第5話:名前も知らないサラリーマン
その日の放課後、輝夜は公園にいた。いつも一緒に帰宅する満流が部活で遅くなるから一人で帰ることになったからだ。まっすぐに家に帰ってテスト勉強をすると満流に言い切った手前、学校で残るわけにもいかず、かと言って昨夜の今日で父と顔を突き合わすのが何となく照れくさいようだ。
キーコ……キーコ………キーコ……………
輝夜はブランコに座っていた。ゆっくりとただ何となく動かしている感じで、公園では輝夜が揺らすブランコの音だけが静かに響いていた。
〝そういえばここ、前に幸恵さんと悪鬼に出遭った場所だったわね……………。あのあと幸恵さんの顔から迷いは消えていたけど、今も大変なんだろうなぁ……………。〟
輝夜は自身が救った幸恵の事を思い出していた。病気の家族を支えるというのは大変だということが安易に想像出来たからだ。そんな輝夜に突然誰かが声を掛けた。
「あら?もしかして輝夜さん?」
その声に振り向くとそこにはまさに今思い出していた幸恵だった。
「あ、幸恵さん、お久しぶりです。」
輝夜はこの偶然に驚きつつ、慌てて挨拶をした。そんな輝夜にクスクスっと笑うかのように幸恵は応えた。
「お久しぶりです。ふふ、あの時は色々とありがとうね。」
「いいえ、大したことはしておりませんので……………。」
そう言った輝夜の顔がどことなく曇っていたのを幸恵は感じとっていた。
「輝夜さん…もしかして何か悩みを抱えていません?」
「え…。」
それは輝夜自身が気付いていなかったほんの少しの仕草で彼女は気付いたのだった。
そして幸恵は輝夜の隣のブランコに座ってキーコ………キーコと漕ぎ出した。それは輝夜よりも力強い漕ぎ方だった。
「うん、やっぱりスッキリするわ!」
幸恵はそう言ってブランコを思いっきり漕いでからゆっくりとブランコの揺れを止めた。
「私ね、以前…、夜だったけど一人でここでずっと悩んでいたのよね。あの時、あなたが現れて私に沢山アドバイスしてくれたお陰でとっても勇気が出たの。本当よ?だから今度は私があなたを救いたいと思ってるの。何かあったら遠慮なく話して?私、よくここを通るから。」
「………………あ、ありがとうございます、幸恵さん。」
そう言って輝夜はまだ元気のない笑顔を見せた。
「あら、今日は彼氏は?」
幸恵が満流の事を言うと輝夜は慌てて
「かっ、彼氏なんかじゃありません!ただの幼馴染です!」
と、顔を真っ赤にして答えていた。その瞬間だけ輝夜の顔から曇った表情は消えた。
「ふふっ、そうなの?とっても仲が良かったし、お似合いだと思ったんだけどなぁ。」
「幸恵さんっ。」
その時幸恵は悟った。〝きっと輝夜さんは気付いていないだけで彼の事がとっても大切な存在なんだわ。それはきっと彼にとっても…。〟
そして少し元気になった輝夜を見てから
「女の子がいつまでもそんなトコに一人でいちゃ駄目よ?」
そう言ってから幸恵はその場を去って行った。
最後までおせっかいだ。本当に彼女はふっきれたようで輝夜は安心した。
「さあ、そろそろ私も帰ろうかな。」
そう言って輝夜がその場を去ろうとした時、入れ替わりで一人のサラリーマンが公園にやってきた。
「何だよ、あの部長。俺のこと見下しやがって…。」
何やら会社で不満がある様子だ。輝夜は関わらないようにとそそくさとその場を離れて家に帰った。
社務所の扉を開けて誰もいないとわかってはいてもつい、
「ただいま。」
そう声をかける習慣になっていた。父は大体近所のおつきあいで出かけていて夜遅くに帰宅することが多いからだ。
「……………って、誰もいないのにね。」
平気なふりをしているがその声はどこか寂しそうだった。
そして畳の部屋に行くと明かりがついていた。
「あれ?」そう思いながら障子を開けると
「お帰り。」
父がそう言って振り向いた。
「あ、ただいま。今日は早かったんだ……………。」
「ああ、たまにはちゃんと早く帰ろってみんな言ってな。久しぶりに一緒に飯食おう!」
「う………うん。用意するから待ってて。」
「ああ、いい。近所で少しもらってきたんだ。ほら、そこ座ってな。」
そう言って父は輝夜を座らせた。そんな父はというと、何やら台所に行ってもらってきたお惣菜を仕分けしているようだ。輝夜は慣れない父の行動にとまどいながらも何となく心が浮き浮きするのを感じていた。
〝こんな風にお父さんとまともに食べるのはいつぶりだろうか……………。私はどうしてこの時間を手放したのだろうか……………。〟
「そんなの簡単だ。〝年ごろ〟だからだ。」
父が突然言った。
「え?」
輝夜は慌てた。〝私、今喋ってなかったよね??〟
「ははは!お前の顔にそう書いてあるんだよ。さ、そんな細かい事は気にするな!お前はこれから悪鬼に立ち向かわなければならんのだ、しっかり食べなさい。」
「う…うん、わかった。頂きます。」
そう輝夜が言うと父は嬉しそうに笑って「頂きます。」と言って食べ始めた。
その頃、先ほど輝夜とすれ違ったサラリーマンはまだ公園にいた。どうやら今日失敗したことで上司である部長から怒られたのがきっかけだろう。今までに積もり積もった鬱憤が爆発寸前なのだろう。
彼がブツブツ言うたびに彼の足元にある影が〝ゆらり、ゆらり…〟と揺れていた。その様子からすると悪鬼が彼に憑依しているのだろう。悪鬼は弱った人間の心に住み着き悪さをして精神を食いつぶすのだ。
〝ヒヒヒ…アンタノイウトオリダ アノ ブチョウガ スベテ ワルイ アンタハ ワルクナイ〟
影がそう言ってサラリーマンに幻想を呟く…
そしてその男は一晩どうやらその公園で過ごしたようだった。
「あれ?……………。」
輝夜がポツリと男の存在に気付いて思わず声が漏れた。すかさず隣にいた満流が「どうした?」と聞いてきたので
「うん……、あの人昨日もあそこにいたのよね……………。家に帰らないでずっとあのまま一晩過ごしたのかしら……………。」
「ふぅん、何か纏う空気が違う気がするから無暗に近付かない方がよさげだな、さっさと学校へ行くか!」
「うん、そうだね。」
そう言って輝夜たちがそこから離れようとしたその時────!
