第9話:悪鬼の囁きに負けない、我が子への思い
今朝も輝夜は境内で掃除をしている。そして境内に設置している2体の狛犬たちをジーっと見ていた。
〝この子たちが昨日、子供の姿で私達の前に現れたのよね…。あのあと姿は消えちゃったけど、今はこの中にいるってことなのかしら…?〟
そう思いながら狛犬をそっと撫でた。
〝くすぐったいよ、輝夜…。〟そういう声が聞こえた気がした。輝夜は狛犬をジッと見るが、何も変化がなく、ただただ石造の狛犬がそこにあっただけだった。
〝気のせいか…。〟
輝夜はそう思ってまだ掃除が残っている所へと移動しようとした。
すると輝夜の目の前に二人が子供の姿で現れたのだ。
「────駒ちゃん!」
「もう、輝夜ってば、ホントに鈍感なんだから!」
「そうそう!僕たちちゃんと輝夜に言葉を発してるのに、〝気のせい〟にしないでよ。」
そういう二人に驚きながらも輝夜は
「ごめん、ごめん!まだ信じられなくて…。」
と返した。狛犬たちは
「それに、駒ちゃんって…!私たちちゃんと名前があるんだから!」
そうダナに責められた。
「え…と、ケンとダナ?」
「そうだよ。もう忘れちゃったのかと思った。」
「だね、輝夜って何か抜けてるもん…。」
「し…失礼な…………。」と言葉を返したものの、狛犬たちの存在に気付かなかったことにそれ以上、言葉を返すことは出来なかった。
「ねえ、いつもその姿なの?」
「んー、大人の姿にもなれるけど、消費が激しいから…。」
「消費?」
輝夜はキョトンとして聞いた。
「ぷはっ、やっぱり、輝夜って鈍いなぁー。」
「こら、ケン。もうちょっと言葉を選んで。」
「だってさぁ、」
ここでダナがケンをポカッと軽く殴った。ケンは拗ねている………。
「消費するのは霊力だよ、輝夜。私たち、神社に所属する者は霊力が重要なんだから。あんたは霊力と妖力の両方を所持しているから、ちょっと複雑なんだ。上手くバランスを取れてるからいいけど、狂うとアンタは中身から崩壊する可能性もあるから、ちゃんと霊力も妖力も切れないようにバランスを保って。」
そうダナが説明をした。
「そうだわ、覚醒した時の私は霊力も妖力も両方感じていた。今は…霊力がほんの少し、かな。」
「多分、覚醒した時に必要だから普段はどっちもナリを潜めているんだと思うよ?省エネだね。ははっ。」
そう言って楽しそうにダナが笑った。
「ねえ、さっきケンが大人にもなれるって言ってたけど、なる時ってあるの?」
「うん、私達はいわゆるあんたの妖力暴走の時の抑えとして存在してるの。さっきも言ったけど、霊力よりも妖力の方が高まって暴走すると危険だから、その時は私達があんたに霊力を供給するって感じ。まあ、それ以外でも相手が強すぎる場合の援護役でもあるからな。」
そう言ってダナはちょっと誇らしげに笑った。
「そっか、そういう役目があるのね…。あなたたちにそういう役目をさせないようにバランスを保たなきゃいけないわね。」
「うん、でも遠慮はいらないよ?ちゃんとしてても〝なっちゃう〟ことってあるから、そういう時はちゃんと頼って!それが私達の使命なんだから。輝夜にも使命があるでしょ?それと同じよ。」
そう言ってニッコリとダナは笑った。輝夜は静かに頷いて、ほほ笑んだ。
「私は強い味方を手にしたのね?」
「そうだよー!」
と駒たちは二人声をそろえて言った。
「輝夜ーっ!」
「満流。もう、そんな時間っ?じゃあ、ケン、ダナ、またね!」
輝夜は二人に手を振って満流の傍に駆け寄った。
「おはよっ、すぐ用意してくるね!」
そう言って社務所へと走って行った。
満流は狛犬たちの方へ歩み寄り、
「で?お前らすっかり輝夜と仲良くなってんじゃねぇか。」
「羨ましいんでしょ?」
「お前ら二人に輝夜は渡さねえからな。」
「は?何言ってんの?私は雌だけど?」
「ハハッ!俺を騙そうったってそうはいかない!お前、雄だろ!?」
「キャハハハハ…!ダナ、お前っバレてんぞ!」
「ケン!そんなに笑うことないでしょ?」
「ってか、その女言葉、何とかならないのか?」
狛犬たち二人はギャーギャー騒いでいる。それを見ながら満流は呆れながら聞いた。
「で?なんで輝夜には女ってことにしてんの?」
「まあ、俺たち狛犬は霊的存在だから実際の雄雌関係ないんだけどさ、二人とも雄だと輝夜の近くでいられない時って出てくるわけでさ、」
