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此岸の大地~現実に実在しうる異世界転生~  作者: KVIN
第二章 アーシャ=ヤーム編
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第10話 久遠の都

 草原の果て、湖畔に白く輝く城壁都市が姿を現した。広大な湖のほとりに、どこまでも白く輝く城壁。無数の帆船が水面を行き交い、河川が街の隅々にまで張り巡らされている。


「すごい……!」

 ルティが思わず感嘆の声を上げた。


「ここが、アーシャ=ヤームか」

 ライデルもまた、言葉を失っていた。


 ライデルたちが圧倒されるのも無理はなかった。この都市は約八百年前、遊牧民たちによって築かれたという。水運と陸路の交易を抑え、西大陸最大の商業都市に成長した。


 そして今は、あの魔王が生前、統治していた地。


 緊張に肩をこわばらせるライデルたちの目の前に、巨大な正門が立ちはだかる。門前には、入国を待つ人々の長い列。色とりどりのテントが城壁外に張られ、移民や旅人たちが野営していた。


「わぁ、こんなに並んでるの?」


「内戦中だしな。流民も増えてるって話だ」


 グラハムが低く答えた。


 しかし、混乱はない。巡回するラプトル騎兵たちが、鋭い目つきで秩序を保っていた。


「みんなー、こっちだよー!」


 サーナが一行を先導し歩く。


 ライデルたちは、聖オルビア帝国教会の特使という立場であるため、特別な入り口へと案内された。門兵に通行証を見せると、すぐに扉が開かれる。


(魔王の、統治領…… 人類の宿敵の牙城……)


 胸の奥に重く沈んだ緊張を抱えながら、ライデルたちは城門をくぐった。


 だが──その先に広がっていた光景は、彼らの想像を遥かに超えていた。


 † † †


 湖から引かれた運河が、街中に縦横無尽に巡らされている。涼やかな水音、まばゆい光を跳ね返す水面。石畳の大通りには、露天と人々の賑わいが溢れていた。


「……!」


 ナギがその景色に圧倒されるように、呆然と立ち止まる。


「ここ、本当に、魔王の都市なの……?」


 ルティも驚きを隠せない。目を丸くし街並みを眺めている。


 市場には、世界中から集められた品々が並ぶ色とりどりの織物、様々な香辛料、綺羅びやかな宝石の数々。通りを歩くのは、鮮やかな民族衣装をまとった、小柄なシャーシャ人たち。彼らはすれ違いざまに、にこりと愛想よく微笑みかけてくる。


「こんなに……素敵な街だったなんて」


「ははっ、人の(すがた)を模した獣なんて、どこにもいねぇな」


 草原を駆けるラプトル騎兵たちの恐ろしさは確かに本物だった。だが、今目の前にあるのは、穏やかで、活気に満ちた一つの街だった。


 † † †


 しばらく行くと、サーナが一軒の宿へ案内してくれた。アーシャ=ヤームでも最高級と噂される宿、その最上階。


「んっふっふー♪ じゃーん! 特別待遇だよー!」

 サーナが自慢げに胸を張る。


 案内された部屋は、信じられないほど豪奢(ごうしゃ)だった。大理石の床、繊細な刺繍が施された天蓋(てんがい)付きのベッド、バルコニーからは湖の水面が一望できる。


「ここ、ほんとに泊まっていいの……?」

 ルティが、畏れ多そうに声を漏らす。


「教会から来た特使様だからねー。変なとこ泊まらせたら、お偉いさんの首が飛んじゃうかも!」

 サーナが冗談めかして笑う。


 晩餐(ばんさん)では、これまた信じられない量の料理が並べられた。香ばしい肉料理、鮮やかな野菜料理、甘い果物、豊かなワイン。


(こんな歓迎、想像もしていなかった……)


 ライデルは困惑と戸惑いを隠せなかった。


 夜が深まると、サーナがリュートを取り出し、軽やかな旋律を奏で始めた。


「おっ、歌うのか?」

 グラハムがからかう。


「うん、楽しい夜には歌だよー!」


 サーナは朗らかに答え、そのまま弦をかき鳴らしながら、陽気な民謡を歌い出した。


 ルティも、ナギも、自然と表情がほころぶ。


 笑い声、音楽、煌めく水面。

 アーシャ=ヤームで迎える、思いがけず穏やかな最初の夜だった。


 † † †


 最上階のバルコニーに、二人の影が並んでいた。


 湖を見下ろすように張り出した石造りのテラス。眼下には、明かりを灯した小舟がいくつも運河を行き交い、街の屋根瓦が橙色の灯りに照らされていた。夜空には、雲ひとつなく、星々が水面にも静かに瞬いている。


「……ねぇ、サーナ……」

 ライデルが、どこか甘えるように声をかけた。


「……ん?」


 夜風が、ライデルの髪を揺らす。彼はしばし躊躇(ためら)うように視線をさまよわせてから、そっと口を開いた。


「魔王…… ううん、前アクィターナ公爵って、どんな人だったか、分かる……?」


「んー……」


 サーナは腕を組み、夜空を仰いだ。

 

「あたしも直接お会いしたことはないんだよねー」


「……帝国にとっては、脅威だったんだろうね。でも……」

「うん。でも、あたし達にとっては──良き統治者だったよ」


 サーナは慎重に言葉を選びながら、それでもどこか誇らしげに答えた。


「街の水路も、商人たちの自由も、あたし達の暮らしも、公爵様が整えてくれた。ただ、ほら……いろいろ伝説も多い人だったからね」


 彼女は口元に手を当てて、苦笑する。


「そのへんは…… 追々、話すね?」


「……そっか」


 ──魔王。


 ボクが、討たんとしてきた相手。

 人類の、神の宿敵。


「……そして、“良き統治者”か」


 ライデルのつぶやきは、夜風にかき消されそうに小さかった。


 遠くで鐘の音が響く。


 湖には満天の星が映り、アーシャ=ヤームの夜が、静かに広がっていた。


 ──魔王の輪郭は、まだ見えない。

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