第22話 謎の男
一体、どれくらいの間、祈っていたのだろうか。
ライデルは、目を閉じたまま、何度も心の中で呼びかけていた。
(……シャタルナよ。ボクをこの世界に転生させたのは、貴方か? それとも──)
何度も、何度も。
(導いたのは誰だ? 何のために? ボクは──)
次第に祈りは問いとなり、問いは心の奥へと沈んでいく。
思考と信仰の境界が曖昧になったその時──ふと、気がついた。
すぐ隣に、誰かがいた。
見知らぬ男──のはずだ……
「いや、すまん。……エルフ族が、随分と熱心に祈るのだなと」
そのラオ族の男の声は、静かで重く、皮肉すら滲ませない無感情な響きを持っていた。
「お前は……? まさか……」
心臓が、やけに騒がしい。
「そうか。あのときの……子ども、か。確か──グリンセイランド戦役の時だったか」
ライデルの背筋に冷たいものが走る。
「覚えてるぜ」
この男の声を聞くたび、
「あれは戦争だった。そういうこともある」
この男と視線が交錯するたび、
「恨んでいいぜ。俺は恨みの数なんて、いちいち数えちゃいないがな」
自身の奥底が泡立つように、心が、身体が、ザワツク……
戸惑いと混乱。立ち尽くすライデルを見て、男は口の端をわずかに歪めた。
「まさか、覚えていないのか?」
ナニヲ?
「まぁ、戦場にいると、そういうこともある」
センジョウ、ガ、ナンダ?
「聞きたくないことは聞こえなくなるし、見たくないものは見えなくなる」
† † †
「俺が覚えていているのに、お前が忘れているとはな」
──神殿の静けさの中、風に揺れる木々のざわめきが、まるで何かを囁くように耳を打つ。
「父上!」
突如、子どもの声が響いた。駆け寄る小さな男の子。男の足に抱きつき、顔を見上げる。
「もう、発たれるのですか?」
男は優しく笑い、少年を抱きしめた。
「戦後処理で一時帰国しただけだ。また戦場にとんぼ返りさ」
「父上、ご武運を……」
「あぁ、達者でな」
男は子を放し、歩き出す。その足がふと止まり、ライデルを振り返った。
「……思い出したら、俺のところに来い。相手をしてやる」
「それもまた、戦争だ」
男が立ち去り、再び静寂を取り戻す神殿。自分の中で暴れる、ナニモノかの心音だけが、神殿に木霊していた。
(──ディ! リディ!)
グラハムの声で、現実に引き戻される。
「どうした? さっきすれ違った男、どうかしたのか?」
「いや…… なんでもない。たぶん」
しばしの沈黙の後、ライデルはぽつりと呟いた。
「ねぇ、グラハム…… ボクは、ライデル・ウェミナールだよね……?」
グラハムは一瞬、目を伏せ、黙った。そして──
「……なんだ? 違うのか?」
「いや……忘れてくれ」
ライデルの声は、どこか遠く、揺らいでいた。
神殿の天窓から差し込む光の輪が、まるで閉ざされた円環のように、彼を囲っていた。