「そうならないことを願うよ。お前らって俺と同じ〝ナイト〟だろ?」
「ふぅ~~ん、アンタ、中々物事、理解してるみたいだね。」
「まあな。俺も目覚めてからそのあたり勘が鋭くなったみたいでさ、輝夜を守れるんだったら何でもいい。」
「じゃあ、俺たちの目的は同じだな。」
そう言ったケンの目がキラーンを光って、満流と意思疎通した。
「よろしく頼むぜ?満流。」
ケンとダナがそう言うと満流も「ああ、こっちこそ、頼む。」と返した。
すると、向こうから輝夜がやってきた。
「あら?何かあなたたちの纏う空気感?が違うような…。」
〝こういう時だけ鋭いんだよなぁ…。〟と、三人は思った。
放課後、部活が終わったあと、輝夜と満流は一緒に歩いていた。あのサラリーマンともすれ違ったが、今日はブツブツと不満を漏らすようなことはしていなかった。輝夜は満流と顔を見合わせてニッと笑った。
そしてしばらく歩いていると前から一人の女性が歩いてくる。表情はどことなく暗く疲れきっていた。身なりは会社員だろうか…。カジュアルスーツを着こなしている。だが、纏う空気が違った。華やかな見た目とは違ってどんよりと曇ったような、そんな空気を纏っていた。
「ねえ、満流。あのひと、ちょっと雰囲気が…。」
「ああ、輝夜でもわかるか?」
「その輝夜でも…って…。」
「お前、覚醒してない時、ほぼ普通の人じゃん。」
〝それはそうだけど、何だか言い方…。〟輝夜はむくれてしまった。
だが、目の前の彼女の足元の影は静かに揺らめいた。
輝夜と満流は二人で顔を見合わせた。〝────間違いない〟
二人で女性の後をつけることにした。
「……………保育所?」
どうやらその女性は会社帰りに子供を保育所に預けているようだ。長い時間、子供と離れていた母親としては、表情が硬い。他の母親ってみんな笑顔なのになぁと輝夜は思った。
「あ、行っちゃう…。」
「輝夜は後をつけて。俺はここでちょっと話聞いて行くわ。」
「わかった。」
そして輝夜は静かに後をつけた。残った満流はそばにいた先生に事情を聞いた。
「あぁ、青山さんね。千佳ちゃんのお母さんはワンオペ育児だから大変なようよ。上の子だってまだまだ甘えたい時期なのにね。」
「上の子供さんは?」
「まだ小学校一年だから…。でもちょっと病弱だから、青山さん一人でっていうのはそろそろ限界が近いのかもしれないわ。甥っ子さん?支えてあげてね。」
満流はこうして〝青山〟の情報を手に入れた。
そして輝夜の気配をたどって後を追った。
その青山千鶴は1歳になったばかりの子供を抱きかかえたまま、公園で休憩をしていた。
その眼差しは胸に抱きかかえた我が子だが、微笑の中に悲しみが宿っていた。
〝育児を手伝え?それはお前の仕事だろ?俺は仕事で忙しいんだ!〟
〝早く泣き止ませろ!うるさくて眠れん!明日重要な会議があるって言っただろう!?〟
〝なんだ?まだ飯の準備も出来ていないのか?お前、今日休みだったんだろ?何やってたんだ?〟
千鶴は夫に言われた理不尽な言葉の数々を思い出していた。1歳になって千鶴は会社に復職したが、上の子は病弱ですぐに熱を出したりする。学校から電話がかかってくれば職場で同僚たちに頭を下げて帰宅させてもらって子供を病院へ連れて行くのだ。理解ある同僚もいれば、理解してる素振りを見せながら裏で悪口を言う同僚もいたのだ。
上の子がしんどい時に限って下の子もグズって夜に寝てくれない。夕食の準備もしなくちゃいけないのに片時も手が離せない状況…。唯一頼れる人物には協力してくれないどころか、千鶴のする事を否定する。もう千鶴の心は限界が近づいていた…。
〝一体、私はどうすれば……………。〟
そう呟く千鶴に悪魔のように悪鬼が囁く…。
〝ドウデモイイ…。ミンナ ドウデモイイ ジブンヲ シバリツケルスベテガ ドウデモイイ〟
だが千鶴は
〝私はどうでもいい。でもこの子とあの子は違う…!〟
悪鬼に抗っていた。業を煮やした悪鬼は更に囁く…。
頭を抱えて苦しそうにしている千鶴。輝夜はそんな千鶴に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
その声に千鶴は顔を上げる…。走って近付いてくる輝夜が天使のように見えた!
