24 忍び寄る危機
結局サクラの木には何の変化も訪れなかった。
「こ、これは何かの間違いです!私はあなたのために──」
レックスは冷たい目でカイエを見るだけで何も答えない。
それでも何かを言い募るあきらめの悪いカイエにため息をつくとレックスは言った。
「君とは「サクラの花が咲いたら」という約束だったからね」
これ以上カイエがレックスに近付かないようにとエディが二人の間に入る。勿論カイエの護衛であるフリンツも。
「言ったはずだ。今の状況は病や魔法による影響ではないのだと。私は君の神聖魔法ではサクラに花が咲くはずがないことを知っていた。私が君を選ぶ未来などはじめから有りはしないんだよ」
そんなことを言われても、ついこの間まで学園では楽しく過ごしていたではないか。胸の中に、確かにその記憶が──思い出があるのだ。
「グルーク公爵令嬢だって・・・」サクラの花を咲かせることは出来ないじゃないですか。
途中で胸がつまり、言葉が出なくなってしまったが、レックスにはカイエが何を言おうとしたのかは伝わったようだった。
「フィオレとサクラの木は関係ないだろう。君が私とフィオレをどう思っているのかは知らないが、私たちは相思相愛だよ。それに──彼女としているのは君とした約束のように不確かなものじゃない。「婚約」という確かな約束なんだよ」
静かに涙を流しながら膝をつくカイエにフリンツが寄り添う。
「君は何か思い違いをしている。人には役割があるんだよ。君たち神聖魔法の使い手は災害の現場に赴き、人々の治癒や土地の浄化をしてくれる。だが、災害が起きたときに動くのは君たちだけではない。
災害により家を失った人の住む場所は?食事は?流された田畑や家屋の復興は?
王家はもちろん色々な貴族から金銭や人員、物資──領地は広い。いつどこに何を、誰を送る?その指示を送るのは?──被害者は君の癒した人たちだけではない。神聖魔法の使い手だって君以外にも派遣されていたはずだ」
(そう、だけれど、私は特別な『物語の主人公』のはずで──)
「君は目の前の困った人を助ける。これまでも、これからも。ルールを無視した行いは困るけれど、それでいい。間違ってはいない。
君の力がたくさんの人々を救ったことも認めよう。しかし稀有な能力を手に入れたからといって災害を自分ひとりの力で救ったような言い様は傲慢すぎやしないか?
そういった心持ちのものは私の伴侶となるには相応しくはない。
まぁ、フィオレ以外を、などとは考えたこともないけどね」
あの日中庭で言われたのはこういうことだったのかと、カイエはフィオレとの会話を思い出していた。
カイエは動かない──動けないカイエにレックスは言う。
「君は自分を聖なる乙女だと言ったね・・・「乙女」でないといけないのであれば、次代を産み育てることは出来ないということだろう?元より私の伴侶など無理だったんだ。
これからも神に仕える乙女として私の治世を助け、生涯教会で祈りを捧げてくれるというのならこんなに心強いことはないよ。しかしそれは強制ではない。勿論誰かと結婚して自身の幸せを追ってくれてもかまわないよ。私にはフィオレが居てくれるからね」
レックスはチラリとフリンツを見ながら言う。
その言葉にカイエが小さな声でつぶやいた。
「私は100年前の王妃殿下と同じ魔法を使う聖女。この力を持ってグルーク公爵令嬢を退け王太子妃になると──」
──プレッサが言っていたのに。
その言葉はとても小さくて、生徒会役員にしか届かなかった。
春はそこまで来ていた。
カイエの神聖魔法でも効果がなかったことを受け、第二王子派はすっかり鳴りをひそめてしまった。
万が一この度の画策がばれたら一溜りもないだろう。
フォッセン公爵は表だって動くわけには行かないが、それでもプレッサのため中立派の筆頭らしく不自然にならないよう国王にさりげなく進言することにした。
「我が領地を襲った未曾有の水害に今回の平和の象徴でもあるサクラの花の件・・・神聖魔法も効かなかったことで、次代に不安に思った神からの忠告ではないか、そういう国民の噂も聞かれています。その事に対する王の意見をお伺いしたい」
フォッセン公爵は定例会議の折、国王にそう尋ねた。
答えようのない質問に国王が明確な回答を言いあぐねたところで、公爵が「第二王子を立てることも念頭に置いては」と進言するつもりだった。
しかし公爵の目論見通りにことは進まなかった。
国王が「皆が国を案じていることは分かって入るが、王太子の変更はない」と宣言したのだ。これは秘匿事項に当たるとして宰相や一部の者以外には理由は知らされなかった。
「ただ言えることは植物は冬には皆休眠期に入るであろうということだ。
私もまだこの通り健在だ。婚姻を結んでもすぐにレックスが即位するわけではない。サクラはいずれ咲くのだと約束しよう。これは民の不安軽減のためにも積極的に広めても良いこととする。
それにサクラの木は平和の象徴ではあるが平和そのものを測るものではないだろう」
確かにサクラの花は散ったあと──いや、それよりも前、フォッセン公爵領の水害以降、何かが起こったわけでもない。
後ろめたい第二王子派が大人しくしていたため、国王がそこまで言うのであれば春まで待とうという結論で会議は幕を閉じた。
フォッセン公爵は焦っていた。春まで待てばレックスとフィオレの婚姻が成立してしまう。そうなってからでは遅いのだ。第二王子派の連中はつかえない。
こうなったら──
ある日フィオレが学園から帰宅していると、人通りのなくなったところで乗っていた馬車が急停車した。
「フィオレ・グルーク公爵令嬢だな。我々と共に来てもらおう。勿論一人でだ」
馬車の外からは複数人の手練れの気配がした。




