22 聖女になるために
国中のサクラの花が一斉に散ったとの報せが入った時、レックスは学園の生徒会室にいた。
報せを受けるまでもない。朝起きると、王城の中庭のサクラの木──100年前にサクラ王妃自ら挿し木したとされる木の花もすべて落ちていたのだ。勿論学園のサクラの木も。
フィオレは友人と共に、昼休憩を中庭で過ごしていた。
散ってしまったピンク色の花弁が絨毯のようだ。
そして、枝だけとなったサクラの木を見上げると「束の間の休息ね」と呟いた。
第二王子派の面々は焦っていた。
第一王子とグルーク公爵令嬢の婚姻の儀が近付いてきた。
それを阻止するため郊外のサクラの木を枯らすことで前回の水害同様、レックス・センエンティ第一王子が王太子にふさわしくないからではないか──という噂を流し、世論を味方につけようとしたのだ。
それが国中のサクラの木が枯れるという王太子はおろか第二王子──いや、国王の立場まで危うくなるような事態にまで発展してしまった。
下手に動くのは悪手だ。第二王子派の面々は魔法使いの男たちに成功報酬を支払うと沈黙を貫いた。
国民はなんの前触れもなく散ってしまったサクラの木に、得も言われぬ不安に陥っていた。
カイエは花が散ってしまったサクラの木を見上げ思った。
サクラの木は病気に違いない、それか悪い魔法にかかっているのだ。
特別な力を持つ自分が治癒し、浄化したら、サクラの木は再び美しい花を咲かせるはず。
フィオレはああ言っていたが、そうすることによって皆に認められレックスもカイエを欲し望む。そういう物語なのだと信じて疑っていなかった。
でも今すぐ神に祈ると、レックスはカイエの祈りのおかげだとは気付いてくれないかもしれない。
「司教様、お話があります」
カイエは自分がレックスに選ばれるための舞台を、自ら用意することにした。
青空が広がっている。
教会の近く、サクラの木が多く植樹されている広場にカイエはいた。後ろにはフリンツが控えている。
これから神聖魔法でサクラの木を治癒し、浄化するのだ。
教会の司教に頼み、『提案』として前もって国王に伝えてもらった。歴代二人目の治癒と浄化の神聖魔法を使うカイエがサクラの木を癒すと言っているのだ。喜ぶに違いない。
それを王家主導で行うことで王家は信頼を取り戻し、カイエはレックスを取り戻すのだ。
カイエの言葉に司教は良い案だと嬉々として王城に向かった。
しかし帰ってきた司教の口から聞いた国王からの返事は思っていたものとは違うものだった。
『祈るのは構わないが、あれは病気や魔法の類ではない』
国王は司教に対し、王家の秘匿事項に当たるため詳しくは話せないがと前置きされたうえでそう話されたという。
司教はカイエに言った。
「国王がこうおっしゃる以上、あれは神聖魔法ではどうなるものではないのだ。冷静に考えれば、もし神聖魔法で改善する可能性があるのであれば、こちらが申し出る前に王城から依頼があったはずなのだから」
カイエは納得できなかった。
プレッサが言ったのだ。
カイエはこの世界の聖女であり、主人公なのだと。カイエが治癒と浄化の神聖魔法の使い手になることによりレックスの伴侶になることが叶うのだと。
もうプレッサの言った「物語が破綻した」と言う言葉をカイエは気に止めてもいなかった。
レックスはこの国の王太子だ。婚約者もいる。
それを覆してレックスの隣に立つには国王が神聖魔法では無理だと言ってのけたサクラの治癒と浄化を成し遂げ、「聖女」として国民に認められる必要があるのではないか。
ならば、カイエはそれを成功させるしかない──いや、カイエはこの世界の聖女であり、主人公なのだ。成功しないはずがない。
この広場であればたくさんの人がいるため、奇跡の目撃者にも事欠かない。
カイエが一歩広場へ踏み出した時、一台の馬車と騎乗した騎士たちが入ってきた。
その物々しさに広場近くにいた人たちが何事かと集まってくる。騎士たちは馬車を守るような陣形を作った。
馬車の扉が開き、降りて来たのは生徒会役員の面々だった。
国王からカイエのことを聞いたレックスたちには、彼女が神聖魔法の行使を強行するであろうことは容易に予想できた。未知の力がカイエの力なのか否か。本当に自分たちはその力から解放されたのか否か。それを見届けるためにやってきたのだ。
(私のために来てくれた!)
広場に降り立ったレックスを見て、カイエは喜びから目を潤ませた。




