第27話 苦悶のなかの煌めき
ゴトゴト…… ゴトゴト……
土埃の舞う平野を、牛車が音を立てて進んでいく。
ギシギシ…… ギシギシ……
積み荷の上には、やせ細った老婆と、その腕の中で眠る幼い子ども。
帝国軍の行軍路沿いには、北を目指す避難民の列が続いていた。焦土と化した村々から命からがら逃げ出した人々。その顔には疲労と、不安と、わずかな希望が混じっていた。
「どうぞ、温かいスープです。少しでも、お腹の足しになれば……」
ルティは、即席の野営所でスープを注いだ木の椀を、一人ひとりに丁寧に手渡していた。
「……ありがとう、聖女さま……」
皺だらけの老女がそうつぶやいて膝を折る。ルティは慌てて手を取り、目線を合わせた。
「そんな……私こそ。温かいうちに召し上がってくださいね?」
後方ではライデルが手際よく包帯を巻き、倒れ込む老兵の寝台を整えている。
「……ルティ、大丈夫? 無理してない?」
「うん。平気だよ。……でも、ひどいよね……」
ルティは手を止め、遠くを見つめた。
「……どうして、こんなことに……」
言葉を失う彼女の隣で、ライデルはそっと肩に手を置いた。
「必ず終わらせるよ。少なくとも、ボクたちは今、誰かの苦しみを和らげるために、ここにいる」
その言葉に、ルティは静かにうなずいた。
† † †
サーナでーす。
みーーっんな暗い顔。
リディも、ルティも、グラハムも、ナギも……
……あ、ナギはいつも通りか!
うぐっ、何かナギにすごく睨まれてる。
こわーーい。っていうか、声に出してないのに、なんで!?
流石、ニンジャ……
まー、皆の気持ちは分かるけどねー
でも、暗いときに、暗い顔してたら、“真っ黒黒えもん”になるって、婆っちゃが言ってたもん。
「ねぇー、あなた、どこから来たのぉ??」
「シーッ、ダメよ! あの、すみません……どうか……」
ふんふん。シャーシャ人のあたしは、この国じゃ子どもにしか見えないよねぇ。
(お母さんの方は気づいてるみたいだけど)
こんなときは…… じゃーん。“甘罪のキャンディー”!
「はいっ、これあげるね♪」
少し戸惑う女の子の口に、ヒョイッと放り込む。
「わわっ、あまーい。おくちがしあわせー」
「──え、なになに??」
「ねぇ、僕にもちょうだい?」
サーナの周りに子ども達の輪ができる。
「はーい、はーい。ちゃんと並んでー」
「フライング・ゲッツは禁止だよー」
んっふっふー♪
ではでは、ここでリサーナ様の単独ライブといきますか♪
──そういうとサーナはリュートを取り出し、陽気な曲を奏でるのだった。
大人たちも集まり、サーナの周りに笑顔の輪が広がった。
† † †
夕暮れの風に吹かれながら、ライデルとルティは並んで腰を下ろしていた。
「サーナはすごいなぁ……」
ルティがぽつりと呟く。
「ふふっ、ホントにね」
「神様の言葉じゃなくて、自分の言葉で、あんな風に周りをすぐ笑顔にしちゃう」
「ほらっ、大人達まで踊り出しちゃったよ?」
そういうとルティはクスクス笑う。
「……私ね、男爵家のお妾さんの娘なの。お母さんは私を産んだときに亡くなって……」
語り出した声は穏やかだった。
「正妻さんが育ててくれたんだけど……いろいろ、難しくって……」
「……うん」
「だから……実はここにはね、あまりいい思い出はないんだぁ」
ルティは空を見上げた。
「でもね、帝都に出てからは、そのお義母さんが、ずっと手紙をくれて。体のこと、暮らしのこと、気遣ってくれて……」
「……すれ違ってただけで、ちゃんと……愛されてたんだなぁって思えたの」
ライデルは、黙って聞いていた。
「……私、ちゃんと誰かの助けになれてるのかな?」
ルティは草をいじりながら、ぽつりと呟いた。
「神様からお借りした言葉、帝国の物資……私自身の何かって、あるのかなって……」
「あるよ」
ライデルの声は、驚くほど優しかった。
「ふふっ、知らないの? ルティの作るスープは絶品なんだよ。さっきもおじさんに、息子の嫁にって絶賛されてたでしょ」
「それに優しい声。ルティの説法はすごく評判がいいんだよ。まるで天使様の声を聞いてるみたいって」
「……へへっ。 ありがとう、リディ」
「……ちょっとくすぐったいや……」
ルティは頬を染め、俯いた。
「わたしも、やさしくされるとね……間違いじゃないって思えるの。」
そのとき──
「お姉ちゃん、ありがとう!!」
少年の声が飛び込んできた。
手には野原で摘んだ小さな花束。
「これあげる! お姉ちゃん、きれいだから!」
「え、あ、ありがとう……!」
「大人になったら、けっこんしてね!!」
「え、ええええっ!?!?!?」
戸惑うルティを見て、思わず口元を膨らませるライデル。
† † †
「さっきの男の子可愛かったね」
「うん…… ふふっ、もしかして……」
ルティが珍しくいたずらっぽく笑った。
「もしかして、ヤキモチやいちゃいました?」
「……ッ!!」
無言で耳まで赤くなるライデル。
「……ふふっ。ヤキモチやいてくれたなら、私、うれしいよ」
自分の言葉に気づき、今度はルティの顔も真っ赤に染まった。
焚火の火が、ふたりの頬をさらに赤く照らす。
静かな夜風に、リュートの音がまだどこかで鳴っていた。
「きっと、いい未来があるって、思いたいな。」
リィィン──
そういって前髪を耳にかけると、優しい鈴の音がふわりと風に乗って消えた。




