第35話 雌雄の行方は
カンカンカンカン──!
帝国軍の陣地に、警鐘が激しく打ち鳴らされた。
川辺に布陣した三千の兵たちの緊張が、限界まで高まる。
「敵接近ッ! 全軍、備え!!」
馬上で叫ぶ伝令。地鳴りのような足音が、東から押し寄せる。鎧を打つ武者震い。槍の穂先がわずかに揺れている。
──そして、地平線の向こうから、黒い波が姿を現す。
その数、一万以上──三倍以上の敵勢。果てしなく続く戦列。見ただけで心が折れそうな、圧倒的な兵力差だった。
「ウェミナール卿、長くは持ちませぬ…… どうか、お急ぎを……」
モルニエール卿は、その戦列を見つめ唇を噛みしめた。
† † †
同じ頃──川上の水門 二ノ門
それはいつもの退屈な守備任務のはずだった。遥か南では、大きな合戦があるらしいが、こちらには関係がない。 ある者は昼間から酒を楽しみ、ある者は談笑している。
その日常を──
「何だ? 今日は鳥がやけに五月蝿いな……」
矢の雨がが貫いた──
「うわぁぁああ!!」
「敵襲か!? て、敵襲だーー!!」
簡素な柵をなぎ倒し、騎馬隊が一気に雪崩込んてくる!
「進め! 進め! 進めぇ!!」
「工兵を守れ! 一気に制圧しろ!」
ライデルが勇ましく吼えると、嵐のように守備隊を一気に殲滅する。
「回せ! 楔を打て! 水門を破るんだ!!」
工兵が楔を打ち、水門の破壊に取りかかる!
「よし! 次の水門に先行する! 二十騎ついてこい!」
「残りは周囲を警戒しろ! 工兵を守れ!」
ライデルは馬を乗り換えると、次の水門へと矢のように駆けていった。
程なくして、背後から雷のような轟音がとどろき、地鳴りが追いかけてきた。
† † †
川下──帝国軍布陣地
東部平野では、川辺に布陣した帝国軍が粘っていた。 数の上では絶望的だったが、地形を活かした巧みな布陣が功を奏し、残党軍の進軍を寸断している。
「帝国……なかなかしぶといな」
ダインザールは、戦列後方から冷静に戦況を見つめていた。
「ダインザール様……何かの間違いかもしれませんが、念のため……北の空に、救援を求める狼煙が……」
「………大水門か?」
「いえ、それよりも、更に北です」
「……なんだと?」
ダインザールの眉がぴくりと動いた。
(大水門じゃない? 何かの手違いか?帝国に水計の兆候ありとの連絡を受け、大水門の守備兵を増やしていた。大水門を開いて増水させ、渡河を妨害してくると読んだんだがな……)
ダインザールは深く息を吐き、思案を巡らせる。
(まあ、この戦力差で、戦力を分散してくれるなら、願ったり叶ったりだったんだが)
† † †
──ライデル・ウェミナール
帝国に突如現れた勇者。
いまここで帝国軍を率いているのはあの男か……
二年前、シャクティ=プラムで出会った神官。
いや、十年前、このグリンセイランドで殺し損ねた、
──『妹君』と言うべきか。
まさか、あの顔立ちで男とは。
奴が俺の前に立ちはだかることになるとは……
「ダインザール様、救援を求める狼煙が再び…… 同じく大水門より北側、先ほどより東寄りです」
(また? 間違いじゃない……このタイミングで……? 明らかに何かの意図がある)
もう一度、北の空を見上げ、思案を巡らす。
「……いや……まさか……そうか……やるじゃねぇか。あの坊主」
「やべぇな。本陣に馬を飛ばせ!」
「だが、指示は待ってられん。独断で動くぞ! 五十騎用意させろ!」
「ガイル!! ここの指揮は任せた! 五十騎、俺についてこい! いくぞ!!」
吼えるように叫び、馬に飛び乗る。
十年前、逃したその影が、今また、自分の前に立ちはだかるとは──
「彼奴め! 今さら過去が追いかけて来やがった」
「いいぜ、坊主! こんな戦争は、はじめてだ!」




