々と調べたんだ。そして小夜どのが既に亡くなっていると知った。驚いたよ。


一方、あんたは今、かなり困った状況にあるようじゃないか」


男河童は、小夜の死と佐吉が刺客に狙われていることを既に知っておりました。


「少し、考えさせてくれないか」


新たな生きる道を示された佐吉が、つぶやくように言いました。


「あぁ、当然だ。しかし、余り時間がない」


男河童が、意外なことを口にします。


「時間がない?」


「あぁ、さっき河童と人間の世界を結ぶ通路は五年に一度開くと言ったろう?


だが最近、それが少しずつ遅れ出した。こっちの学者の言うには、通路がこのまま閉じっきりになってしまう可能性が大きいというのだ。


しかも今回通路が閉まるのは、一週間後となる」


男河童が、切羽詰まった顔をします。


「……つまり七日の間に答えを出さないと、永遠に河童の国へは行けないというわけか」


佐吉の悩む顔を見て、男河童は、


「その通りだ。


私は一週間後にまたやって来る。河童の国へ来る気があるのなら、再びこの場所へ来てくれ」


と言うと、川の中へと消えていきました。


「どうしたものか……」


悩む佐吉の青緑色の肌を、満月が静かに照らしておりました。



「なに? 佐吉が行方不明だと!?」


村へ到着した正蔵が、名主に詰め寄ります。依頼をした手前、名主は恐縮しきりでした。それにかつては村人の子せがれだった正蔵ですが、いまは立派な役人です。一目も二目もおかなければなりません。


正蔵は慌てました。全てが隠密裏に進んでいると思っていたので、よもや佐吉が逃げ出すとは考えもしなかったのです。もしこのまま役目を果たせなければ、自らはもちろん、お家にも累が及びます。養子である正蔵にとって、それは許されぬ事態でした。


それからというもの、正蔵は村人を駆り立てて佐吉を捜します。しかし佐吉の行方は、ようとして知れませんでした。


「なんとしても、なんとしても見つけ出さなければ」


正蔵の心を映すかのように、空模様はどんどん怪しくなっていきます。


そして一週間後の夜。昨晩からの雨は最高潮に達し、もう村人は佐吉の捜索どころではなくなっておりました。いつ、川が氾濫するかわかりません。各々がその時のために準備をし始めます。


ですが正蔵は一人、佐吉を探し続けました。代官所から命じられている期限が迫っていたからです。


ここで正蔵に吉報がもたらされました。村人の一人から、佐吉らしい人影を見たとの知らせが舞い込んだのです。


正蔵は藁にもすがる思いで、村人の教えてくれた場所へと急ぎます。川伝いに走る正蔵ですが、水かさが急激に増していることにも気づきません。ただただ、お役目のことだけが頭を支配しておりました。


一方、佐吉は男河童との約束の時間にはまだ間がありましたが、彼との約束の場所へと急ぎます。ただ、未だに心を決めかねているせいもあり、佐吉はつい油断をしました。そこを村人に目撃されてしまったのです。


どうするべきか……。俺の生きる道は……。


嵐の吹き荒れる中、佐吉はあの大きな岩のある川辺に到着します。


「佐吉か!?」


時間には早いと知りつつも、川面に男河童の姿を探す佐吉は、突然の怒号に驚きます。


振り返ると、そこには鬼の形相をした侍が一人、仁王立ちになっていました。


刺客?


佐吉は直感します。そして自らの油断を悔いました。


ここまで来て……。


しかし侍の顔をよくよく見ると、遠い思い出が蘇ります。


「しょ、正蔵あんちゃん?」


佐吉は、驚いて尋ねます。二人は子供の頃、よく川遊びをした仲で、正蔵が養子に行く際には涙して見送った間柄です。


正蔵は何も答えません。答えてしまうと、決心が鈍ると思ったからです。かつては兄弟同様に遊んだ佐吉を斬ることに、抵抗がないはずがありません。


佐吉が見つからない間、正蔵が心のどこかで”佐吉を斬らないで済むかもしれない”と、立場とは裏腹な気持ちを抱いていなかったと言えば嘘になります。


「あんちゃんが、刺客なのか? 俺を殺しに来た役人なのか?」


運命のいたずらに、佐吉は苦悶の表情を浮かべます。


正蔵に迷いがあったように、佐吉にも迷いがありました。このまま河童の国へ行くのも良いが、正蔵に討たれてしまうのも運命かも知れないと考えたからです。


風雨はますます激しくなり、川の流れもそれに呼応するが如くうねりを増します。


どれくらいの時間が経ったでしょうか。それは半時かも知れないし、ほんの一瞬だったのかも知れません。


真っ黒な雲に覆われた空に雷鳴が轟きます。


それを合図としたかのように、正蔵が気勢を上げて佐吉に向かい突進します。その目は怒りと悲しみとやるせなさが入り混じったものでした。


二人の間が急激に狭まり、あともう少しで正蔵の剣が振り下ろされようという時、ついに川が氾濫します。


鉄砲水は、小さな二人をあっという間に呑み込みました。泳ぎの得意な佐吉でさえ、水中で自分の身を立て直すのがやっとです。それゆえ正蔵などは、なすすべもなく激流に身を任せるしかありませんでした。


これも運命か……。


遠のく意識の中で、正蔵の心がつぶやきます。


濁流の中をどうにかこうにか泳いでいる佐吉の目に、木の葉のように流されていく正蔵の姿がかろうじて映ります。


佐吉の心には”あぁ、これで一安心”という気持ちより”あんちゃんを助けなければ”という気持ちが浮かびあがりました。


自分を殺しに来た者を助けたいなど大層な矛盾ですが、昔、周りが腫れ物を触るように佐吉に接する中、ざっくばらんな付き合いをしてくれた正蔵の姿がまなこの裏に蘇ったからからでした。


自分一人だったら、何とか助かったのかも知れません。しかし、佐吉は気がつけば正蔵めがけて必死に泳いでおりました。そして彼の着物の袖をつかむと、全ての体力を使って安全な場所へと彼を運びます。気絶している正蔵を一段高く岩が突き出している場所へと置くと、佐吉は力尽きてそこから転げ落ちました。


その下には、濁流が容赦なく牙をむいています。如何に半河童と呼ばれた佐吉でも、もはやなすすべはなく、暗い川底を冥途へ向かって流されていきました。


その時、佐吉は自分の腕を誰かが掴んだ気がしました。そして”やっぱりあんたは、親父が惚れぬいた優しい女の息子だ。あんたと血がつながっていることを、私は誇りに思うよ、兄さん……”と声がするのを聞いたように思いました。


洪水が収まった後、佐吉の姿を見た者はおりませんでした。弟と一緒に河童の世界へ行ったのか、あれは佐吉の幻聴で、黄泉の国へと旅立ってしまったのか、それは誰にも分りません。


一方、村周辺は氾濫のため大きな被害に見舞われました。そのせいで妖怪さわぎは有耶無耶となり、正蔵はお咎めなしとなります。


嵐の翌日、岩の上へ横たわっていたところを村人に助けられた正蔵。彼は侍をやめ、村へ帰って百姓になりました。


そして川の近くに小さな塚”河童塚”をたて、生涯祈り続けたということです。



【おわり】




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気楽イラスト823のキャプション


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