13 未知の力
もしかしたらフィオレは、自らの身体を張って未知の力の確認をするなんて無茶をしたレックスに少し怒っているのかもしれない。
フィオレには学園で魔法を使われているとは考え難い、しかし魔法による精神干渉としか思えないと、未知の力のことは話していた。
心配してくれているのは分かるがこのまま放っておくわけにはいかず、その力を確認できるのがレックスだけであるのなら率先して解明のために動くべきだろう。
フィオレは面倒なことに煩わされることを嫌うが、それは決して怠惰だからではない。
国や公務に関わる問題であればが真摯で労力を惜しまない性分だ。発生した問題を精査し、どの問題には手を出し、どの問題には無関心を貫くかを、きちんと線引きしているだけなのだ。
そして今回の問題は無関心を貫くという結論に達したらしい。
未知の力が働いているのだ。フィオレにまで未知の力の影響があっては大変だ。安全面から言ってもカイエには近付くべきではない。
ただ、フィオレの自分に対する気持ちを疑ったことはないけれど、その怒りの原因がカイエに対するレックスの言動に嫉妬してくれているからであればいいと思うレックスだった。
ある日図書館での調べものを終えて生徒会室に戻っている途中、先頭を歩いていたエディが令嬢にぶつかった。
普通、曲がり角を確認もせずに鋭角に曲がってくる令嬢などいない。
令息は内回り、令嬢は優雅に大回りしてくるのが暗黙のルールだ。
ぶつかったエディは咄嗟に令嬢が倒れないように片手で身体を支えたようだが、意外と重量がある令嬢だったのか、エディが更に腕に力を込めたのがわかった。
本来ならそれは学園内での護衛であるフリンツの役目なのだが現在役に立たないため、エディが学園内の護衛をしていた。
エディは護衛が入れないような場所にも同行できるように生徒会役員をしているだけで、本来の専属護衛は彼である。しかし王太子であるレックスが護衛を連れ歩かないのは不自然であるため名目上、同級生で剣の腕の立つフリンツがその任に就いたのだ。
エディの腕の中を見ると、手に持った複数の本と書類を落とすまいと必死に抱き込んでいるカイエだった。転倒を覚悟してか、ギュッと目は閉じられている。
「本が好きなのはわかったが、令嬢が怪我をしては人生を左右してしまう事態になりかねないよ」
カイエを抱き留めたまま、エディが呆れたように言う。
その声に目を恐る恐る開いたカイエはみるみるうちに羞恥で顔を真っ赤に染めた。
「あ、失礼。令嬢の身体に許可なく触れて申し訳なかった」
その様子に気付いたエディは、カイエを支えていた手をパッと離すとそう言った。カイエもハッとしてお礼と詫びを口にした。
「い、いえ、私こそ前をよく見ていなくてすみません・・・助けていただいてありがとうございます」
それにしても普通に令嬢が持ち歩く本の量ではない。
レックスがそのことをカイエに尋ねると講師に頼まれ図書室まで運んでいるのだという。
(令嬢一人に頼むことだろうか)
フリンツの様子やカイエを前にしたときのレックスの言動も含め、ここでも見えない何かの意図を感じたレックスだったが、とりあえずか弱い令嬢にこのまま持たせておくものではないとカイエの腕の中の本を受け取った。
レックスがカイエの本を手に取ると、フリンツが無言で手を差し出してきた。カイエの荷物は自分が持つとでも言いたいのだろうか。更にカイエを抱き留めたエディを睨んでいるのは気のせいか。
そもそも護衛が荷物で手をふさいでどうするつもりなのか・・・。
レックスは呆れ、フリンツの手に気付かないふりをして本をイベルノとジャザへ渡すと、再び図書館への道を戻っていった。
この時カイエの手の中にある書類も回収しておけばカイエを伴って歩くこともなかったのだが、何故か誰もそのことに気付けないでいた。
カイエに出会ってから生徒会の仕事が滞るようになった。
そのため授業以外の時間のほとんどを生徒会室で過ごすことになったのだが、そんな日々が続くと返って仕事の効率も悪くなるものだ。
一同で話し合い、せめて昼食だけでも外で食べようという話になった。
しかしそこに令嬢たちを避けるようにテイクアウトのランチを持ってカイエがやってきて、フリンツが毎回声を掛けるため一緒に食事を摂るようになってしまったのだ。
王太子が無防備に屋外で昼食を摂ることやその場に関係者以外のものを同席させるなどもっての外の行為ではあったが側近はなぜかそのことに苦言を呈すことは出来ず、何事もないように行動を共にするのが精いっぱいであった。
彼らもレックス同様未知の力の影響を受けているのかもしれない。昼食をとる場所を変えれば良いという簡単な考えに至る者すらいなかったのだから。
こうして学園を賑わせていたカイエに関する噂は「カイエ・リーエング男爵令嬢という美しい令嬢が入学した」から「カイエ・リーエング男爵令嬢が生徒会役員を侍らせている」という耳を疑うような内容へと変化したのであった。
ある日フィオレが友人たちと学園に併設されたレストランに向かっていると、余程急いでいるのか廊下を小走りに行く女子生徒が目に入った。
「そこのあなた。淑女として、どんなに急いでいても廊下をそのように走るものではありませんわ」
万が一転倒して怪我をしては大変だ。誰かにぶつかって相手に怪我を負わせるようなことがあれば賠償問題にもなる。令嬢に傷が残るということは、令嬢としての人生の終わりを意味するからだ。
それに走るという行為自体が令嬢がマナーを理解していないことの証明となり、自ら未来を閉ざしてしまう可能性もある。
学園の規則にこそ謳ってはいないが、貴族社会に身を置いているものならば知っていて・・・守って当然のルールだ。
しかし、良かれと思って注意をしたにも関わらず件の令嬢はフィオレを睨みつけてきたのだ。そして、フィオレを見ると驚いたように声を上げた。
「あっ・・・」
(──この方は・・・リーエング男爵令嬢?)
この貴族社会で公爵令嬢であり次期王太子妃であるフィオレを睨みつける者など──いや、人を睨みつける令嬢などいない。さらに顔を見た瞬間に声を上げるなんて失礼なことをする令嬢も。
フィオレたちとカイエ・・・生徒会役員の婚約者たちと、彼らの真意は分からないがそのひと時を共に過ごすことを許された令嬢──その予期せぬ対面の場に居合わせた者たちは固唾をのんで見守った。




