第30話 人質!立ちはだかる
──最初に気づいたのは、やはりアーニャだった。
シャァッ! シャァッ! と唸るように鳴く。
唸るような警戒音が、彼女の喉から響いた。
サーナはすぐさまその声の意味を理解し、周囲を見渡す。
「あれ……? ……ッ!?」
「リディーーッ!! ルティが攫われた!! 追って!!」
その叫びに、ライデルが振り返る。
銀灰色の瞳の視線の先──
──馬上に乗った少年兵。その鞍に、ぐったりとしたルティの姿が見えた。
「ルティィィーーーッ!!」
ライデルは叫ぶと同時に軍馬に飛び乗り、その馬腹を蹴った!!
「リディ!? 待て!!」
慌てて追おうとしたグラハムは、自分の巨体に合う馬を探し、半呼吸遅れる。
「どけっ! どいてっ!! 道をあけて!!」
慌ただしく動き回る兵士の間を縫うように駆ける!!
「危ねえ! 何だ!?」
「准司教殿! 待て! 一体どうした!? 止まりなさい!!」
立ちはだかる守備隊長を振り切り、猛スピードで野営地を飛び出した!!
「捕虜が人質とって逃げたんだよ! 追撃する!!」
グラハムがそう叫び、ライデルを追う!
† † †
真っ赤な夕日が、大地を血のように染めていた。
その光は不吉なほど静かで、冷たい。
鉛色の雲が、空を足早に横切っていく。
「はぁ、はぁ……!」
逃走する少年兵は荒く息を吐きながら、馬を駆けさせていた。
鞍にしがみつくように乗っているルティは、意識があるのかもわからない。
二人乗りの負担に耐えられず、馬の歩みが遅れ、ついに脚を止めた。
「……くそッ!」
舌打ちしながらルティを下ろし、近くの焼け落ちた教会跡に駆け込む。倒壊した屋根、石の壁は半分倒れている。
風抜けの壁、崩れかけた尖塔。ギラギラと血色に染まるガラスの破片。傾いた巨大な十字架を背に、大穴の空いた屋根から、真っ赤な夕日が差し込んでいた。
† † †
後方から──蹄の音!!
「動くなあああッ!」
「動くな!! 動くんじゃねぇ!! 後ろの奴もだ!!」
ルティの首元に短剣が突きつけられる。
「そこのエルフゥ!」
震える声が裏返る。
「その剣を! こっちへ投げろ!」
「今すぐにだ!」
興奮したその手がガクガク震えるたび、短剣の刃先がルティの首を掠める。
「やめろ! その子を解放しろ!」
ライデルが叫ぶ。
「ダメ! リディ! 剣を投げないで!」
ルティが必死に首を振る。
「黙れぇええッ!!」
「……わかった」
──ライデルが剣を降ろす。
「言う通りにする」
──ゆっくりと右膝をつき、
「その子を傷つけるな……」
剣を滑らせるように、前方へ放った──
──金属が石畳を鳴らし、ルティの足元で止まる。
「──ッ!!」
ルティが俯き首を振る。
片手でルティを引き寄せ、もう一方で剣を拾い上げる。
「後ろの奴は外に出ていろ!! 貴様は跪け!!」
ライデルが跪き、グラハムに目配せすると、
「クソがっ!」
グラハムが扉の外まで下がった。
「そこのエルフ! 白い馬に乗ってたな! ……襲撃の時だ!!」
ルティを盾のように抱えたまま、ジリジリ近づいてくる。
(あのとき追ってきた三騎のうちの一人か……)
「──親父の仇だっ!!」
剣先を鋭くリディに仕向けた……──その刹那!
「お願い! やめて!!」
一瞬の隙に、ルティがその腕をすり抜け、目の前に立ちはだかった!
「リディを殺さないで!」
「そこをどけ!!」
「どきませんっ!!」
「ルティ! ダメだ! 下がって!」
「嫌! 絶対に下がらない!」
細い背でライデルを庇い、両手を左右へ大きく広げた。
「どけと言っている!! そこをどけぇえええ!!」
少年は歯を剥き出しにし、剣先をルティに近づける!
「お願いだ! ルティ…… 頼む。下がってくれ!! ボクなら大丈夫だ!」
「いいえ! リディを殺させない!」
「どけっ! てめぇから殺すぞ! そこをどけ!!」
「お願いだ! ルティを殺すな! ルティ! 下がれ!」
ルティは、両手を広げ、真っすぐ彼の瞳を見る──
「どけぇええええ!!!」
「やめろぉおおッ!!!」
† † †
──鋭い刃が、ルティの胸を、貫いた……
「ルティッ!!」
崩れ落ちる小さな身体を抱きとめた。
少年の指から剣が滑り落ち、硬い石畳に当たって転がる。彼は後ろへ二歩、三歩と後退し、崩れた壁にもたれて座り込んだ。
傾いた十字架が赤く光り、ゆっくりと影を落とす。
──そして、冷たい雨が降り出した。