「……………助けて…。」
千鶴はすがるように輝夜に抱き着いた。その時、千鶴の足元の影が大きく揺らめき、ズドドドドドドド────‼と巨大化し始めた。
咄嗟に輝夜は千鶴から距離を取った。そして千鶴の様子を見るとそんな状況ではあったが、胸に抱いていた赤子はしっかりと抱きかかえていた。
〝こんな時でもちゃんとお母さんなんだ…この女性は…。〟
そんな彼女にとり憑いた悪鬼に対して怒りが増していく。身体中の血液が沸騰するかのように熱を帯び、まるで逆流してるのではないかと思うほどに輝夜の身体が脈打った!
「出でよ!神刀、影切────!」
輝夜はすぐさま影切を召喚した。満流はまだ現れていない。だが、輝夜の怒りが待てなかった。ササッと影切刀を構えて悪鬼に向かって行く!悪鬼は輝夜に鋭い爪を向ける!
「輝夜っ!」
満流の声と共に悪鬼が移動しないように満流の霊札が悪鬼の影を固定した!
「悪鬼────断つ!」
そう言って思いっきり輝夜は影切刀を振り下ろした!悪鬼は強烈なうめき声を出して昇天していく…。
その様を輝夜と満流は見送っているとヒラヒラとカードが舞い落ちてきた。
「………………。ルークだ…。」
「ああ、彼女らしい。ワンオペ育児だってさ、しかも上の子は病弱ときた。そんな大変な育児なのに彼女は自分の城を手放さなかったってことだ。脆い塔の方でなくてよかったな。」
「……………。育児ってどうしても女性にばかり負担がかかるものね。」
「そうだな、二人の子供なのにな。俺だったら我が子を嫁に任せっきりになんてさせないけどな。」
満流が意味深な言葉を吐いた。
「…………ん?満流、そんな人いるの?」
「はあ?何言ってんの?例え話だよ、例え話!」
そう言う満流の顔は真っ赤になっていた。輝夜はそんな満流を見て、〝イマドキな子だからなのかな〟と思っていた。〝やっぱ、鈍いじゃん!〟満流は輝夜に通じないのがもどかしかった。
「さあ、帰ろう。間もなく彼女は目を覚ますだろう。あの悪鬼に最後まで抗ってたんだ。きっと自分の道は自分で切り開くだろう。」
「そうだね。」
輝夜はふっと笑った。
〝私のお母さんも同じだったのかな。〟輝夜は幼すぎて母の記憶が曖昧だ。どんなに思い返しても写真での母しか思い出せない。だが、輝夜にお守りを作っていたくらいだ。きっと千鶴のように我が子を愛する母だったに違いない……………。
ご覧下さりありがとうございます。今回、冒頭で少し話が長くなってしまったのでいつもよりも少し長めになってしまいました。すみません。育児に対してだいぶ夫の方も協力をしてくれるような世界になってきましたが、まだまだワンオペ育児の方が大勢います。子供は二人の子供なのに……………。共働きも多いです。だけど専業であっても家でご主人のサポートをしているのだから仕事をしているのと同じ。
そもそも「二人の子供」なんですよね。




