第20話 魔王
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サーナでーす。
外に出られないリディのかわりに、街に繰り出してます♪
リディ、エルフだからねぇ。
いまこの国でエルフが出歩くなんて絶対ムリ!
教会でイチャコラしてるの目撃された、次の日に出歩くくらいムリ!
ルティ、元気かなー?
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さて、シャクティ=プラムで人気の硝子工房にやってきましたー。シャクティ=プラム製のステンドグラスは、アーシャ=ヤームの貴族にも人気だから、視察も兼ねてるんだー。
最近のトレンドは光が差し込むと、床に美しい魔方陣が浮かび上がるデザイン! そういえば教会の裏手が寂しいから、人気の魔法陣を超本格的に描いてあげたら、次の日から帝国の諜報員がガチで張り込みを始めたっけ?
ナギ、元気かなー?
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──そういえば、今日はリディが国王と謁見する日。
帝国、公国、連合王国、ぜっっっんぶ超大国。
控えめに言って、世界の運命は、リディの手の中かぁ。
「まっさか、あたしが世界の運命を見届ける日が来るとは、ね」
頑張れ、リディ!
なにか甘いもの買っていってあげよー。
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「聖オルビア帝国特使 ウェミナール准司教!」
侍従長が高声で宣布すると。重厚な扉が開かれる。
持参した司教の礼装にその身を包み、ライデルはゆっくりと入室する。
儀礼に則り、六歩進み一礼をする。
──レーヴァタスが“魔王”と呼ばれるようになったのは、
彼がヴィシアム連合王国の、王位についてからである。
再び六歩、歩幅は剣幅六十センチ、一礼。これを繰り返す。
──つまり、聖オルビア帝国にとっては、
ヴィシアム連合王国の王こそが、“魔王”なのである。
最後は、玉座の五歩手前で止まり、片膝を突き、右胸に手を当てる。
──そう、今この玉座に坐する、この人物こそ、
「遠国よりよく参られた。立たれよ」
──“今代の魔王”インドラージト・エル・ラーヴィンドラその人なのである。
ライデルは視線を上げ、ゆっくりと立ち上がる。
ラオ族特有の鬣のような銀色の髪。獣じみた鋭い眼差し。その体躯は岩のように無骨で、礼装鎧の中からは戦場の匂いが漂う。
まるで──王となるために、生まれ落ちたような存在。そんな威圧感を覚える。
「国王陛下の慈愛の御言葉、恐悦至極に存じます」
ライデルは続けて、
「陛下の御前に、我が主 聖オルビア帝国皇帝の、親書を奉ります」
侍従が親書を受け取り、皇帝の親書は“魔王”の手に渡る。
宰相が、蝋印と紐を確認、そして親書が開封される。
「──汝が主よりの親書、しかと承った。さて、汝の主君はいかなる和を望むと申すか」
「我が皇帝陛下は、貴国国王陛下に対し、当方の和平意思を示すため、左記五条を草案として呈示いたします。
・両国は相手方の国境および属領を侵犯せざること。
・開戦以来拘束中の兵士・民間人を、原則として交換・解放すること。
・旧王国軍南部小大陸方面軍との武力衝突について、両国はいずれも干渉・援助を行わざること。
・貴国における戴冠式の折、我が皇帝陛下は祝賀使節を派遣し、友誼を表明すること。
・両国船舶ならびに正規商隊の、相手国領内における航行・寄港の自由と安全を相互に保証すること。
上記各条につき、貴国のご意見を賜らば幸いに存じます」
カラカラに乾く喉に唾を流し込み、震える唇を高声で押さえつけ、ライデルは帝国の意を示した。
「言質は得た。書面は後ほど我が書記官らと吟味し、返書をしたためよう」
「他に不自由があれば申されよ。王宮に在る間、望む便宜を与えよう」
──形式的な問いである。本来ここで具申すべきではない。
「…………御恵み、痛み入ります」
ライデルは一礼し、しばし言葉を切った。
その“間”に、“魔王”が目を細める。
「……何かあるならば、遠慮なく、申されよ」
場の空気が、張りつめる。
「……恐れながら申し上げます。もし許されるならば、貴き国王陛下の御蔵──王宮図書館に所蔵の神学書を拝閲いたしたく存じます。学識を深め、ひいては両国の信仰理解を助けるものと存じます」
静寂が痛い。空気すべてが敵意を剝き出しにして襲ってくるようだ。
「ふっ、学問の求道に然るべき門は閉ざさぬさ。侍従、閲覧許可の証印を発給せよ」
“魔王”はそう言うと、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「この上なき御寛仁、国王陛下の御繁栄をお祈り申し上げます」
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「はっはっは! やったなリディ!」
グラハムが珍しく高らかに笑う。
背中をぽんと叩くと、ライデルはそのままソファに倒れこんだ。
「おいおいおい! 大丈夫か?」
「……疲れた……本当……もうヤダ…………」
ライデルはまるで駄々っ子のように呟く。
「ククク、そりゃなぁ、どうだった? “魔王”は?」
「……強かったよ。言葉じゃない。存在が……重い」
ライデルは目を閉じたままそう言うと、そのまま静かに眠りへと落ちていった。
「相変わらずロマンチストな宗教家だな……って大丈夫か本当に?」
街に出かけていたサーナが戻ってくる。
「やっほー、おつかれー。ドラ焼き買ってきたよーー……」
「って、大丈夫!? リディ!」
「……寝かせといてやれ、リディは偶に良く分からんこと言うが、──いまだけは、間違いなく、“魔王”に立ち向かった勇者だ!」
グラハムはそういうと、死んだように眠るライデルに、そっと毛布を掛けた。
「よーし! 勇者を助ける、癒しのドラ焼きで、世界の平和を守っちゃおっかなー」
悪戯っぽく揶揄うサーナの肩を、夜風が笑うように撫でていった。