男の影が大きく揺らぎ暴走した!
その気配を感じた二人は同時に男の方を振り向いた!
メキメキメキ……………。男の影が大きくなっていく……………。
「満流!」
「ああ!」
満流は気を付けながら影に近付いて霊札を投げて動きを止めようとした。だが、今回の影はスンナリとはいかなかった。
「な…………っ!?」
放たれた札が刺さったのは影が立ち去ったあとの砂場だ。
「クソッ‼」
満流は悔しそうにそう吐き捨て、更に影に近付こうとする。
その間、輝夜は神刀影切を自分の内から取り出していた。
「出でよ!神刀、影切!いざ、我の手に!」
輝夜が発する言葉は言霊となって左手の平から影切刀が姿を現す!
「はっ!相変わらず輝夜の〝影切〟召喚は凄いな!俺も負けてらんねぇや!」
満流は影を追って走り回る。あの体力は部活の賜物なのだろうか…。
満流が今までで一番影に近付いた時、影は体制を翻して満流に襲いかかろうとした!が、
「待ってたぜっ!────そりゃっ!」
その至近距離で霊札を放つと、とうとう霊札が影に刺さった!
影はその場に固定されて動けずに藻掻いている。それをそのまま放置する満流ではない。
「ヨシ!追加でもういっちょ!」
そう言って数枚そこに目掛けて更に霊札を放つ!
満流が上手く捉えてくれたお陰で輝夜は影を狙いやすくなった!
「────影!断つ‼」
輝夜は思いっきり影に目掛けて神刀影切を突き刺す‼
〝ウォォォォォォォォォーーーーーッツ‼〟
影は必死で揺らめきながら苦痛から逃れようとしたが、輝夜が刺した影切刀と満流が放った霊札がしっかりと固定していたので逃れる事が出来ずにそのまま消滅し、光の粒となった。
そしてまた……………カードが二人の元へと舞い降りた……………。
「ポーン……………だな。」
満流がカードを見て言った。
「ポーン………、これで3つ目…ね。」
「チェスになぞられてるとしたらポーンは全部で8枚か?」
実は満流もチェスの駒は知っているが、ゲームの内容自体よく知らない。輝夜も父に聞いた情報でしかしらないのだ。
「そういう事になるわね。ただ、この絵柄は黒だからひょっとしたら白もあるかもしれない…。」
「ああ、その可能性もあるな。ホント、何なんだ?このカードは…。」
二人はカードについて考えこんでいた。少し離れた先では男がうめき声を上げていた。どうやら意識が戻ったようだ。
「あ、あの人…。」
輝夜がそばに駆け寄ろうとした時
「放っておこうぜ。ほら、俺たちだって学校ヤバいんだからさ、」
そういて満流が自分の腕時計を見せた。
「え?やだ!遅刻しちゃう!」
そう言って二人は男の方へは行かずにさっさと学校へと向かった。
男は二人の後ろ姿を見て
「なんだ…。今の若いもんは…。こんな朝からイチャツキやがって…………!」
とブツクサ言っていた。そして男も自分の時計を見て回りを見て仕事に行かなければならないと自覚したようで、慌ててその場を後にしたのだった。
それぞれがいなくなった公園で輝夜の父が自転車でそばを通りかかった。
「輝夜…。」
父は輝夜たちが戦う所を遠く離れて見ていたようだった。
「お前の与えられた使命は大きすぎる…。私はお前が記憶を取り戻したことが良かったのかわからない。父としては思い出さずにいて欲しかった…。だが、お前は正鬼の姫としてその使命を全うする運命ならば、どうか無事、生き残って欲しい。」
父は誰もいなくなった公園の傍でそう小さく呟いた。
ご覧下さりありがとうございます。今回、登場したサラリーマンは名前が最後まで明かされませんでした。今後も出てくるのか、来ないのか…。今後の展開をお楽しみに!




