第37話 唸る拳
グゴオオオオオ……
巨大な水竜の咆哮が周囲に響き渡る。土砂を巻き込み、岩を砕き、木々をなぎ倒しながら、それはあらゆるものを押し流す。
「見えたぞ! 三ノ門だ!!」
グラハムの鋭い視線が、水門の姿を捉える!
三ノ門では、異変を察した守備隊がすでに動き出していた。混乱しながらも、慌ただしく土嚢を積み上げているのが見える。
巨大な水竜を引き連れたまま、馬を駆ける!
ダインザールの放った敵騎兵が、少し遅れて対岸を追走する!
「チィッ!! 工兵はすぐ閘門の破壊に取り掛かれ!」
──水竜の頭が三ノ門に到達する!
「十騎は守備隊を蹴散らせ! 工兵の邪魔をさせるな!!」
──激しい水しぶきが上がり、大地が軋む!
「残りは敵騎兵を迎え撃つ! ついてこい!!」
──混乱する守備隊に一瞥もせず、これを振り切ると、水門に架かる橋を渡る!
「工兵を狙え! 水門を破らせるな!!」
──橋の反対側から敵騎兵が突っ込んでくる!
「「ウォオオオオオオ!!」」
騎士たちの咆哮が木霊し──
両軍の騎士たちは、橋の中心で激しくぶつかった!!
稲光がその影を、水面に映し出す!!
──約束の刻まであと半刻!!
† † †
ライデルとダインザールは、馬上で剣を激しく切り結ぶ!
「水門の連鎖破壊とは、考えたな! だがやらせねぇ!!」
雷鳴のような剣戟が幾度も響き、銀の刃が閃光を描く。
「お前さえいなければ……!」
「そうかよ。なら殺してみろ!! 坊主!」
両軍の騎士たちは川から溢れ出る水竜の尾を踏まぬよう、互いに移動しながら打ち合う!
「敵を討ち取れ! 水に怯むな! 続けぇ!」
川辺に広がる、ぬかるんだ平原に敵味方が入り乱れる。馬が跳ね、兵が倒れ、戦場はもはや誰が味方かもわからぬ混乱。
「陣形を保て! ウェミナール卿を援護しろ!」
ライデルとダインザールの剣が交錯するたび、騎士たちに緊張が走る。
そのとき──
上流から流されてきた巨木が、轟音とともに戦場へ突っ込んできた!
「回避しろぉおおお!!」
「クソッ!!」
メキメキと激しい音を上げ、巨木が騎士たちを薙ぎ払う!! 馬が宙を舞い、薙ぎ払われた騎士たちが、水竜の背に叩きつけられる!!
周囲の景色は一変し、少し離れたところにいたライデルとダインザールが分断された形となった。
「くっ、被害は……」
──帝国側の被害は……小さい!
「ギュスターヴ殿! こっちはもういい! グラハムを追え!!」
「承知した! 無事な者はついてこい! いくぞ!!」
「くそっ! 俺の馬が! お前達は奴らを追え!!」
剣戟の音が、震える大気を切り裂く。
約束の刻はすぐそこまで迫っていた──
† † †
「はぁ……はぁ…… これで最後だ!」
グラハムが剣で薙ぐ!
「あああぁぁぁ………」
敵兵の身体は、受け止めた剣ごと吹き飛び、水竜の腹の中へ落ちていった……
「状況はーーー!?」
グラハムに対岸の工兵に、叫び問いかける!
「閘門の蝶番を破壊! 楔もすべて打ち込みました! 間もなく冠石も陥落し、流出がはじまります!!」
「よーーっし!! あと一息だな!」
グラハムは荒く息を吐きながら、拳を握りしめた。
そのとき──
「ぎゃぁあああ」
矢の嵐が工兵を襲った!!
「敵襲――! 敵襲――! 弓兵だ! 森に潜んでいるぞ!」
こちらと同じく、ダインザールも両岸に兵を配置していた。遅れて到着した西岸の敵兵は森に潜み、反撃の機会を伺っていたのだ。
「間に入れ!! 工兵を守るんだ!!」
矢の嵐は収まらない──
† † †
──騎士たちが森の中に入り込み、弓兵を迎え討つ。
森のざわめきが収まった頃、生き残った工兵は誰もいなかった……
「クソぉおおおおおお!!」
グラハムの雄叫びが響き、それを水竜の咆哮がそれをかき消した。
約束の刻は、既に過ぎていた──




