第21話 宇宙創生とシャタルナ
一行がシャクティ=プラムに滞在して、数日が経った。
† † †
重厚な扉の向こう、国王の執務室では静かな対話が交わされていた。
「ウェミナール准司教の動静は如何」
「はっ。着京以来、大半の時を王宮図書館に籠もり、外出は一切ございませぬ。国内の騒擾に鑑み、護衛も最小といたしております」
侍臣のひとりが一歩進み出て答える。
「聞くところ、シャタルナ神の典籍を渉猟しておるとか」
「左様にございます。熱誠比類なく、ときに鬼気迫るほどの没頭ぶりかと。さりながら態度は終始温順、宮廷神官らもその謙譲を褒めております」
国王が、眉を僅かに寄せる。
「不審の兆し、間諜の影など見受けられぬか」
「今のところ、学を修むる敬虔なる神学士としか見受けられませぬ。禁閲写本の提示を断った折も、素直に首肯いたしました」
「──さようか。ならば暫く静観とせよ」
「はっ。なお、昨日新たにシャタルナ神殿への、参拝許可を請う書付を提出しております。礼式を直に学びたき由」
国王は低く唸る。
「……真に信仰の探究か、あるいは他意か。見極めねばなるまい」
「仰せのとおり、慎重に監守いたします」
† † †
静寂と古書の香りに包まれた一室。
ライデルは、一冊の厚い書物を開いていた。
──『シャタルナ神話 創世記』。
世界は秩序と混沌の、永遠の調和で成り立っている。
シャタルナは秩序の化身。すべてが輪廻し、永遠に繰り返されることで、宇宙が保たれると信じている。
ヴァジュラ=グラハは混沌の化身。輪廻とは苦しみの循環であり、それを断ち切ることに、救済があると信じている。
シャタルナは「永遠の輪廻」を望み、ヴァジュラ=グラハは「救済の終焉」を望む。
ライデルは頁をめくる手を止め、天井を仰いだ。
(秩序と混沌……シャタルナとヴァジュラ=グラハ……)
(ヴァジュラ=グラハは、エレウス教の神と同一視されることがある)
(最後の審判、魂の救済、復活する楽園……確かにヴァジュラ=グラハの教えは、エレウス教との共通点が多い)
(だがここでは、混沌を象徴する者……)
「リーディーー! おやつ買って来たよー。食べよー」
「サーナ! いまいくよー。この前食べたドラ焼き?」
「んっふっふー。今日は“人を堕落させるプリン”なのだ!」
「うわっ、何それ!? 気になる!」
† † †
二柱の神は協力し、昼と夜、太陽と月、星と空、海と大地、植物と動物を作り、最後に宇宙を守る四天使を作った。
だが争い、互いの身体を引き裂いた。その骸から人間が生まれた──
(だから、人の中には秩序と混沌が宿る。争いは……内なる神の闘争)
ライデルの指が震える。
(……これは、どちらが正しいという話ではない。信仰は鏡だ。神を通して、人間を映している)
(ボクは魔王レーヴァタスを討つために努力してきた。でも、それは……本当に“敵”だったのか?)
「リディ! まだ起きてんのか! 寝ろ!!」
「わっ、ごめん、グラハム! すぐ寝るよー!」
† † †
──四天使
浄火の天使 アグニシア 宇宙の輪廻を司り、魂を浄火し導く。
調和の天使 レティシア 宇宙の調和を守り、星と魂を巡らせる。
記憶の天使 マリーシア 輪廻の記憶を紡ぎ、魂の継承を行う。
黙示の天使 ヴィラミシア 輪廻の終末に現れ、最後の審判を行う。
二柱の神が御隠れになった後、残された四天使は、シャタルナの意志を継ぎ、輪廻の守護者となった。
だがその一柱──黙示の天使ヴィラミシアだけは、違った。
彼女は輪廻を断ち切るため、反乱を起こす。だが敗れ、地に堕ち、協力した人間たちは不毛の地へ追放された。
このとき三天使に協力したのがシャーシャ人の子孫で、裏切りの天使に協力したのが人類の子孫だ。三天使は、裏切りの血が交わらぬよう、シャーシャ人と人類が子を成せないようにした。
(ヴィラミシア……裏切りの堕天使。でもこれは裏切りと呼べるのか? ヴィラミシアは、永遠の牢獄である輪廻からの、救済を願ったのではないか?)
遠く、時計台の鐘が鳴る。昼を告げる音が、思考を断ち切った。
そのとき、扉の外から声がかかった。
「ウェミナール准司教殿。陛下より、神殿訪問の許可が下りました」
ライデルはゆっくり立ち上がり、本を閉じる。
「……ありがとうございます。案内をお願いします」
† † †
──シャタルナ神殿
繊細な幾何学模様に彩られた壁。天井からは金属製の輪が吊るされ、光を反射して回っていた。まるで宇宙の輪廻そのもの。
神官たちは白と緋の法衣をまとい、淡々と儀式の準備を進めている。
ライデルは慎重に一礼し、神官に礼拝の所作を乞う。
「この神殿での礼拝は、神に命の循環を感謝し、自らの魂の位置を確かめるものです」
「魂の、位置……?」
「はい。生まれ変わりは常に円環の中にあり、魂がどの季節にあるかを知ることで、今の生を理解するのです。 ……それが、“秩序”に従うことの第一歩となります」
ライデルは静かに目を閉じ、シャタルナの象徴たる“輪”に手を添えた。
──祈りの言葉が胸の内に満ちていく。だがそれは、自分の神ではない。
それでも、確かに──何かが、心の深い場所で共鳴していた。




